第20話「音なき革」
火山探検から戻って三日後の夜、工房に珍しい訪問者があった。
「失礼する」
低く、抑えた声。
扉を開けると、そこには全身黒ずくめの人物が立っていた。
顔は布で覆われ、目だけが見えている。
「……どなたですか?」
コウジは警戒した。
こんな夜遅くに、顔を隠した人物――怪しい。
「私は……影だ」
「影?」
「それ以上は言えない」
男は――声からして男性だろう――続けた。
「装備を作ってもらいたい」
「どんな装備ですか?」
「音を立てない装備だ」
「音を立てない……?」
「ああ。革が擦れる音、金属がぶつかる音、全てを消したい」
男は真剣な目をしていた。
「そういう装備を作れるか?」
「……」
コウジは悩んだ。
この男、明らかに怪しい。
暗殺者か、盗賊か――
「すまないが、その装備は何に使うんだ?」
「……」
男は黙った。
「答えられないなら、作れない」
コウジは毅然として言った。
「俺の作った装備が、悪事に使われるのは嫌だ」
「……わかった」
男は溜息をついた。
「正直に言おう。私は……情報屋だ」
「情報屋?」
「ああ。金で情報を売る商売だ」
男は続けた。
「情報を集めるには、気配を消す必要がある」
「なるほど……」
「誤解しないでくれ。私は犯罪者じゃない」
男は真剣に言った。
「情報を集めて売るだけだ。盗みも、殺しもしない」
「……証明できるか?」
「これを」
男は冒険者ギルドの身分証を出した。
「私は冒険者ギルドに登録している。ランクはB」
コウジは確認した。
確かに、正規の身分証だ。
「名前は?」
「シャドウ。それが私の冒険者名だ」
「本名は?」
「それは言えない。情報屋の秘密だ」
「……」
コウジは悩んだ。
情報屋――確かに、犯罪ではない。
だが、倫理的にグレーだ。
「師匠」
背後から声がした。
振り向くと、シルフィが立っていた。
「シルフィ、起きてたのか」
「はい。物音が聞こえて……」
シルフィはシャドウを見た。
「師匠、この人……悪い人には見えません」
「お前がそう思うのか?」
「はい。目が……真剣です。嘘をついてる目じゃありません」
「……」
コウジはシャドウを見つめた。
確かに、その目には真剣さがある。
「わかった。作ろう」
「本当か!?」
「ああ。ただし、条件がある」
「何だ?」
「もしお前の装備が犯罪に使われたと知ったら、二度と作らない」
コウジは厳しい目で言った。
「いいな?」
「わかった。約束する」
シャドウは頭を下げた。
「ありがとう」
翌朝、コウジは弟子たち全員を集めた。
「昨夜、情報屋から装備の依頼があった」
「情報屋……?」
「ああ。音を立てない装備が欲しいそうだ」
「でも、師匠」
ボルドが言った。
「情報屋って……怪しくないですか?」
「俺もそう思った」
「じゃあ、なんで受けたんですか?」
「……お前たちに聞きたい」
コウジは真剣な顔で言った。
「俺たち職人は、依頼を選ぶべきか?」
「……」
弟子たちは黙った。
「例えば、暗殺者から依頼が来たら、断るべきか?」
「当然です!」
ケンタが即答した。
「暗殺は犯罪です!」
「じゃあ、傭兵は?」
「傭兵……?」
「ああ。傭兵も人を殺す。でも、合法だ」
「それは……」
ケンタは言葉に詰まった。
「じゃあ、兵士は? 戦争で敵を殺す」
「それは……国のためだから……」
「本当にそうか?」
コウジは続けた。
「誰を殺すかで、善悪が変わるのか?」
「……」
全員が黙り込んだ。
「師匠、私は思います」
リリアが手を挙げた。
「何だ?」
「大事なのは、依頼人の『目的』じゃないでしょうか」
「目的?」
「はい。何のために装備を使うか」
リリアは続けた。
「情報屋さんは、情報を集めるため。犯罪じゃありません」
「でも、情報を売ることで、誰かが傷つくかもしれない」
ギギが反論した。
「例えば、秘密を暴かれた人とか……」
「確かに……」
「難しいですね……」
弟子たちは悩んでいた。
「師匠は、どう思いますか?」
シルフィが尋ねた。
「俺は……こう考える」
コウジは言った。
「職人は、使う人を信じるしかない」
「信じる……?」
「ああ。俺たちは、装備を作る。でも、それをどう使うかは、使う人次第だ」
コウジは続けた。
「俺たちにできるのは、『悪用しないでくれ』と頼むことだけだ」
「……」
「だから、俺はシャドウに頼んだ。『犯罪に使うな』と」
「それで、いいんでしょうか……」
「わからない」
コウジは正直に言った。
「正解はないと思う。だから、俺は自分の信じる道を行く」
「……わかりました」
弟子たちは頷いた。
「じゃあ、作りましょう」
「ああ」
「音を立てない装備……どう作ればいいんだ?」
コウジは悩んでいた。
「まず、なぜ音が出るのか考えよう」
「革が擦れる音ですか?」
ケンタが言った。
「ああ。革同士が擦れると、キュッキュッという音が出る」
「じゃあ、表面を滑らかにすれば?」
「それだけじゃ足りない」
コウジは説明した。
「音は、振動から生まれる。振動を吸収する素材が必要だ」
「振動を吸収……」
「それに、金属パーツもダメだな」
ボルドが言った。
「金属同士がぶつかると、カチャカチャ音がする」
「じゃあ、金属を使わない構造に?」
「そうだな」
コウジは設計図を描き始めた。
「全て革と糸で作る。金属は一切使わない」
「でも、それだと強度が……」
「だから、革を何層にも重ねる」
「なるほど」
「それと、柔らかい革を使おう」
シルフィが提案した。
「柔らかければ、擦れる音も小さくなります」
「いいアイデアだ」
「でも、柔らかいと防御力が……」
「情報屋は、戦闘しない」
コウジは言った。
「だから、防御力より静音性を優先する」
「わかりました」
「素材は……何がいい?」
「師匠」
リリアが手を挙げた。
「影兎の革はどうですか?」
「影兎?」
「はい。夜行性の兎です。足音を立てずに移動します」
「そんな魔獣が……」
「その革は、とても柔らかくて、音を吸収します」
「完璧だ」
コウジは決めた。
「影兎の革を使おう。リリア、手配できるか?」
「はい! 村に連絡します!」
一週間後、影兎の革が届いた。
「これが影兎の革か……」
コウジは革を手に取った。
驚くほど柔らかい。まるで布のようだ。
『素材解析』
【影兎の革】
品質: 中
特性: 消音(大)、柔軟性(特大)、軽量
付与可能効果: 静音+25、気配消し+15、柔軟性+20
備考: 夜行性の兎。足音を立てずに移動する。革は音を吸収する
注意: 防御力は低い。戦闘用には不向き
「防御力は低いが……静音性は完璧だ」
「これで作りましょう」
製作が始まった。
だが、影兎の革は扱いが難しかった。
「柔らかすぎて、形が保てない……」
シルフィが困っていた。
「裏地を付けよう」
コウジは別の革を持ってきた。
「この薄い革を裏地にして、形を保つ」
「なるほど」
二重構造にすることで、形状を維持しつつ、柔軟性も保つ。
「縫い目も工夫が必要だな」
「なぜですか?」
「縫い目が硬いと、そこから音が出る」
コウジは説明した。
「だから、シルフィのアラクネの糸を使おう」
「私の糸……?」
「ああ。お前の糸は柔軟で強い。完璧だ」
「わかりました! 頑張ります!」
シルフィは丁寧に縫っていく。
一針一針、慎重に。
「留め具はどうしますか?」
ギギが尋ねた。
「金属は使えない。革の紐で結ぶ構造にしよう」
「わかりました」
ギギは革紐の留め具を作った。
「これなら、音が出ません」
「よし」
全員が協力して、音なき革の装備を作り上げていく。
二週間後、装備が完成した。
「できたぞ」
全身を覆う黒い革装備。
影兎の革で作られ、金属パーツは一切ない。
『影兎の革・静音装備(品質:優)』 『効果: 静音+30、気配消し+20、柔軟性+25、軽量+15、足音消去(特殊)』
「品質『優』……それに『足音消去』という特殊効果まで」
「すごいですね!」
「シャドウを呼ぼう」
翌日、シャドウが工房を訪れた。
「できたか?」
「ああ、試着してくれ」
シャドウは装備を着た。
「おお……軽い……」
「動いてみてくれ」
シャドウは工房の中を歩き回った。
コウジたちは息を飲んで見守る。
だが――
「……音がしない」
本当に、全く音がしない。
足音も、革の擦れる音も、何も聞こえない。
「すごい……完璧だ……」
シャドウは感動していた。
「これなら……どこにでも忍び込める……」
「待て」
コウジが止めた。
「忍び込むって……犯罪じゃないだろうな?」
「違う、違う」
シャドウは慌てた。
「情報収集だ。例えば、酒場で情報を聞く時、気配を消せると有利なんだ」
「そうか……なら、いい」
「ありがとう、コウジ」
シャドウは金貨十枚を置いた。
「これで足りるか?」
「十分だ」
「では、失礼する」
シャドウは扉に向かった。
そして――
音もなく、消えた。
「え……?」
弟子たちは驚いた。
「いつの間に……」
「装備の効果、すごいですね……」
「ああ……」
コウジも驚いていた。
その夜、ケンタがコウジのもとを訪れた。
「師匠、ちょっといいですか?」
「何だ?」
「今日の装備……本当に良かったんでしょうか?」
ケンタは悩んでいた。
「あんな装備、悪用されたら……」
「そうだな」
コウジは頷いた。
「俺も不安だ」
「じゃあ、なんで……」
「ケンタ、お前は包丁を知ってるか?」
「包丁……? 料理に使う?」
「ああ。包丁は、料理のための道具だ」
コウジは続けた。
「でも、人を刺すこともできる」
「……」
「だからって、包丁を作る職人は悪いか?」
「それは……」
「違うだろ? 包丁自体に罪はない。使う人次第だ」
コウジは真剣な目で言った。
「装備も同じだ。俺たちが作るのは道具。それをどう使うかは、使う人が決める」
「でも……」
「もちろん、明らかに悪用される装備は断る」
コウジは続けた。
「暗殺専用の武器とか、拷問器具とか。そういうのは作らない」
「じゃあ、今回の装備は……」
「グレーゾーンだ」
コウジは正直に言った。
「悪用される可能性もある。でも、正当な使い方もある」
「……」
「だから、俺はシャドウを信じることにした」
「信じる……」
「ああ。それしかできない」
コウジは窓の外を見た。
「職人には、限界がある。作った後のことまで、管理できない」
「そうですね……」
「だから、作る時に全力を尽くす。そして、使う人を信じる」
コウジは続けた。
「それが、俺の答えだ」
「わかりました」
ケンタは深く頷いた。
「俺も、そう考えます」
「ありがとう」
一ヶ月後、シャドウが再び工房を訪れた。
「コウジ、礼を言いに来た」
「シャドウか。どうした?」
「お前の装備のおかげで、大きな情報を掴んだ」
「そうか」
「ああ。おかげで、街を救えた」
「街を……?」
「ああ。ある貴族が、街を裏切ろうとしていた」
シャドウは説明した。
「俺がその情報を掴んで、ギルドに報告した。反逆は未然に防がれた」
「それは……良かった」
「お前の装備が、多くの人を救ったんだ」
シャドウは頭を下げた。
「ありがとう」
「……どういたしまして」
シャドウが去った後、ケンタが言った。
「師匠、良かったですね」
「ああ」
「シャドウさん、信じて正解でした」
「そうだな」
コウジは笑った。
「でも、これは運が良かっただけかもしれない」
「え?」
「次も正しい判断ができるとは限らない」
コウジは真剣に言った。
「だから、常に悩み続けるんだ。これでいいのかって」
「はい」
「それが、職人の責任だ」
「わかりました」
ケンタは深く頷いた。




