第23話「空飛ぶ商隊」
海底村から戻って二日後の朝、工房の煙突に何かが引っかかっていた。
「何だ、あれ?」
ケンタが空を見上げた。
煙突の先端に、赤い布が絡まってバタバタと風になびいている。
「鳥が巣でも作ろうとしたのか?」
「いや、布だ。鳥の巣じゃない」
コウジは梯子を持ってきて登った。
「これは……」
布を取ると、中に手紙が入っていた。
『万族工房様
突然の手紙、お許しください。 私たちは『風翼商会』という飛行種族の商隊です。 現在、この街の上空を通過中ですが、装備に問題が発生しました。 本日正午、そちらに伺います。 急なお願いで申し訳ありませんが、どうか助けてください。
風翼商会 代表 ガルーダ』
「飛行種族の商隊……?」
コウジは空を見上げた。
雲一つない青空。
だが、よく見ると――
「あれは……!」
遥か上空に、小さな黒い点が複数飛んでいる。
鳥ではない。もっと大きい。
「あれが、商隊か……」
コウジは弟子たちを呼んだ。
「みんな、準備だ。正午に飛行種族の客が来る」
「飛行種族!?」
「ああ。装備に問題があるらしい」
「どんな問題でしょう?」
「わからない。だが、飛行中に問題が起きたということは……命に関わるかもしれない」
コウジは真剣な顔をした。
「すぐに対応できるよう、道具を準備しておいてくれ」
「はい!」
正午少し前――
「来るぞ!」
ボルドが空を指差した。
上空から、複数の影が降りてくる。
それは――鳥人だった。
いや、正確には『ガルーダ族』。
大きな翼を持つ鳥人種族。鷲に似た顔立ちに、筋肉質な人間の体、そして背中から生える巨大な翼。
だが――
「やばい! 制御できてない!」
先頭の一人が、ふらふらと落下してきた。
「危ない!」
コウジは地面に敷物を広げた。
「ここに着地しろ!」
ガルーダはコウジの指示に従い、敷物の上に不時着した。
ドサッ
「うぐっ……!」
着地は成功したが、明らかに苦しんでいる。
「大丈夫か!?」
「あ、ああ……何とか……」
ガルーダは立ち上がろうとしたが、右翼がだらりと垂れ下がっている。
「翼が……」
「見せてくれ」
コウジは翼を確認した。
翼の付け根に装着されているハーネスが、ひどく擦り切れている。
「これは……ハーネスが翼を傷つけてるのか」
「ああ……三日前から……痛みが……」
「なぜ、すぐに降りなかった?」
「降りられなかった……商隊は……スケジュールが……」
その時、次々と他のガルーダたちが着地した。
全員で十二人。
そして、全員が同じように翼を痛めていた。
「みんな……!」
「代表……大丈夫ですか……」
「ああ……」
代表らしきガルーダが、コウジを見た。
「あなたが……コウジさん?」
「ああ。お前がガルーダか?」
「そうだ……助けてくれ……このままでは……全員飛べなくなる……」
「わかった。まず、全員の翼を見せてくれ」
コウジは十二人全員の翼を検査した。
結果は――
「全員、同じ問題だ」
「何が原因なんですか?」
シルフィが尋ねた。
「ハーネスの設計不良だ」
コウジはハーネスを外して見せた。
「このハーネス、安価な量産品だな」
「ああ……そうだ」
ガルーダは申し訳なさそうに言った。
「商会の経費削減で……安いハーネスに変えたんだ……」
「それが間違いだった」
コウジは指摘した。
「このハーネス、人間用の設計を流用している。飛行種族の翼の動きを考慮していない」
「そうだったのか……」
「翼は、飛行中に激しく上下する。だが、このハーネスは固定式だ」
コウジは説明した。
「だから、翼が動くたびに、ハーネスが翼の付け根を擦る。長時間飛べば、当然傷つく」
「くそ……知らなかった……」
「誰が選んだんだ、このハーネスを?」
「本部の……経理担当が……」
ガルーダは悔しそうに言った。
「飛行種族じゃない人間が……コスト削減のために……」
「馬鹿な判断だ」
コウジは怒りを込めて言った。
「命に関わる装備を、コストだけで選ぶなんて」
「その通りだ……俺たちも反対したんだが……」
「とにかく、今は治療が先だ」
コウジは弟子たちに指示した。
「シルフィ、薬草を持ってきてくれ。傷に塗る」
「はい!」
「ボルド、このハーネスを全部外せ」
「了解です!」
「ケンタ、代わりのハーネスを探せ。在庫にあるはずだ」
「わかりました!」
全員が動き出した。
コウジは一人一人の翼に薬草を塗っていく。
「痛いか?」
「ああ……だが、我慢できる……」
「三日間も痛みを我慢して飛び続けたのか?」
「商会の規則で……スケジュール厳守が……」
「馬鹿な規則だ」
コウジは呆れた。
「命より大事なスケジュールなんてない」
「……その通りだ」
ガルーダは小さく笑った。
「あなたは……正しい……」
全員の傷に薬を塗り終わった後、リリアが珍しく怒った顔で言った。
「師匠、これ……許せません」
「リリア?」
「この会社、ひどすぎます!」
リリアは普段の穏やかさとは違う、鋭い口調だった。
「飛行種族の命を何だと思ってるんですか!」
「リリア、落ち着け」
「落ち着けません!」
リリアは続けた。
「私の村にも、飛行種族の友達がいました。彼らにとって、翼は命です」
「……」
「それなのに、コスト削減? 経費削減?」
リリアは涙を浮かべた。
「命よりお金が大事なんですか!」
「リリア……」
「師匠、お願いです」
リリアはコウジを見た。
「最高のハーネスを作ってあげてください」
「……わかった」
コウジは頷いた。
「最高のものを作る」
「ありがとうございます」
リリアは涙を拭った。
その様子を見ていたガルーダが言った。
「あの子……優しいんだな……」
「ああ。誰よりも、人を思いやる心を持ってる」
「いい弟子だ」
「自慢の弟子だよ」
コウジは笑った。
「ハーネスを作る前に、飛行のメカニズムを理解しないと」
コウジはガルーダに尋ねた。
「飛ぶ時、翼はどう動く?」
「こうだ」
ガルーダは翼をゆっくり動かして見せた。
上下に大きく羽ばたく。
「この動き、人間には想像できないだろう?」
「ああ……」
「翼の付け根は、こう回転する」
ガルーダは肩を回して見せた。
「人間の腕とは、可動域が全然違う」
「なるほど……」
コウジは観察しながらスケッチを描いた。
「上昇する時は?」
「翼を大きく広げて、一気に叩きつける」
バサッ
強い風が起きた。
「おお……すごい力だ……」
「下降する時は?」
「翼を畳んで、体を傾ける」
ガルーダは体を斜めにして見せた。
「旋回する時は?」
「片方の翼だけを動かす」
右翼だけを羽ばたかせると、体が左に回転した。
「つまり……左右独立して動かせるんだな」
「そうだ」
「わかった」
コウジは設計図を描き始めた。
「翼の付け根は、球体関節のように自由に動く」
「上下、左右、回転――全方向に対応する」
「だが、動きを制限しない程度に、しっかり固定する」
「矛盾した要求だな……」
ケンタが言った。
「ああ。だが、それが飛行種族のハーネスに必要なことだ」
コウジは続けた。
「人間の関節を見てみろ。肩は自由に動くが、外れない」
「確かに……」
「同じ構造を、ハーネスで再現するんだ」
「なるほど!」
「師匠」
ピピが手を挙げた。
「私、ハーピーだから、飛行種族の気持ちわかります」
「そうか」
「はい。ハーネスで一番辛いのは、肩甲骨の部分です」
ピピは自分の背中を示した。
「ここ、翼の付け根があるから、すごく敏感なんです」
「なるほど」
「だから、この部分は特に柔らかい素材がいいです」
「わかった。そうしよう」
「それと、胸の部分」
ピピは続けた。
「飛ぶ時、胸の筋肉をすごく使います。だから、胸を圧迫しないデザインがいいです」
「具体的には?」
「V字型に開けて、胸の動きを邪魔しない」
「なるほど!」
コウジは設計図を修正した。
「ピピ、他にもアドバイスをくれ」
「はい!」
こうして、ピピがメインとなってハーネスの設計を進めた。
「ピピちゃん、助かるよ」
ガルーダが感謝した。
「同じ飛行種族として、気持ちがわかる」
「当然です!」
ピピは真剣な顔で言った。
「飛行種族の誇りにかけて、最高のハーネスを作ります!」
「ありがとう……」
「問題は時間だ」
コウジは弟子たちを集めた。
「商隊は、明日には出発しないといけない」
「一日で十二人分……無理じゃないですか?」
「いや、やる」
コウジは決意していた。
「彼らは、これ以上ここに留まれない。スケジュールが遅れすぎると、商会から罰せられる」
「罰……?」
「ああ。減給、降格……場合によっては解雇だ」
「ひどい……」
「だから、明日までに完成させる」
コウジは全員を見た。
「徹夜になるが、ついてこれるか?」
「当然です!」
「やります!」
「任せてください!」
全員が頷いた。
「よし。役割分担だ」
コウジは指示を出し始めた。
「リリア、革の裁断」
「シルフィ、縫製」
「ピピ、飛行種族専用パーツの製作」
「ボルド、金属の関節パーツ」
「ギギ、留め具」
「ケンタ、テイル、補助作業と品質チェック」
「俺は全体統括と最終調整」
「はい!」
全員が持ち場につく。
そして――
作業が始まった。
夕方――
「一人目、完成!」
「よし、次!」
夜――
「四人目、完成!」
「まだまだだ! 急げ!」
真夜中――
「八人目、完成!」
「あと四人! 頑張るぞ!」
明け方――
「十一人目、完成!」
「最後の一人だ!」
そして――
朝日が昇る頃――
「十二人目……完成!」
コウジは最後のハーネスを掲げた。
全員、疲れ切っていた。
だが、達成感に満ちた顔だった。
「やった……」
「終わった……」
「みんな、よくやった」
コウジは満足そうに笑った。
「最高のチームワークだった」
朝、ガルーダたちが起きてきた。
「もう……朝か……」
「おはよう。できたぞ」
「え!? もう!?」
「ああ」
コウジは十二個のハーネスを並べた。
『風狼の革・飛行種族用ハーネス(品質:優)』 『効果: 翼の可動性+30、負担軽減+25、耐久性+20、飛行時間延長+15、快適性+20』
「これは……!」
ガルーダは一つを手に取った。
「柔らかい……そして、軽い……」
「試着してくれ」
ガルーダは新しいハーネスを装着した。
「おお……!」
「どうだ?」
「圧迫感がない……翼が自由に動く……!」
ガルーダは翼を大きく羽ばたかせた。
「これなら……飛べる!」
「よし、試験飛行してみろ」
「ああ!」
ガルーダたち全員が新しいハーネスを装着し、空に飛び立った。
コウジたちは地上から見守る。
ガルーダたちは、空を自由に飛び回る。
上昇、下降、旋回――
全ての動きが、スムーズだ。
「すごい……」
ピピが感動していた。
「あんなに自由に飛んでる……」
「ああ。ハーネスが、翼の動きを邪魔してない」
コウジも満足そうだった。
十分後、ガルーダたちが降りてきた。
「完璧だ!」
ガルーダは興奮していた。
「こんなに楽に飛べたのは、初めてだ!」
「気に入ってくれたか?」
「ああ! これなら、何時間でも飛べる!」
他のガルーダたちも口々に言った。
「痛みがない!」
「翼が軽い!」
「最高です!」
全員が喜んでいた。
「コウジさん」
ガルーダが真剣な顔で言った。
「お願いがある」
「何だ?」
「うちの本部に来てくれないか」
「本部?」
「ああ。王都にある」
ガルーダは続けた。
「本部の連中に、あなたの装備を見せたい」
「どういうことだ?」
「経理担当の馬鹿どもに、わからせたいんだ」
ガルーダは怒りを込めて言った。
「安物の装備がどれだけ危険か。そして、本物の装備がどれだけ素晴らしいか」
「……」
「それに、あなたと正式に契約したい」
「契約?」
「ああ。風翼商会の専属装備職人として」
「専属……」
コウジは考えた。
「悪い話じゃないな。だが、俺は他の依頼も受ける」
「構わない。それでいい」
「じゃあ、行こう」
「本当か!?」
「ああ。ただし、弟子も連れて行く」
「もちろんだ!」
こうして、コウジとケンタとピピは、ガルーダたちと共に王都へ向かうことになった。
「師匠、本当に飛ぶんですか?」
ケンタは不安そうだった。
「ああ。ガルーダに掴まって飛ぶ」
「落ちたりしませんよね……?」
「大丈夫だ。信じろ」
ガルーダがケンタの両腕を掴んだ。
「しっかり掴まってろ」
「は、はい……」
別のガルーダがコウジを掴む。
ピピは自分で飛べるので問題ない。
「じゃあ、行くぞ!」
バサッ
全員が空に飛び上がった。
「うわああああ!」
ケンタが叫んだ。
「怖い怖い怖い!」
「大丈夫だ! 見ろ、景色を!」
コウジは余裕だった。
下には、街が小さく見える。
雲が手の届く距離にある。
風が顔を撫でる。
「すごい……」
コウジは感動していた。
「これが……飛行種族が見てる世界か……」
「どうだ? 素晴らしいだろ?」
ガルーダが笑った。
「ああ……素晴らしい……」
ピピは嬉しそうに周りを飛び回っていた。
「師匠! 楽しいです!」
「ああ、楽しいな!」
空の旅は、三時間続いた。
そして――
「着いたぞ。王都だ」
眼下に、巨大な街が見えた。
風翼商会の本部は、王都の中心部にある大きなビルだった。
「ここが本部か」
「ああ。中に入ろう」
会議室には、すでに数人の人間が座っていた。
経理部長、営業部長、そして社長。
「ガルーダ、戻ったか」
社長が言った。
「はい。そして、こちらが万族工房のコウジさんです」
「ほう……」
経理部長が冷たい目でコウジを見た。
「あなたが、高い装備を売りつけた職人か」
「高い?」
コウジは眉をひそめた。
「まだ値段も聞いてないだろ」
「どうせ、ぼったくるんだろう」
経理部長は鼻で笑った。
「我々が採用した安価なハーネスで十分だ」
「十分?」
コウジは怒りを抑えた。
「お前の選んだハーネスで、十二人全員が翼を傷つけた」
「多少の傷は仕方ない」
「仕方ない、だと?」
コウジは立ち上がった。
「お前、飛行種族にとって翼がどれだけ大事か、わかってるのか?」
「わかってる。だが、コストも大事だ」
「コストより命が大事だろう!」
「それはきれいごとだ」
経理部長は冷たく言った。
「ビジネスでは、コストが最優先だ」
「……」
コウジは、この男と話しても無駄だと悟った。
代わりに、社長を見た。
「社長、あなたは何を考えてるんですか?」
「私は……」
社長は困った顔をした。
「経理の判断を信頼している」
「その判断で、従業員が怪我をしてるんですよ」
「それは……」
「もし、飛行中に墜落したら? 誰が責任を取るんですか?」
「それは……」
社長は言葉に詰まった。
その時――
ガルーダが立ち上がった。
「社長、そして経理部長」
「何だ?」
「俺たちは、もう我慢しない」
ガルーダは真剣な顔で言った。
「コウジさんの装備を採用しないなら、俺たち全員辞める」
「何!?」
「本気だ」
他のガルーダたちも立ち上がった。
「俺も辞める」
「俺もだ」
「全員辞める」
十二人全員が、辞意を表明した。
「お、お前たち……!」
経理部長は慌てた。
「飛行部隊がいなくなったら、商会は成り立たないぞ!」
「知ったことか」
ガルーダは冷たく言った。
「命より大事な仕事なんてない」
「……」
社長は悩んだ。
長い沈黙。
そして――
「わかった」
社長が言った。
「コウジさんの装備を採用する」
「社長!」
経理部長が叫んだ。
「いいんだ」
社長は首を振った。
「従業員の命より大事なものはない。それに気づかなかった私が愚かだった」
「……」
「コウジさん、正式に契約したい」
「わかりました」
コウジは握手した。
契約が成立した後、ガルーダたちは喜んでいた。
「やった!」
「コウジさんのおかげだ!」
「ありがとう!」
「いや、お前たちが勇気を出したからだ」
コウジは笑った。
「辞めるって言った時、かっこよかったぞ」
「えへへ」
その夜、宴会が開かれた。
「コウジさん、乾杯!」
「ああ、乾杯!」
楽しい時間が過ぎた。
翌日、帰る時――
ガルーダが言った。
「コウジさん、これから空を飛ぶ時、俺たちのことを思い出してくれ」
「ああ」
「あなたのおかげで、俺たちは自由に飛べる」
「どういたしまして」
「またね!」
ガルーダたちは空に飛び立った。
コウジとケンタとピピは、地上から手を振った。
「師匠、いい仕事でしたね」
「ああ」
「次は何を作りますか?」
「さあな。でも、きっとまた面白い依頼が来るさ」
コウジは笑った。




