第21話「老戦士の引退」
シャドウへの装備を納品した翌週、工房に一人の老人が訪れた。
「失礼する……」
扉を開けたのは、六十代後半と思われる人間の男性だった。
背は高いが、腰が曲がっている。右足を引きずるように歩いていた。
だが、その目には――かつての強さの名残が宿っていた。
「いらっしゃいませ」
「ここが、万族工房か?」
「ああ、そうだが」
「私は……グレゴール」
老人は名乗った。
「元冒険者だ。今は……引退している」
「元冒険者……」
コウジは老人を見た。
体のあちこちに、古い傷跡が見える。
「どんな装備が必要ですか?」
「いや……装備は……もういらない」
グレゴールは寂しそうに笑った。
「もう、冒険には行けないからな」
「じゃあ、何の用で?」
「最後の装備を……作ってほしい」
「最後の……?」
「ああ」
グレゴールは説明した。
「私は、四十年間冒険者をやってきた。だが、三年前に大怪我をして……引退した」
「……」
「今持ってる装備は、もうボロボロだ」
グレゴールは続けた。
「だから、最後に……ちゃんとした装備を作ってほしい」
「最後……使わないのに?」
「ああ。使わない」
グレゴールは頷いた。
「でも、手元に置きたいんだ。冒険者だった証として」
「……」
コウジは老人の目を見た。
そこには、誇りと寂しさが混じっていた。
「わかった。作ろう」
「本当か?」
「ああ。最高のものを作る」
「ありがとう……」
グレゴールは涙を浮かべた。
「グレゴール、装備を作る前に、あなたの話を聞かせてくれないか」
コウジは老人に椅子を勧めた。
「私の……話?」
「ああ。どんな冒険をしてきたのか」
「それが……装備に関係あるのか?」
「ある」
コウジは真剣に言った。
「あなたの物語を知れば、もっといい装備が作れる」
「……そうか」
グレゴールは座った。
「では、話そう」
グレゴールは語り始めた。
「私が冒険者になったのは、二十歳の時だった」
「若い頃から……」
「ああ。貧しい家の生まれでな。冒険者になるしか、生きる道がなかった」
グレゴールは続けた。
「最初は、弱い魔獣を狩るだけだった。毎日が必死だった」
「……」
「だが、少しずつ強くなった。仲間もできた」
グレゴールの目が、遠くを見ている。
「五人のパーティーを組んだ。戦士の私、魔法使いのアリシア、弓使いのトーマス、盗賊のリック、僧侶のエレナ」
「いいパーティーだったんですね」
「ああ……最高の仲間だった」
だが、グレゴールの表情が曇った。
「だが……みんな、死んだ」
「……」
「アリシアは、十年前にドラゴンと戦って死んだ」
「トーマスは、八年前に毒で死んだ」
「リックは、六年前に罠で死んだ」
「エレナは、五年前に病気で死んだ」
グレゴールは涙を流した。
「みんな……いなくなった……」
「……すみません」
「いや、いい」
グレゴールは涙を拭った。
「私だけが……生き残った」
「……」
「そして、三年前……私も大怪我をした」
グレゴールは右足を示した。
「ワイバーンと戦って、足を潰された」
「それで……引退を……」
「ああ。もう戦えない」
グレゴールは寂しそうに笑った。
「だから、装備も必要ない。でも……」
「でも?」
「手元に置きたいんだ。仲間たちと戦った日々を忘れないために」
グレゴールは真剣な目で言った。
「頼む。最後の装備を作ってくれ」
「……わかった」
コウジは深く頷いた。
「あなたの物語に、相応しい装備を作る」
グレゴールが帰った後、コウジは弟子たちを集めた。
「みんな、今の話を聞いたな」
「はい……」
弟子たちは神妙な顔をしていた。
「グレゴールさん……辛い人生だったんですね……」
シルフィが言った。
「ああ。四十年間、命がけで戦い続けた」
「仲間を全員失って……」
ケンタも悲しそうだった。
「それなのに、最後まで誇りを持ってる」
「すごい人だな」
ボルドが言った。
「俺たち、最高の装備を作らないと」
「ああ」
コウジは頷いた。
「これは、単なる装備じゃない。グレゴールの人生の証だ」
「はい」
「だから、全力で作る」
「はい!」
弟子たち全員が、強く頷いた。
「じゃあ、どんな装備にするか考えよう」
コウジは設計図を描き始めた。
「グレゴールは戦士だった。だから、戦士用の重装備だ」
「防御力重視ですね」
「ああ。でも、ただ硬いだけじゃダメだ」
「どういうことですか?」
「彼の物語を込めるんだ」
コウジは説明した。
「四十年の戦いの歴史。仲間との絆。全てを、装備に込める」
「どうやって……?」
「装飾だ」
リリアが言った。
「装飾で、物語を表現するんですね!」
「そうだ」
コウジは頷いた。
「グレゴールの物語を、装備に刻む」
製作が始まった。
まず、素材選び。
「岩亀の甲羅を使おう」
コウジは決めた。
「グレゴールは、岩のように頑丈な戦士だったはずだ」
「いいですね」
「革は、森狼の革。長年使い込まれた感じを出す」
「わかりました」
基本構造は、重装備の王道。
胸当て、肩当て、腕当て、脚当て。
だが、装飾が違った。
リリアが胸当てに、細かい彫刻を施していく。
「五人のシルエット……これがグレゴールさんのパーティーです」
「素晴らしい……」
中央に戦士。その周りに、魔法使い、弓使い、盗賊、僧侶。
五人が、円陣を組んでいる構図。
「仲間の絆を表現しました」
「完璧だ」
シルフィは、肩当てに刺繍を施した。
「ドラゴン、ワイバーン、グリフォン……グレゴールさんが戦った魔獣たちです」
「それぞれの戦いの記憶か……」
「はい。四十年の戦いの歴史を、刺繍で表現しました」
「いい仕事だ」
ボルドは、金属パーツに文字を刻んだ。
「グレゴールさんの仲間の名前です」
アリシア、トーマス、リック、エレナ――
一人一人の名前が、丁寧に刻まれている。
「忘れないために……」
「ああ、素晴らしい」
ギギは、小さなメダルを作った。
「これは、四十年の冒険者人生を称えるメダルです」
金色に輝く、小さなメダル。
そこには『栄誉ある戦士』と刻まれている。
「胸当てに、これを付けます」
「いいな」
全員が、想いを込めて作業を続ける。
ケンタは、革の手入れを念入りに行った。
「この革、何十年も使えるように、丁寧に鞣します」
「ああ、頼む」
テイルとピピは、細かいパーツを作った。
「留め具も、特別なものにしましょう」
「はい!」
二週間後――
装備が完成した。
「グレゴール、できたぞ」
コウジはグレゴールを工房に呼んだ。
「もう……できたのか」
「ああ。見てくれ」
コウジは装備を広げた。
岩亀の甲羅で作られた、重厚な鎧。
だが、その表面には――
「これは……!」
グレゴールは息を飲んだ。
胸当てに刻まれた、五人のシルエット。
「仲間……たち……」
肩当ての刺繍。
「俺が戦った……魔獣たち……」
金属パーツに刻まれた名前。
「アリシア……トーマス……リック……エレナ……」
グレゴールは涙を流した。
「みんな……いる……」
そして、胸元の金メダル。
「『栄誉ある戦士』……」
グレゴールは震える手で、装備に触れた。
「これは……俺の人生だ……」
「そうです」
コウジは言った。
「あなたの四十年が、ここに込められています」
「……」
グレゴールは、しばらく黙って装備を見つめていた。
そして――
「ありがとう……」
声を上げて泣いた。
「ありがとう……こんな素晴らしい……ものを……」
「どういたしまして」
コウジも涙を堪えていた。
「試着してみますか?」
「……いや」
グレゴールは首を振った。
「これは……もう着ない」
「え?」
「飾るんだ。家に」
グレゴールは笑った。
「毎日、これを見る。そして、仲間たちを思い出す」
「……そうですか」
「ああ。これが……最高の使い方だ」
グレゴールは装備を抱きしめた。
「本当に……ありがとう……」
『岩亀の甲羅・老戦士の記憶(品質:至高)』 『効果: 防御力+35、不屈の精神+30、仲間の絆(永続)、栄誉の証(特殊)、伝説の記憶(特殊)』
「品質……『至高』!?」
コウジは驚いた。
今まで作った中で、最高の品質だ。
「これは……」
「想いが、込められたんですね」
シルフィが言った。
「ええ」
コウジは頷いた。
「グレゴールの想い、俺たちの想い……全てが込められた」
その夜、グレゴールは工房に食事を持ってきた。
「少ないが……受け取ってくれ」
大きな籠には、パン、肉、果物、ワインが入っていた。
「こんなに……」
「代金は……金貨五枚しか払えない」
グレゴールは申し訳なさそうに言った。
「引退して、貯金もあまりないんだ」
「いや、十分だ」
「本当か?」
「ああ。それに、この食事……嬉しいな」
コウジは笑った。
「みんなで食べよう」
「いいのか?」
「もちろんだ」
こうして、工房で小さな宴が開かれた。
グレゴールは、昔の冒険談を語った。
「ドラゴンと戦った時はな、アリシアが必死に魔法を唱えて……」
「トーマスの矢は百発百中でな……」
「リックは、いつも冗談ばかり言ってた……」
「エレナは、優しくて……いつもみんなを癒してくれた……」
弟子たちは、真剣に聞いていた。
「すごい冒険ですね……」
「ああ。今思えば……夢のような日々だった」
グレゴールは笑った。
「もう戻らないがな」
「でも、装備に残ってますよ」
ケンタが言った。
「グレゴールさんの記憶が、装備に込められてます」
「ああ……そうだな」
グレゴールは満足そうに笑った。
「だから、大丈夫だ」
宴は、深夜まで続いた。
翌朝、グレゴールは装備を大事に抱えて帰っていった。
「また、来てくださいね」
「ああ。必ず」
グレゴールは笑顔で手を振った。
その背中は、昨日より少し軽く見えた。
コウジは、弟子たちと共にその背中を見送った。
「師匠、今回の仕事……特別でしたね」
シルフィが言った。
「ああ」
「使われない装備を作る……不思議な感じでした」
ケンタも言った。
「でも、すごく大事な装備だった」
「そうだな」
コウジは頷いた。
「装備は、使うためだけにあるんじゃない」
「……」
「想いを込める器でもある」
コウジは続けた。
「グレゴールにとって、あの装備は人生の証だ」
「はい」
「俺たちは、それを形にした」
「はい」
「それが……職人冥利に尽きるってことだ」
コウジは満足そうに笑った。
弟子たちも、笑顔になった。
「次も、こういう仕事がしたいです」
「ああ」
コウジは頷いた。
「これからも、想いを込めた装備を作り続けよう」
「はい!」




