第9話「ギルドの陰謀」
ギルドの訪問から一週間後、コウジは素材屋を訪れた。
「すみません、森狼の革を十枚ください」
「ああ、コウジさん。それがね……」
素材屋の主人――太ったドワーフのドルガ――は困った顔をした。
「森狼の革、値上がりしたんだ」
「値上がり?」
「ああ。今までは銀貨二枚だったけど、今は銀貨五枚だ」
「二倍以上!?」
コウジは驚いた。
「なんでそんなに……」
「わからん。だが、仕入れ元がそう言ってるんだ」
「他の素材は?」
「全部値上がりしてる。岩亀の甲羅は金貨三枚、雷鳥の羽は金貨二枚……」
「そんな……」
コウジは頭を抱えた。
素材費が倍になれば、装備の価格も上げざるを得ない。
だが、価格を上げれば依頼が減る。
「これは……」
コウジは何かを感じた。
「ドルガさん、これって……ギルドの仕業じゃ?」
「……」
ドルガは黙った。
「やっぱり……」
「すまん、コウジ。俺もギルドには逆らえないんだ」
「わかってます。ドルガさんのせいじゃない」
コウジは溜息をついた。
「他に素材を手に入れる方法は……」
「冒険者から直接買うしかないな」
「そうですね……」
コウジは工房に戻った。
素材の高騰は、始まりに過ぎなかった。
翌日、工房に道具屋が訪れた。
「コウジさん、すまない」
「どうしました?」
「お前への道具の販売、できなくなった」
「え……?」
「ギルドからの圧力だ。お前に道具を売るなって」
「そんな……」
コウジは愕然とした。
道具がなければ、仕事はできない。
「ごめん、本当にごめん……」
道具屋は申し訳なさそうに去っていった。
さらに翌日――
「コウジさん、申し訳ございません」
炉の燃料を売っている商人が謝罪に来た。
「燃料の販売も、できなくなりました」
「……ギルドですか」
「はい……すみません……」
次々と、取引先が離れていく。
素材、道具、燃料――
全てが、ギルドの圧力で手に入らなくなっていった。
「くそ……」
コウジは壁を叩いた。
「こんなやり方……卑怯だ……」
その時、シルフィが声をかけた。
「師匠……大丈夫ですか……?」
「ああ、大丈夫だ」
だが、その顔は暗かった。
「でも、このままじゃ……」
「わかってる」
コウジは考えた。
素材も道具も燃料も手に入らない。
このままでは、工房は立ち行かなくなる。
「どうすれば……」
その夜、メディアが工房を訪れた。
「コウジ、大変なことになってるらしいわね」
「ああ……ギルドが本気で潰しにかかってる」
「素材が買えないんでしょ?」
「ああ。道具も燃料も」
「……」
メディアは考え込んだ。
「なら、私たちが素材を集めるわ」
「え?」
「冒険者は魔獣を狩る。その素材を、直接あんたに売る」
「でも、それは……」
「ギルドに売るより、あんたに売った方がいい値段をつけてくれるでしょ?」
メディアは笑った。
「それに、あんたの装備は信頼できる。私たちにとっても、あんたは必要なの」
「メディア……」
「それに、道具も何とかなるわ」
「どういうこと?」
「人間の街には、ドワーフギルドの影響が及ばない道具屋がある。そこから買えばいい」
「でも、遠いだろ……」
「輸送は私たちがやる。心配しないで」
メディアは力強く言った。
「あんたは、装備を作ることだけ考えなさい」
「……ありがとう」
コウジは頭を下げた。
「本当に、ありがとう」
「礼なんていらないわ。さあ、元気出しなさい」
メディアが去った後、コウジは弟子たちを集めた。
「みんな、聞いてくれ」
「はい」
「ギルドの妨害は続く。でも、俺たちには味方がいる」
コウジは力強く言った。
「冒険者たちが、素材を集めてくれる。道具も手配してくれる」
「本当ですか!?」
「ああ。だから、俺たちはやるべきことをやる」
「はい!」
全員が頷いた。
「よし、じゃあ明日も頑張ろう」
「はい!」
だが、ギルドの妨害は、まだ終わっていなかった。
それから一週間、工房は何とか稼働を続けていた。
冒険者たちが素材を運んでくれて、人間の街から道具を仕入れた。
「何とかなってるな」
コウジは少し安心していた。
だが、その夜――
「火事だ!!」
叫び声で、コウジは目を覚ました。
「何!?」
窓の外を見ると、近くの建物から火が上がっている。
「まずい……!」
コウジは飛び起きて、工房に駆け込んだ。
「素材を守らないと……!」
だが、その時――
「危ない、コウジ!」
誰かがコウジを突き飛ばした。
次の瞬間、コウジがいた場所に燃える木材が落ちてきた。
「っ!?」
「大丈夫か!?」
振り向くと、ボルドだった。
「ボルド……ありがとう……」
「礼はいいです。早く素材を運び出しましょう!」
「ああ!」
二人は素材を運び始めた。
他の弟子たちも駆けつけて、手伝ってくれた。
「これも!」
「道具も忘れずに!」
「急いで!」
全員で、必死に素材と道具を運び出す。
三十分後――
ようやく火は消し止められた。
だが、工房の一部は焼けていた。
「くそ……」
コウジは呆然としていた。
「これも……ギルドの仕業か……」
「師匠……」
弟子たちが心配そうに集まってきた。
「大丈夫だ。怪我人はいないな?」
「はい、みんな無事です」
「ならいい」
コウジは安堵した。
「素材は?」
「半分くらいは運び出せました」
「道具は?」
「ほとんど無事です」
「よかった……」
だが、工房の修理には金がかかる。
「これは……厳しいな……」
コウジは頭を抱えた。




