第17話「毒蛇の牙」
祭りの衣装を納品した翌週、工房に一人の老人が訪れた。
「ごほっ、ごほっ……失礼する」
咳き込みながら入ってきたのは、緑色のローブを着た人間の老人だった。
腰は曲がり、杖をついている。だが、その目は鋭く、知性を感じさせた。
「いらっしゃいませ」
「ここが、万族工房か?」
「ああ、そうだが」
「私はアルベルト。薬師だ」
「薬師……?」
コウジは興味を持った。
薬師――薬草を調合し、病気や怪我を治す専門家。冒険者とは違う、医療従事者だ。
「どんな装備が必要ですか?」
「毒に耐性のある手袋と前掛けが欲しい」
アルベルトは真剣な顔で言った。
「私は毒草を扱う。だが、最近手が震えてな……誤って毒に触れることが増えた」
「なるほど……」
「このままでは、命に関わる。だから、毒を防ぐ装備が必要なんだ」
「毒に耐性のある装備……」
コウジは考えた。
毒――それは、物理的な防御とは違う。
「どんな毒を扱うんですか?」
「様々だ。痺れ毒、腐食毒、神経毒……」
アルベルトは続けた。
「中でも厄介なのが、『翡翠毒蛇』の毒だ」
「翡翠毒蛇?」
「ああ。この地方に生息する毒蛇だ。その毒は皮膚からも侵入する」
アルベルトは自分の手を見せた。
所々、変色している。
「これが、毒に触れた痕だ」
「……」
コウジは真剣になった。
これは、命に関わる依頼だ。
「作ります。ただし、時間がかかります」
「構わん。待つ」
「素材は?」
「それが問題なんだ」
アルベルトは溜息をついた。
「毒蛇の素材は、毒耐性が高い。だが、私の手では狩れない」
「……」
「もし、入手できる方法があれば教えてくれ」
「わかりました。こちらで手配してみます」
「頼む」
アルベルトは金貨五枚を置いて、去っていった。
コウジは一人、考え込んだ。
「毒蛇の素材か……」
その日の午後、コウジは冒険者ギルドを訪れた。
「メディア、いるか?」
「あら、コウジ。どうしたの?」
メディアが受付から顔を出した。
「頼みがある」
「何?」
「翡翠毒蛇を狩ってくれないか」
「翡翠毒蛇? あの厄介な奴?」
メディアは顔をしかめた。
「理由は?」
「薬師から装備の依頼があった。毒耐性の装備を作るには、毒蛇の素材が必要なんだ」
「なるほどね……」
メディアは考えた。
「翡翠毒蛇は、森の奥に生息してる。危険だけど……やってやるわ」
「本当か?」
「ええ。でも、条件がある」
「何だ?」
「完成した装備、一つは私にちょうだい」
メディアは笑った。
「私も毒は怖いから、耐性装備があると助かるの」
「わかった。一つは必ず渡す」
「じゃあ、やるわ。三日後に素材を持ってくる」
「ありがとう」
「礼には及ばないわ。お互い様でしょ」
メディアはウインクした。
三日後、約束通りメディアが素材を持ってきた。
「はい、翡翠毒蛇の皮と牙」
大きな袋を置く。
「ありがとう。狩りは大変だったか?」
「まあね。毒が厄介だったわ」
メディアは腕に包帯を巻いていた。
「少し毒を浴びちゃって」
「大丈夫か!?」
「平気よ。解毒剤があったから」
メディアは笑った。
「でも、改めて思ったわ。毒耐性装備、本当に必要ね」
「ああ、絶対にいいものを作る」
コウジは袋を開けた。
中には、翡翠色に光る蛇の皮と、鋭い牙が入っていた。
『素材解析』
【翡翠毒蛇の皮】
品質: 上
特性: 毒耐性(特大)、柔軟性、耐腐食性
付与可能効果: 毒無効化(大)、腐食耐性(大)、皮膚保護(中)
備考: 毒蛇自身が毒に耐えるための皮。毒を完全に遮断する
警告: 加工時も毒が残留している。素手で触れないこと
「これは……すごい素材だ」
「でしょ?」
「ただし、危険だな」
コウジは慎重に皮を見た。
まだ、微量の毒が残留している。
「みんなを呼ぼう」
「これから、翡翠毒蛇の皮を加工する」
コウジは弟子たちを集めた。
「だが、この素材は危険だ。毒が残留している」
「毒……」
弟子たちは緊張した。
「だから、絶対に素手で触るな」
コウジは厚手の手袋を配った。
「これを着けて作業する」
「はい」
「それと、換気をしっかりしろ。毒の蒸気も危険だ」
「わかりました」
「もし、気分が悪くなったら、すぐに作業を中止して外に出ろ」
「はい!」
「よし、じゃあ始めるぞ」
コウジは慎重に皮を洗い始めた。
だが――
「うっ……」
刺激臭が鼻を突く。
「これは……きつい……」
「師匠、大丈夫ですか?」
「ああ、大丈夫だ。でも、これは……窓を全開にしよう」
「はい!」
ケンタとテイルが窓を開けた。
風が入り、空気が入れ替わる。
「よし、少し楽になった」
コウジは洗浄を続けた。
何度も水を替えて、丁寧に毒を洗い流す。
「これで……大丈夫だろう」
二時間後、ようやく洗浄が終わった。
「疲れた……」
「師匠、休んでください」
「ああ……少し休もう」
コウジは作業台に座り込んだ。
「毒素材は……こんなに大変だとは……」
洗浄の翌日、牙の加工が始まった。
「この牙、どう使うんですか?」
ボルドが尋ねた。
「粉末にして、革に混ぜ込む」
「粉末……?」
「ああ。牙を細かく砕いて、革の加工剤に混ぜる。そうすれば、毒耐性が向上する」
「なるほど……でも、どうやって砕くんですか? 硬そうですけど」
「それが問題だ」
コウジは悩んだ。
「普通に砕くと、粉末が飛散して危険だ」
「じゃあ……」
ボルドは考えた。
「水の中で砕いたらどうですか?」
「水の中?」
「はい。水中なら、粉末が飛散しません」
「なるほど!」
コウジは感心した。
「さすがボルド、いいアイデアだ」
「えへへ」
ボルドは桶に水を張り、その中に牙を入れた。
そして、金槌で叩く。
カンカンカン
水しぶきが上がるが、粉末は飛散しない。
「よし、いい感じです!」
三十分後――
「できました! 牙の粉末です!」
白緑色の粉が、桶の底に沈んでいる。
「よし、この粉を革に混ぜ込もう」
コウジは革の加工剤に粉末を混ぜた。
「これを、翡翠毒蛇の皮に塗り込む」
丁寧に、何度も塗り重ねる。
「よし……これで毒耐性が大幅に向上したはずだ」
それから一週間、コウジたちは装備の製作に没頭した。
手袋と前掛け――
どちらも、薬師の作業を考慮した設計にした。
「手袋は、指先の感覚が重要だな」
コウジは薄くて柔軟性のある設計にした。
「薬草を扱うには、細かい作業が必要だ。分厚い手袋じゃダメだ」
「でも、薄いと毒が浸透しませんか?」
ケンタが心配した。
「だから、何層にも重ねる」
コウジは説明した。
「薄い層を五層重ねれば、柔軟性を保ちつつ、防御力も確保できる」
「なるほど!」
「それに、手首の部分は少し長めにする」
「なぜですか?」
「袖との間から毒が入らないようにするためだ」
「細かい……」
「命に関わるからな。細部まで気を配る」
前掛けも、同様に慎重に作った。
「胸から膝まで、全体を覆う長さにする」
「重くなりませんか?」
「薄い素材を使うから大丈夫だ」
「紐の部分は?」
「首と腰で固定する。だが、緊急時にはすぐ外せるように、簡単な結び目にする」
「なぜ簡単にするんですか?」
「もし毒を大量に浴びたら、すぐに脱がないといけない。複雑な結び目だと、時間がかかる」
「そうか……」
ケンタは感心した。
「師匠は、使う人のことを本当に考えてますね」
「当たり前だ」
コウジは笑った。
「それが職人だからな」
二週間後、装備が完成した。
翡翠色に輝く手袋と前掛け。
『翡翠毒蛇の皮・薬師用防護具セット(品質:優)』 『効果: 毒無効化+30、腐食耐性+25、皮膚保護+20、細かい作業+10、緊急脱着(特殊)』
「品質『優』……それに『緊急脱着』という特殊効果まで」
「すごいですね、師匠!」
「ああ、これなら安心して使える」
コウジはアルベルトを呼んだ。
翌日、アルベルトが工房を訪れた。
「できたか?」
「ああ、できたぞ」
コウジは装備を見せた。
アルベルトは、しばらく黙って見つめていた。
「……素晴らしい」
「試着してみてください」
アルベルトは手袋と前掛けを装着した。
「おお……」
手を動かしてみる。
「柔らかい……細かい作業もできる……」
「毒耐性は、翡翠毒蛇の素材を使っているので、ほぼ完璧です」
「これなら……安心して作業ができる……」
アルベルトは涙を浮かべた。
「ありがとう……本当にありがとう……」
「どういたしまして」
「代金は金貨五枚だったな」
「はい」
アルベルトは金貨五枚を置いた。
だが、さらに三枚追加した。
「これは……?」
「感謝の印だ」
アルベルトは笑った。
「これで、安心して弟子に技術を教えられる」
「弟子……?」
「ああ。若い薬師を育てているんだ」
アルベルトは続けた。
「だが、毒の扱いは危険で、教えるのを躊躇していた」
「なるほど……」
「この装備があれば、安全に教えられる。次世代に技術を継承できる」
「それは良かった」
コウジは満足そうに笑った。
「弟子の育成、頑張ってください」
「ああ」
アルベルトは深々と頭を下げて、去っていった。
「師匠、今回の依頼……すごく勉強になりました」
ケンタが言った。
「何が?」
「危険な素材の扱い方です」
ケンタは続けた。
「素手で触らない、換気する、水中で加工する……全部、安全のための工夫ですね」
「ああ」
「それに、緊急脱着の機能も。使う人の安全を、本当に考えてる」
「当然だ」
コウジは真剣な顔で言った。
「職人は、使う人の命を預かっている」
「命……」
「ああ。装備一つで、生きるか死ぬかが決まる」
コウジは続けた。
「だから、妥協は許されない。細部まで、徹底的に考え抜く」
「はい」
「それが、職人の責任だ」
「わかりました」
ケンタは深く頷いた。
「俺も、そういう職人になります」
「期待してるぞ」
その夜、メディアが約束の装備を受け取りに来た。
「これが、私の分ね」
「ああ。お前専用に調整してある」
「ありがとう」
メディアは装備を着けてみた。
「ぴったりね。これで毒の魔獣も怖くないわ」
「気をつけて使ってくれ」
「わかってるわよ」
メディアは笑った。
「じゃあ、また何か狩ってきてあげる」
「頼む」
メディアが去った後、コウジは一人工房に残った。
「また一つ、誰かを守れた」
窓の外を見る。
夜空には、星が輝いていた。
「これからも、作り続けよう」
コウジは静かに呟いた。




