第24話「呪われた素材」
風翼商会との契約から一週間後、工房に奇妙な荷物が届いた。
「コウジ様宛です」
配達人は妙に急いでいた。
「誰からだ?」
「わかりません。差出人不明です。それでは!」
配達人は荷物を置くと、逃げるように去っていった。
「変な奴だな……」
コウジは荷物を見た。
木箱に入っている。だが、釘の打ち方が雑だ。急いで封をしたような跡がある。
「開けてみるか」
バリバリ
蓋を開けた瞬間――
「うわっ!」
コウジは思わず後ずさった。
中から、黒い霧のようなものが立ち上った。
「何だ、これ……!」
霧はすぐに消えたが、工房の中に不快な空気が広がった。
「師匠、どうしました!?」
シルフィが駆けつけた。
「いや、その……」
コウジは箱の中を見た。
そこには、真っ黒な革が入っていた。
だが――ただの黒ではない。
光を吸い込むような、深い闇のような黒。
そして、革からは微かに紫色の煙が立ち上っている。
「これは……」
コウジは革に触れようとした。
「待ってください!」
リリアが叫んだ。
「その革、呪われてます!」
「呪われてる?」
「はい! 私、エルフですから感じます。これ、すごく不吉な魔力が……」
その時――
革の下に、手紙が入っているのに気づいた。
『コウジへ
この革は、呪獣の革だ。 最近、北の森に現れた魔獣から剥いだ。 だが、誰も加工できない。 触れた職人は全員、不幸に見舞われた。 ある者は病気に、ある者は事故に遭った。
お前なら、何とかできるかと思って送った。 もし無理なら、すぐに焼却しろ。 絶対に、安易に扱うな。
職人ギルド 調査部』
「呪獣……」
コウジは眉をひそめた。
「職人ギルドが送ってきたのか」
「師匠、どうしますか?」
「……」
コウジは悩んだ。
呪われた素材――今まで扱ったことがない。
だが、挑戦する価値はあるかもしれない。
いや――
「待て」
コウジは自分に言い聞かせた。
「落ち着け。これは、装備を作る話じゃない」
「え?」
「この革、誰も加工できないんだろ? なら、俺が無理に装備を作る必要はない」
コウジは手紙を読み直した。
「『すぐに焼却しろ』と書いてある。これが正しい判断かもしれない」
「でも……」
「でも、何だ?」
「もったいなくないですか?」
ケンタが言った。
「こんな珍しい素材……」
「珍しいからって、危険を冒す必要はない」
コウジは首を振った。
「俺たちの命の方が大事だ」
「そうですね……」
「じゃあ、焼却するか」
その時――
「待ってください」
リリアが手を挙げた。
「何だ?」
「焼却する前に、調べさせてください」
「調べる?」
「はい。私、エルフの浄化魔法が使えます」
リリアは説明した。
「もしかしたら、呪いを浄化できるかもしれません」
「危険じゃないか?」
「大丈夫です。遠くから魔法をかけるだけですから」
「……わかった。やってみてくれ」
リリアは呪獣の革から三メートル離れた位置に立った。
「みんな、下がってください」
「気をつけろよ」
「はい」
リリアは目を閉じ、呪文を唱え始めた。
「森の精霊よ、光の加護を……」
リリアの手から、緑色の光が現れた。
光は、ゆっくりと革に近づいていく。
だが――
革に触れた瞬間、光が弾かれた。
「きゃっ!」
リリアがよろめいた。
「リリア!」
コウジが支えた。
「大丈夫か!?」
「は、い……でも、ダメでした……」
リリアは悔しそうに言った。
「呪いが強すぎて、浄化できません……」
「そうか……」
「でも、わかったことがあります」
「何だ?」
「この呪い、誰かが意図的にかけたものじゃありません」
「意図的じゃない?」
「はい。これは……怨念です」
リリアは説明した。
「呪獣が死ぬ時に、強い恨みを残した。それが革に染み込んでるんです」
「恨み……」
「はい。だから、呪いを解くには……」
「解くには?」
「その恨みを、理解する必要があります」
「理解……?」
コウジは考えた。
魔獣の恨みを理解する――どうやって?
「リリア、その呪獣は何を恨んでいるんだ?」
「それは……わかりません。でも、感じます」
リリアは革を見つめた。
「深い悲しみと、怒りと……孤独」
「孤独……」
「はい。一人で死んでいった……そんな感じがします」
コウジは黙って革を見つめた。
「よし、調べよう」
コウジは決めた。
「何を調べるんですか?」
「この呪獣について。どんな魔獣で、なぜ恨みを残したのか」
「どこで調べるんですか?」
「図書館だ」
コウジは立ち上がった。
「王都の図書館には、魔獣の資料が大量にある」
「行くんですか?」
「ああ。ケンタ、お前も来い」
「はい!」
「リリアも」
「私も!?」
「ああ。お前の感覚が必要だ」
「わかりました!」
こうして、三人は王都の図書館へ向かった。
*
王都の図書館は、巨大な建物だった。
「すごい……」
ケンタは圧倒されていた。
「こんなに本があるんですか……」
「ああ。この国の知識が、全てここに集まってる」
コウジは受付に向かった。
「すみません。魔獣について調べたいんですが」
「魔獣ですか? どんな魔獣ですか?」
「北の森に現れた、呪獣です」
「呪獣……」
司書――老いた人間女性――は顔をしかめた。
「あの悲しい魔獣ですか……」
「悲しい?」
「ええ。知ってますよ。三階の魔獣資料室に、記録があります」
「ありがとうございます」
三人は三階へ向かった。
魔獣資料室には、無数の本が並んでいた。
「どれだ……」
コウジは棚を探した。
「あ、これです!」
リリアが一冊の本を見つけた。
『北方森林の魔獣記録』
ページをめくると――
「呪獣……あった!」
そこには、こう書かれていた。
呪獣
外見: 黒い毛皮に覆われた、狼に似た魔獣。体長三メートル。 特徴: 元々は普通の森狼だったが、人間の狩猟によって群れを失い、一匹だけ生き残った。 経緯: 孤独と恨みで心が歪み、呪獣へと変異した。 性質: 人間を見ると襲いかかる。だが、攻撃性は恨みから来るもので、本来は臆病な性格。 最期: 十年間、一匹で森を彷徨った後、討伐隊によって殺された。死の間際、大きな遠吠えを上げたという。その声は、助けを求めるようだったと記録されている。
「……」
三人は黙って読んでいた。
「かわいそう……」
リリアが涙を流した。
「群れを失って……一人で十年も……」
「そして、最後まで誰にも理解されず……」
ケンタも悲しそうだった。
「これが、呪いの正体か……」
コウジは本を閉じた。
「孤独と悲しみの結晶……」
工房に戻ると、コウジは弟子たち全員を集めた。
「呪獣の正体がわかった」
コウジは図書館で得た情報を話した。
「だから、この革には恨みが染み込んでいる」
「どうすれば、呪いが解けるんですか?」
「わからない。だが……」
コウジは革を見つめた。
「この魔獣に、何かしてやれることがあるんじゃないか」
「何かって……?」
「供養だ」
「供養……?」
「ああ。この革を、ただ焼却するんじゃなく、ちゃんと弔ってやる」
コウジは続けた。
「そうすれば、魔獣の魂も安らぐかもしれない」
「どうやって供養するんですか?」
「それは……」
コウジは考えた。
その時、リリアが言った。
「師匠、私に考えがあります」
「何だ?」
「エルフの儀式で、『魂の鎮魂』というものがあります」
「魂の鎮魂?」
「はい。亡くなった生き物の魂を、森に還す儀式です」
リリアは説明した。
「私一人ではできませんが、みんなで力を合わせれば……」
「やってみよう」
コウジは決めた。
「みんな、協力してくれるか?」
「はい!」
「もちろんです!」
全員が頷いた。
その夜、工房の中庭で儀式が行われた。
中央に呪獣の革を置き、周りを円形に囲む。
「みんな、手をつないでください」
リリアの指示で、全員が手をつないだ。
「これから、呪獣の魂に語りかけます」
リリアは目を閉じた。
「みんなも、心の中で呪獣に語りかけてください」
「何を?」
「感謝、悲しみ、何でもいいです。ただ、心を込めて」
「わかった」
全員が目を閉じた。
静寂。
そして――
リリアが歌い始めた。
エルフの言葉で、優しい旋律。
それは子守唄のようで、鎮魂歌のようだった。
コウジは心の中で語りかけた。
『お前は、孤独だったな』
『群れを失って、誰にも理解されず』
『でも、もう大丈夫だ』
『俺たちが、お前を覚えている』
『お前は、一人じゃない』
シルフィも語りかけた。
『あなたは、悲しかったのね』
『でも、もう安らいでいいのよ』
ケンタも。
『ごめんな。人間が、お前を苦しめた』
ボルドも。
『安らかに眠ってくれ』
一人一人が、心を込めて語りかけた。
すると――
革から、黒い霧が立ち上り始めた。
だが、今度は不快ではない。
むしろ、穏やかな感じ。
霧は、ゆっくりと空に昇っていく。
そして――
消えた。
「……終わりました」
リリアが目を開けた。
「呪いは……消えました」
「本当か?」
コウジは革を見た。
革は、もう黒くない。
深い茶色に変わっている。
そして、紫色の煙も出ていない。
『素材解析』
【鎮魂された森狼の革】
品質: 至高
特性: 守護、共感、絆
付与可能効果: 孤独耐性+40、精神安定+30、仲間との絆+35
備考: 呪いが浄化され、逆に守護の力を持つようになった。装備すると、孤独を癒し、仲間との絆を深める
「呪いが……浄化された……」
コウジは驚いた。
「それどころか、守護の力まで……」
「魂が、感謝してくれたんです」
リリアが言った。
「私たちが供養してくれたこと、嬉しかったんだと思います」
「そうか……」
コウジは革を優しく撫でた。
「ありがとう」
翌日、コウジは悩んでいた。
「この革、どうするべきか……」
装備を作ることはできる。
だが、誰のために?
「師匠、私に考えがあります」
シルフィが言った。
「何だ?」
「この革、寄付しませんか?」
「寄付?」
「はい。孤独な人のために」
シルフィは説明した。
「例えば、孤児院とか。一人ぼっちの子供たちに、この革で作った何かを贈るんです」
「なるほど……」
「そうすれば、呪獣も喜ぶと思います」
「確かに……」
コウジは納得した。
「よし、それでいこう」
「何を作りますか?」
「ぬいぐるみだ」
「ぬいぐるみ?」
「ああ。狼のぬいぐるみ。この革で作って、孤児院の子供たちに贈る」
「素敵です!」
こうして、製作が始まった。
だが、今回は装備ではない。
子供たちのための、優しいぬいぐるみ。
全員が心を込めて作った。
一週間後――
十二個の狼のぬいぐるみが完成した。
『鎮魂された森狼のぬいぐるみ(品質:至高)』 『効果: 孤独癒し+40、安眠+30、悪夢防止+25、心の安定+30』
「できた……」
柔らかく、温かいぬいぐるみ。
抱きしめると、心が落ち着く。
「これなら、子供たちも喜ぶな」
コウジと弟子たちは、街の孤児院を訪れた。
「これを、子供たちに」
コウジはぬいぐるみを院長に渡した。
「まあ……なんて素敵な……」
院長――優しそうな老婆――は感動していた。
「ありがとうございます」
「子供たちに渡してください」
「はい」
院長は子供たちを呼んだ。
十二人の子供たち。
みんな、寂しそうな顔をしている。
「みんな、プレゼントよ」
院長がぬいぐるみを一人一人に渡した。
「わあ……!」
子供たちの顔が、明るくなった。
「狼だ!」
「かわいい!」
「ふわふわ!」
子供たちは、ぬいぐるみを抱きしめた。
すると――
不思議なことが起きた。
子供たちの顔から、寂しさが消えた。
代わりに、安心した表情になった。
「あったかい……」
「なんだか……安心する……」
「もう、怖い夢見ないかも……」
子供たちは笑顔になった。
コウジは、その様子を静かに見守った。
「良かった……」
工房に戻る途中、ケンタが言った。
「師匠、今回……装備作りませんでしたね」
「ああ」
「でも、これで良かったんですよね?」
「ああ、良かった」
コウジは笑った。
「職人は、何でも作ればいいってもんじゃない」
「……」
「大事なのは、何を、誰のために作るかだ」
コウジは続けた。
「今回、装備を作ることもできた。でも、それより大事なことがあった」
「呪獣の供養……」
「ああ。それに、孤独な子供たちを癒すこと」
「そうですね」
「それに気づけたのは、お前たちのおかげだ」
コウジは弟子たちを見た。
「特にリリアとシルフィ。お前たちがいなかったら、俺は装備を作ろうとしてた」
「いえ……」
二人は照れくさそうに笑った。
「これからも、何を作るべきか、みんなで考えよう」
「はい!」
全員が笑顔で頷いた。




