第19話「炎の洞窟へ」
グレイスが氷原に帰って一週間後、工房に三人組の冒険者が訪れた。
「万族工房はここか?」
声をかけてきたのは、日焼けした肌の人間男性だった。筋肉質で、背中には大きな探検用リュックを背負っている。
「ああ、そうだが」
「俺はバルト。探検家だ」
バルトは後ろの二人を紹介した。
「こっちがエルフのリーシャ。魔法使いだ」
「よろしく」
緑色のローブを着た若いエルフ女性が頭を下げた。
「で、こっちがドワーフのドーン。地質学者だ」
「ふむ」
白髭のドワーフが頷いた。
「俺たちは火山探検隊だ」
「火山……?」
「ああ。この街から南に三日、大火山がある」
バルトは地図を広げた。
「『紅蓮山』という活火山だ」
「聞いたことがあるな」
「その火山の内部を探検したい」
「内部……?」
「ああ。洞窟があるんだ。その奥に、貴重な鉱石があると言われている」
ドーンが説明した。
「炎竜石という赤い鉱石だ。非常に強力な火属性を持つ」
「それを採掘したいのか?」
「ああ。だが、問題がある」
バルトは真剣な顔で言った。
「洞窟の中は、灼熱だ。普通の装備では耐えられない」
「なるほど……」
「だから、耐熱装備を作ってくれないか?」
「耐熱装備か……」
コウジは考えた。
先週は冷却装備を作った。今度は逆に、耐熱装備。
「できるか?」
「やってみる。ただし、素材が必要だ」
「素材なら、ある」
リーシャが袋を差し出した。
「火蜥蜴の鱗よ」
「火蜥蜴……!」
袋を開けると、赤く輝く鱗が入っていた。
『素材解析』
【火蜥蜴の鱗】
品質: 上
特性: 耐熱性(特大)、火属性、熱反射
付与可能効果: 炎耐性+30、熱遮断+25、火傷防止+20
備考: 火山地帯に生息する魔獣。体表は常に高温だが、内部は涼しい
警告: 鱗は触れると火傷する。加工時は冷却しながら行うこと
「これは……完璧な素材だ」
「使えるか?」
「ああ。これで耐熱装備を作れる」
「よし! じゃあ頼む!」
バルトは金貨十枚を置いた。
「三人分だ。間に合うか?」
「二週間くれ」
「わかった。待つ」
「また極端な素材だな……」
コウジは火蜥蜴の鱗を見つめた。
「先週は氷のように冷たい素材。今週は火のように熱い素材」
「師匠、どう加工しますか?」
ケンタが尋ねた。
「まず、冷やさないと触れない」
コウジは水の入った桶を用意した。
「鱗を水に浸けて、温度を下げる」
ジュウウウ
蒸気が上がる。
「すごい……水が沸騰してる……」
「鱗の温度、相当高いな」
コウジは何度も水を替えながら、鱗を冷やしていく。
三十分後――
「よし、これならなんとか触れる」
コウジは厚手の手袋を着けて、鱗を取り出した。
「まだ温かいが……作業できる温度だ」
「どう加工しますか?」
「裁断は……普通の革包丁じゃ無理だな」
「魔法鉱石の鋸を使いますか?」
ボルドが提案した。
「ああ、それがいい」
ボルドは鋸で鱗を切り始めた。
ギギギギ
鋸と鱗が擦れる音。
「硬い……岩亀の甲羅並みだ……」
「時間がかかりそうだな」
「ええ。でも、やります」
ボルドは黙々と作業を続けた。
一方、シルフィは内側の素材を準備していた。
「耐熱装備でも、内側は快適にしないと……」
「断熱材が必要ですね」
リリアが言った。
「氷原の民の冷却装備と同じ発想ですね」
「ああ。外の熱を遮断する」
「じゃあ、また綿毛を使いましょう」
「そうだな」
二人は綿毛を丁寧に広げていく。
「これを内側に縫い込めば、熱が伝わりにくくなる」
「それに、通気性も確保しないと」
「そうだな。火山の中は暑いから、汗をかく」
「じゃあ、換気用の穴を作りましょう」
「でも、穴を開けると熱が入ってくる……」
「なら、メッシュ構造にしましょう」
リリアが提案した。
「小さな穴をたくさん開ければ、空気は通るけど熱は入りにくい」
「なるほど!」
シルフィは感心した。
三日後、ケンタが新しいアイデアを持ってきた。
「師匠、これ見てください!」
「何だ?」
ケンタは小さな袋を見せた。
「水袋です」
「水袋?」
「はい。中に水を入れて、装備に取り付けるんです」
ケンタは説明した。
「火山の中は暑いから、体温が上がります。でも、この水袋があれば、冷やせます」
「なるほど……冷却装備と同じ発想だな」
「はい! 氷原の民の装備から学びました!」
「いいアイデアだ」
コウジは頷いた。
「じゃあ、装備に水袋を取り付けられるようにしよう」
「はい!」
ケンタは嬉しそうだった。
「それと、もう一つ」
「何だ?」
「顔を守る装備も必要じゃないですか?」
「顔……?」
「はい。火山の中は、熱気が顔に直接当たります」
ケンタは続けた。
「体は守れても、顔を火傷したら意味ないです」
「確かに……」
コウジは考えた。
「顔を覆うマスクか……」
「はい。でも、視界を確保しないといけません」
「そうだな……」
コウジは設計図を描き始めた。
「鼻と口を覆うマスク。目の部分は開けて、代わりに庇を付ける」
「庇?」
「ああ。熱気が直接目に入らないように、額の部分に庇を付ける」
「なるほど!」
「よし、これも作ろう」
コウジとケンタは協力して、マスクの設計を進めた。
一週間後、全てのパーツが揃った。
「よし、組み立てるぞ」
コウジは各パーツを並べた。
外側の火蜥蜴の鱗。
中間層の綿毛。
内側の通気性のある薄い革。
水袋を取り付ける金具。
顔を守るマスク。
「これを、全部組み合わせる」
だが、組み立ては予想以上に難しかった。
「鱗が硬くて、針が通らない……!」
シルフィが苦戦していた。
「無理するな。ボルド、穴を開けてくれ」
「了解です」
ボルドが目打ちで鱗に穴を開ける。
「これなら、針が通ります」
「ありがとう」
シルフィは慎重に縫い進める。
「綿毛がずれる……」
リリアが困っていた。
「ピピ、手伝ってくれ」
「はい!」
ピピが綿毛を押さえながら、リリアが縫う。
「よし、固定できました」
「通気孔の位置、これで大丈夫ですか?」
ギギが確認を求めた。
「ああ、完璧だ」
「水袋の金具、取り付けました!」
ケンタが報告した。
「よし、いい調子だ」
全員が協力して、一つ一つ丁寧に組み立てていく。
「みんな、よくやってる」
コウジは満足そうに見守った。
「こういう複雑な装備こそ、チームワークが大事だな」
二週間後、三人分の耐熱装備が完成した。
「できたぞ」
コウジはバルトたちを呼んだ。
翌日、三人が工房を訪れた。
「できたか!?」
「ああ、できた」
コウジは装備を見せた。
赤く輝く火蜥蜴の鱗で作られた胸当て、腕当て、脚当て。
そして、顔を守るマスク。
「おお……!」
バルトは感嘆の声を上げた。
「すごい……」
「試着してみてくれ」
三人は装備を着た。
「どうだ?」
「重さは……まあ、許容範囲だな」
バルトが言った。
「動きやすさは?」
「問題ない」
「よし。じゃあ、熱のテストだ」
コウジは炉の前に立つように指示した。
「この炉に近づいてみてくれ」
「わかった」
バルトが炉に近づく。
通常なら、顔が熱で痛くなる距離。
だが――
「おお! 熱くない!」
「本当か?」
「ああ! 多少の熱気は感じるが、耐えられる!」
「よし」
コウジは満足そうに頷いた。
『火蜥蜴の鱗・耐熱装備セット(品質:優)』 『効果: 炎耐性+30、熱遮断+25、火傷防止+20、通気性+10、水冷機能(水袋式)』
「品質『優』……それに『水冷機能』という特殊効果」
「すごいですね!」
弟子たちが喜んでいた。
「これで、火山探検ができる」
バルトは嬉しそうだった。
「ありがとう、コウジ」
「どういたしまして」
「じゃあ、一週間後に出発する」
「気をつけてな」
「ああ」
三日後、バルトが再び工房を訪れた。
「コウジ、頼みがある」
「何だ?」
「一緒に来てくれないか」
「俺が?」
「ああ」
バルトは真剣な顔で言った。
「装備を実際の火山で試したい。もし問題があれば、その場で直してほしい」
「なるほど……」
「それに、火山には貴重な素材がある」
ドーンが言った。
「炎竜石だけじゃない。火山灰、溶岩の欠片……装備に使える素材がたくさんあるんだ」
「確かに……それは魅力的だな」
コウジは考えた。
実際の使用状況を見るのは、職人として貴重な経験だ。
「わかった。行こう」
「本当か!?」
「ああ。ただし、弟子を一人連れて行く」
「構わん」
コウジは弟子たちを見た。
「ケンタ、お前、来るか?」
「え!? 俺ですか!?」
「ああ。お前がマスクのアイデアを出してくれたからな」
「はい! 行きます!」
ケンタは目を輝かせた。
「よし、じゃあ四日後に出発だ」
四日後、コウジとケンタはバルトたち三人と共に、紅蓮山に向かった。
三日間の旅路。
そして、ついに火山の麓に到着した。
「おお……すごい……」
ケンタは圧倒されていた。
赤く輝く山。時々、頂上から煙が上がる。
「これが紅蓮山か……」
「ああ。中はもっとすごいぞ」
バルトは笑った。
「準備はいいか?」
「ああ」
全員が耐熱装備を着た。
「じゃあ、行くぞ」
洞窟の入口に入る。
最初は、それほど暑くない。
だが、奥に進むにつれて――
「暑い……!」
気温がどんどん上がる。
「装備、大丈夫か?」
「ああ、問題ない」
バルトが答えた。
「熱は感じるが、耐えられる」
「よし」
さらに奥へ。
やがて、広い空間に出た。
「うわあ……!」
そこには、赤く輝く溶岩の川が流れていた。
「これが……溶岩……!」
ケンタは初めて見る光景に驚いていた。
「すごいな……」
コウジも感動していた。
「ここまで来られたのも、お前の装備のおかげだ」
バルトが言った。
「ありがとう、コウジ」
「いや、まだ試験中だ」
コウジは装備を確認した。
「どこか問題は?」
「ない。完璧だ」
「水袋は?」
「まだ余裕がある」
「よし」
コウジは安堵した。
「装備は合格だな」
「ああ」
ドーンが岩壁に近づいた。
「おお、あった! 炎竜石だ!」
赤く輝く鉱石。
「これは貴重だぞ」
ドーンは鉱石を採取した。
「コウジ、これをやろう」
「いいのか?」
「ああ。お前のおかげで採取できたんだ」
「ありがとう」
コウジは炎竜石を受け取った。
「これ、装備に使えそうだな」
「ああ。火属性付与に最適だ」
こうして、火山探検は成功した。
工房に戻った後、ケンタは興奮していた。
「師匠、すごかったですね!」
「ああ、貴重な経験だった」
「溶岩、本物見ちゃいましたよ!」
「ああ、俺も初めて見た」
コウジは炎竜石を見つめた。
「これ、使えそうだな」
「次の装備に?」
「ああ。火属性の装備、需要があるかもしれない」
「楽しみです!」
その夜、コウジは弟子たち全員に火山の話をした。
「溶岩の川があって、すごく熱かった」
「わあ……見てみたいです……」
「でも、装備は完璧に機能した」
コウジは続けた。
「お前たちが丁寧に作ってくれたおかげだ」
「当たり前です!」
「これからも、こういう極限環境の装備、作っていこう」
「はい!」
弟子たちは元気よく返事をした。




