第2話「蛇姫の依頼」
初めて作った腕当てが売れてから、一週間が経った。
コウジは相変わらず、毎日工房にこもって作業を続けていた。森狼の革で小物を作り、技術を磨く。失敗も多かったが、徐々に成功率は上がってきた。
『基礎裁縫 LV3になりました』
「よし、少しずつだが進んでる」
作業台には、完成した革製品が並んでいた。小袋、ベルト、手袋――どれも単純なものだが、丁寧に作られている。
「これを冒険者ギルドに持っていくか」
コウジは完成品を袋に詰めて、ギルドへ向かった。
*
冒険者ギルドは、今日も賑わっていた。
朝の討伐から戻ってきた冒険者たちが、戦利品を並べて査定を受けている。受付カウンターには列ができていて、エルフの受付嬢・リーナが忙しそうに対応していた。
「リーナさん、これを……」
「あら、コウジさん。また作品を持ってきてくれたんですね」
リーナは笑顔で迎えた。
「はい。小物ですが……」
「見せてください」
リーナはコウジの作品を一つ一つ確認した。
「相変わらず、丁寧な仕事ですね。縫い目が綺麗です」
「ありがとうございます」
「これ、掲示板に貼らせてもらってもいいですか?」
「もちろんです」
リーナは作品の写真を撮り、価格を書いた紙と一緒に掲示板に貼った。
「そういえば、コウジさん」
「はい?」
「この前の腕当てを買った冒険者さん、すごく気に入ってましたよ。『軽くて動きやすい』って」
「本当ですか?」
「ええ。それで、その方が他の冒険者にも勧めてくれたみたいで……」
リーナは少し申し訳なさそうに言った。
「実は、何人かコウジさんの工房を探してる人がいるんです」
「探してる?」
「はい。でも、工房の場所を教えていいか迷ってて……」
「ああ、大丈夫ですよ。教えてください」
「本当ですか?ありがとうございます」
リーナは安堵の表情を浮かべた。
「じゃあ、次に来た方には教えますね」
「お願いします」
コウジはギルドを後にした。
誰かが自分の工房を探している――それは嬉しいことだった。
だが同時に、少し緊張もした。
「ちゃんと対応できるかな……」
工房に戻る途中、コウジは不安を感じていた。
前世でも、客と直接話すのは得意ではなかった。黙々と作業をするのは好きだが、営業トークは苦手だ。
「まあ、なんとかなるだろ」
コウジは気を取り直して、工房に戻った。
その日の午後、工房の扉がノックされた。
「はい、どうぞ」
扉を開けると、そこには――
「……!」
コウジは思わず言葉を失った。
蛇だ。
いや、正確には、上半身は人間の女性だが、腰から下は蛇の体を持つ女性。
ラミア族だ。
長い緑色の尾が、扉の外まで伸びている。上半身は革の胸当てを着けているだけで、肌は健康的に日焼けしている。琥珀色の瞳が、コウジを値踏みするように見つめていた。
「あんたがコウジ?」
「は、はい……」
「ふーん、思ったより……普通のドワーフね」
女性は工房の中に入ってきた。尾を器用に動かして、椅子に腰掛ける――いや、尾を巻き付けて体を支える。
「私はメディア。傭兵やってる」
「コウジです。革職人……見習いですが」
「見習い?でも、あんたが作った腕当て、なかなか良かったわよ」
「え……あれを買ったのは……」
「私の仲間。人間の男でね。『軽くて動きやすい』って絶賛してた」
メディアは腕を組んだ。
「それで、あたしも装備を作ってもらいたくて来たんだけど……できる?」
「装備……ですか」
「ええ。見ての通り、あたしラミアなの。蛇の体」
メディアは自分の尾を示した。
「普通の鎧は着られないのよ。人間用は腰から下がズボンになってるでしょ?あたしには合わないの」
「なるほど……」
コウジはメディアの体をじっくりと観察した。
蛇の体は滑らかな曲線を描いていて、鱗が規則正しく並んでいる。長さは恐らく三メートルほど。太さは人間の太ももくらい。
「どんな装備が必要ですか?」
「腰から下を守る装備。鱗自体は硬いから、ある程度の防御力はあるんだけど、斬撃には弱いの。特に、腹側」
「腹側……」
「それと、動きを妨げないようにしてほしい。あたし、スピードが武器だから」
「わかりました」
コウジは考えた。
蛇の体に合わせた装備――今まで作ったことがない。いや、前世でも見たことすらない。
「正直に言います。作れるかどうか、わかりません」
「え?」
メディアは驚いた顔をした。
「だって、ラミア族の装備なんて作ったことないんです。失敗するかもしれない」
「……」
「でも、挑戦してみたいです。やらせてもらえますか?」
コウジは真剣な目でメディアを見つめた。
メディアは少し考えてから、笑った。
「面白い。普通の職人なら『できます』って嘘ついて、適当なもん作るところよ」
「嘘はつけないんで」
「正直なのね。いいわ、あんたに任せる」
メディアは立ち上がった――尾を使って。
「素材はどうする?」
「あ、それなんですが……」
コウジは少し躊躇してから言った。
「メディアさんに合う素材、何かありますか?魔獣の革とか……」
「魔獣の革ね。あたし、昨日森狼を何匹か狩ったんだけど、その革でいい?」
「本当ですか!?」
「ええ。ギルドに売っても安いし、あんたに譲るわ。その代わり、加工費は安くしてね」
「もちろんです!」
コウジは嬉しかった。
素材持ち込みなら、自分の負担も減る。
「じゃあ、いつ頃できる?」
「一週間……いや、十日ください」
「了解。じゃあ、十日後にまた来るわ」
メディアは工房を出ていった。尾を器用に動かして歩く姿は、見慣れないが優雅だった。
コウジは一人、工房に残された。
「ラミア族の装備か……」
これは、大きな挑戦だ。
だが同時に、ワクワクする気持ちもあった。
「よし、やってやろう」
コウジは気合を入れ直した。




