第29話「コウジ視点」
タツミやコウジたちの目の前にキメラが立ちはだかったその時。タツミとコウジは弟子たちを即座に逃がしたのであった。
「コウジさんも、早く逃げろ」タツミは和弓でキメラの方へ弓を構えながら、横目でコウジを見ていた。
タツミの和弓では、至近距離向きではない、弓が長くて取り回しにくいのだ。
しかし、矢が当たれば、その威力は折り紙付き。キメラといえど、肉を抉るだろう。もしかすると胴体を貫通するかもしれない。
「俺はまだ逃げない。弟子たちが逃げられるように時間を稼ぐ。それが師匠の役割ってもんだろ」
「だが、依頼主に死なれたら堪ったもんじゃない。クエスト失敗に終わるし千の山のギルドの名にも汚名が残る。だから、早く逃げてくれ」
タツミの懇願も虚しく、コウジの決意は固かった。
「俺はそうそう死ぬつもりはない。また死んでたまるか、今度は転生できるか分からんしな」
「転生?何を言っている?」タツミには分からないひとり言だった。
「まあ要するに、俺には手助け位はできるってことだ」
コウジは背負っていたバックパックから瓶を取り出した。その便は黒い液体で充満していた。
「なんだそれは」タツミもサトと同様、依頼主に対する敬語が崩れてた。だがコウジはそんなことは気にする男ではなかった。
「これか?これは染色液さ、革を染める液体だが、うまく相手の顔面にでも当たれば、視界を奪えるかもしれない。試す価値はある」
タツミは仕方ないと諦め、コウジに協力してもらうことになった。
虎蛇キメラvsタツミとコウジだ。
コウジはさっそく便をキメラの頭めがけて投げた。「それ、くらえ」
しかし、キメラは蛇の尻尾で瓶を払いのけようとした。
「しまった」便が払いのけられると思ったその時、すさまじい速さで投擲が飛んできた。
いや、投擲ではない、威力が強すぎて、槍かなんかの投擲のように錯覚したが、弓だ。タツミの弓だ。
弓は瓶に命中すると、瓶中で波立っていた漆黒の液体は、瓶が砕けたことで宙を舞った。キメラの目の前に黒く視界を遮ると同時に、遮られた黒い液体の中心から一本の矢が到来した。
矢が刺さる瞬間に咄嗟に身をよじったキメラは、胴体に矢が突き刺さり、顔が染色液で覆いかぶさった。キメラの瞳孔が黒く染まり、視界をにごらせる。
キメラの毛が逆立ち、首元まで黒く汚れた剛毛を見ると、この世のものではないような、地獄の獣のようにおぞましかった。
「走れ」コウジの問いかけにタツミも背を向けながら、矢を背中の筒から抜き出し玄にセットする。
多少は目くらましになるだろうし、嗅覚も削れるだろう。染色液は多少酸っぱい匂いがするので、獣の嗅覚には敏感に嫌な臭いが染みついているはずだ。
走る二人は、弟子たちが走ったであろう、踏まれた草たちを目視しながら、後に続く。シルフィやギギたちの背は見えず、相当弟子たちを遠くに逃がせたと安心するが、肝心なのは自分のみだ。
嗅覚はまだ混乱しているだろうが視界が回復したキメラはこちらへ向かってくる。
四本足で走るキメラは早く獰猛だ。ドシドシと重量のある胴体が土に爪がめり込みめくれる。
「やばい、追いつかれる」
タツミは咄嗟に身を返しながら、矢を放つ。だが大きな体のひねりで攻撃の意図を読まれてしまう。
矢は外れるが、多少の減速ははかれた。
「もう瓶はないのか?」タツミの問いにコウジは「ある。残り二つだ。色は、赤と緑だ。その他の染色液はまばらに用意してあるのみだから、投擲できるほどの量じゃない」
「じゃあ、合図したら、投げてくれ」
コウジは了承した。
「いまだ!」
キメラは飛んできた赤い瓶に目がいった。
赤色という強調された色味に咄嗟に危険反応を感じ取ったようだ。赤いもの=危なそうというのは人間以外でも共通なのかもしれないとコウジは思った。人間でなくドワーフなのに。
「もう1つ投げてくれ!」
キメラは赤い瓶を咄嗟に回避した。地面に赤い染色が滲み草が血痕のようだ。
タツミの判断で最後の緑色の染色液が入った瓶をキメラに向かって投げた。今度は思いっきり投げた。
力任せに投げたにもかかわらず軌道は一直線にキメラに向かっていった。
タツミはまたもや弓で応戦する。瓶を割り液体を浴びせるかと思ったが、矢の示す方向はキメラ左右だった。2本の矢を同時に引き放った。矢は威力は劣るが、軌道はキメラの左右に分散され、瓶を避けるか?矢にを受けるかの2択のように思えた。が、しかし、キメラは跳躍した。飛んだのだ。正確にはジャンプしたのだが、3メートルほど高く待舞った大きな胴体。下っ腹が見えるだろうか?タツミとコウジの真上を跳躍してるキメラめがけてタツミは引き切った矢を腹部めがけて放った。
ずぶりとキメラのおへそ辺りに刺さり、深紅色の血を垂らしていた。息が荒くなり、獰猛なよだれを垂らし横たわった。
「今のうちに逃げよう」
タツミとコウジはガクガクになりながら走りに走った。だが、大きな足音は徐々に近くづいている。
「もう少しで森を抜けるぞ」
森を抜けると、コウジは皆を街道へ誘導し馬車乗り場へ向かうように伝えた。
体はとうに限界を到達していた。ドワーフに転生して以来コウジはこれほど体を酷使した経験は皆無だ。
それに五十代という年齢。それは転生前も転生後も同じである。体はドワーフだけあって頑丈だが、体力に自信があるわけではない。前世も職人業で、めったに運動をしていなかった。
そんなことを考えていると、たわいもない思考が走馬灯のように思えてくる。コウジは心身ともに限界を超えてその場に倒れた。目は白目をむいていた。




