疲労の蓄積
「みんな、集まってくれ」
コウジは三人の弟子を呼んだ。
「新しい依頼だ。リザードマン用の水中装備を作る」
「水中装備……!」
ギギが目を輝かせた。
「でも、難しいぞ。素材は氷蛇の鱗と革。どちらも扱いにくい」
「頑張ります!」
「任せてください!」
「やります!」
三人は前向きだった。
「よし、じゃあ役割分担だ」
コウジは設計図を見せた。
「ボルド、お前は鱗の加工を頼む」
「了解です」
「シルフィ、お前は革の縫製だ。ただし、冷たいから防寒対策を忘れるな」
「はい」
「ギギ、お前は留め具と調整パーツ。水中でも外れないように、しっかり作ってくれ」
「わかりました!」
「俺は全体の統括と、最終調整をする」
コウジは続けた。
「これと並行して、ケンタウロスの装備も作る」
「え……」
三人の表情が曇った。
「両方……ですか?」
「ああ。期限があるからな」
「でも、師匠……」
シルフィが心配そうに言った。
「それは無理じゃ……」
「大丈夫だ。効率よくやれば、何とかなる」
コウジは自信ありげに言った。
だが、実際には不安だった。
「まあ、やってみないとわからないな」
こうして、二つの大きな依頼を同時進行する日々が始まった。
一週間後、工房の雰囲気は明らかに変わっていた。
「はあ、はあ……」
シルフィは疲れた顔で革を縫っていた。
「くそ、また切れた……」
ボルドは鋸の刃を交換しながら、苛立っていた。
「師匠、これで合ってますか……?」
ギギは不安そうに、何度も確認に来る。
「ああ、大丈夫だ」
コウジも疲れていた。
朝から晩まで、二つの依頼を同時に進める。
設計、指示、確認、調整――
休む暇もない。
「もう少しだ……もう少しで……」
だが、体は正直だった。
「師匠……」
シルフィが青い顔で立ち上がった。
「ちょっと……休ませてください……」
「ああ、休め」
「すみません……」
シルフィは作業台に突っ伏した。
「旦那、俺も……限界です……」
ボルドも疲れ切っていた。
「わかった。今日はここまでにしよう」
「すみません……」
「僕も……すみません……」
ギギも申し訳なさそうに言った。
「いや、お前たちのせいじゃない」
コウジは自分を責めた。
「俺が、無理させすぎたんだ」
三人は何も言わずに、工房を出ていった。
コウジは一人、残された。
「……」
作業台には、未完成の装備が積まれている。
ケンタウロスの重装備、リザードマンの水中装備。
「このペースじゃ、間に合わない……」
コウジは頭を抱えた。
「どうすれば……」
翌朝、コウジが工房を開けると、意外な人物が待っていた。
「よう、コウジ」
メディアだった。
「メディア……どうした?」
「噂を聞いたわ。お前、無茶してるらしいじゃない」
「……」
コウジは答えられなかった。
「お前の弟子たち、昨日ギルドで見たわよ。みんな疲れ切ってた」
「……すまない」
「謝るくらいなら、最初から無茶するな」
メディアは呆れたように言った。
「で、何人分の依頼を同時に受けてるの?」
「ケンタウロスが三十人分、リザードマンが一人分……」
「バカじゃないの」
「……自覚はある」
「はあ……」
メディアは溜息をついた。
「いい? 私が助けてあげる」
「え?」
「冒険者仲間に声をかけるわ。素材集めとか、簡単な下準備とか、手伝わせる」
「でも……」
「対価は装備でいいわ。お前の作る装備なら、みんな欲しがってる」
メディアは笑った。
「お前は、お前にしかできないことをやりなさい。他は、人に任せる」
「メディア……」
「礼はいいわ。あんたには世話になってるし」
メディアは工房を出ていった。
コウジは一人、呆然としていた。
「……ありがとう」
その日の午後、本当に五人の冒険者が工房を訪れた。
「メディアから聞いた。手伝うぞ」
「俺たちにできることがあれば、何でも言ってくれ」
コウジは涙が出そうになった。
「ありがとうございます……本当に……」
「気にすんな。お前の装備には世話になってる」
冒険者たちは、素材の運搬、革の洗浄、道具の手入れなど、職人でなくてもできる作業を手伝ってくれた。
そのおかげで、コウジと弟子たちは本来の作業に集中できるようになった。
「助かるな……」
コウジは実感した。
一人では限界がある。
でも、助けてくれる人がいる。
「これが……仲間ってことか」
コウジは感謝の気持ちでいっぱいだった。
それから二週間、工房は総力戦だった。
コウジと弟子たち、そして手伝ってくれる冒険者たち。
みんなで力を合わせて、装備を作り続けた。
「よし、鱗のプレート、できました!」
「革の縫製も完了です!」
「留め具、全部揃いました!」
「よし、組み立てだ!」
全てのパーツを組み合わせていく。
氷蛇の鱗で作られた胸当て、腹当て。
氷蛇の革で作られた腕当て、脚当て。
全てが、リザードマンの体型に合わせて設計されている。
「……できた」
青白く輝く、美しい装備。
『氷蛇の鱗・リザードマン用水中装備(品質:優)』 『効果: 防水性+15、水中行動+10、氷耐性+8、防御力+12』
「品質『優』……やった……」
コウジは満足そうに笑った。
「みんな、ありがとう」
「師匠こそ、お疲れ様です」
「やり遂げましたね」
「頑張りました!」
四人は笑顔で手を取り合った。
翌日、ザードが工房を訪れた。
「できたか?」
「はい、できました」
コウジは完成した装備を見せた。
ザードは、しばらく黙って装備を見つめていた。
「……美しいな」
「試着してみてください」
ザードは装備を身につけた。
「おお……ぴったりだ」
「川で試してみますか?」
「ああ、行こう」
コウジとザードは川辺に向かった。
ザードが川に飛び込む。
そして――
「すごい……!」
水中でのザードの動きは、以前より遥かにスムーズだった。
装備が水を弾き、動きを妨げない。
十分後、ザードが水から上がってきた。
「完璧だ……こんな装備、初めてだ……」
「気に入っていただけましたか?」
「ああ。金貨三枚で足りるか?」
「十分です」
「いや、安すぎる。金貨五枚払わせてくれ」
「そんなに……」
「これは、それだけの価値がある」
ザードは金貨五枚を渡した。
「ありがとう、コウジ。お前は本物の職人だ」
「ありがとうございます」
ザードが去った後、コウジは一人川辺に残った。
「やった……また成功した……」
だが、同時に思った。
「でも、もう限界だな……」
このペースでは、いつか倒れる。
「工房を拡大するか……それとも……」
コウジは悩んでいた。
その夜、コウジは弟子たち三人を集めた。
「みんな、話がある」
「はい」
「このままでは、俺たちは潰れる」
「……」
三人は黙って聞いていた。
「依頼は増え続けている。でも、俺たちは四人だけだ」
コウジは続けた。
「だから、決めた。工房を拡大する」
「拡大……ですか?」
「ああ。もっと大きな工房を借りて、もっと多くの弟子を取る」
「でも、お金は……」
「何とかなる。今日もらった金貨五枚、それにケンタウロスからの前金。合わせれば、十分だ」
コウジは決意に満ちた目で言った。
「俺たちは、もっと大きくなる。そして、もっと多くの人を助ける」
「師匠……」
「ついてきてくれるか?」
「当たり前です!」
「もちろんです!」
「一緒に頑張ります!」
三人は力強く頷いた。
「よし、じゃあ明日から、新しい工房を探そう」
「はい!」
万族工房は、新しい段階へと進もうとしていた。
だが、その決断が、やがて大きな波紋を呼ぶことになる。
職人ギルドの目は、確実に万族工房に向けられていた。




