第7話「水辺の戦士」
ケンタウロス用重装備の五人目が完成した日の午後、工房に見慣れない客が訪れた。
「失礼する」
低く、ゆっくりとした声。
扉を開けると、そこには緑色の鱗に覆われた人型の生物が立っていた。
リザードマンだ。
身長は二メートル近くあり、筋肉質な体格。尾が長く伸びていて、鋭い爪を持つ手が印象的だった。縦に細い瞳が、コウジを値踏みするように見つめている。
「いらっしゃいませ」
「お前が、コウジか?」
「はい、そうですが」
「俺はザード。リザードマンの戦士だ」
ザードは工房の中を見回した。
「噂は聞いた。異種族の装備を作る職人だと」
「ええ、そうです」
「なら、俺にも装備を作ってくれ」
「どんな装備が必要ですか?」
「水中でも使える防具だ」
「水中……?」
コウジは興味を持った。
「俺たちリザードマンは、水辺に住んでいる。水中での戦闘も多い」
ザードは自分の体を示した。
「だが、普通の革鎧は水を吸って重くなる。金属鎧は錆びる。どちらも、水中では使い物にならない」
「なるほど……」
「それに、鱗があるから、人間用の鎧は体に合わない」
ザードは続けた。
「水を弾き、軽くて、鱗に沿った形の防具。そんなものを作れるか?」
「……」
コウジは少し考えた。
水を弾く素材。軽量。鱗に沿った形。
難題だが、興味深い。
「やってみます」
「本当か?」
「ええ。ただし、時間がかかります」
「構わん。待つ」
「それと、素材は?」
「自分で用意するのか?」
「できれば、そうしていただきたいです。水棲魔獣の素材があれば理想的ですが」
「水棲魔獣か……」
ザードは考え込んだ。
「氷蛇なら、先日狩った。あれでいいか?」
「氷蛇!」
コウジは驚いた。
氷蛇――氷の魔法を使う水棲魔獣。その鱗は水を弾く特性があると聞く。
「それは完璧です」
「では、明日持ってくる」
「お願いします」
ザードは頷いて、工房を出ていった。
コウジは一人、考え込んだ。
「水中用の装備か……新しい挑戦だな」
翌日、ザードが大きな袋を持ってきた。
「氷蛇の鱗と革だ」
袋を開けると、青白く輝く鱗が入っていた。
「おお……」
コウジは鱗を一枚手に取った。
ひんやりと冷たい。触れると、手のひらから水滴が弾かれる。
『素材解析』
【氷蛇の鱗】
品質: 上
特性: 水弾き、軽量、氷属性付与
付与可能効果: 防水性(大)、水中行動向上(中)、氷耐性(中)
備考: 水を完全に弾く特性を持つ。加工は難しいが、水中装備に最適
警告: 鱗は非常に硬く、通常の道具では切断困難
「これは……また硬い素材か」
コウジは溜息をついた。
岩亀の甲羅に続いて、今度は氷蛇の鱗。
「ボルド、来てくれ」
「はい、旦那」
ボルドが駆けてきた。
「この鱗、切れるか?」
「……」
ボルドは鱗を手に取り、確認した。
「硬いですね。でも、魔法鉱石の鋸なら切れると思います」
「じゃあ、頼む」
「了解です」
ボルドは鱗を持って、自分の作業場に向かった。
コウジは残りの素材を確認した。
「革もある。これも鞣さないとな」
「師匠、手伝います」
シルフィが声をかけた。
「ああ、頼む」
二人で氷蛇の革を洗い始めた。
だが――
「冷たい……!」
シルフィが手を引っ込めた。
「どうした?」
「革が……すごく冷たいです……」
コウジも触ってみた。
確かに、氷のように冷たい。
「これは……氷属性の魔力が残ってるのか」
『素材解析』
【氷蛇の革】
品質: 上
特性: 水弾き、冷気保持、軽量
付与可能効果: 防水性(中)、氷耐性(中)、体温調節(小)
備考: 魔力が残留しており、常に冷たい。鞣し作業時は防寒対策必須
「防寒対策が必要か……」
コウジは工房の奥から、厚手の手袋を取り出した。
「これを着けて作業しよう」
「はい」
二人は手袋を着けて、再び革を洗い始めた。
「それにしても、冷たいな……」
「我慢してください、師匠」
「ああ、わかってる」
だが、作業は予想以上に辛かった。
氷蛇の革は、触れているだけで指先が痺れてくる。
「これは……長時間は無理だな」
「交代でやりましょうか?」
「そうだな。三十分ごとに交代しよう」
「わかりました」
こうして、二人は交代しながら、少しずつ革を洗っていった。
鞣し作業に三日かかった後、コウジは設計図を描き始めた。
「リザードマン用の水中装備……」
まず、ザードの体型を思い出す。
人間に近いが、全身が鱗に覆われている。尾が長く、爪が鋭い。
「鱗に沿った形にしないと、動きを妨げる……」
コウジは何度もスケッチを描いた。
だが、問題があった。
「水中での動き、想像できないな……」
コウジは水中で戦ったことがない。どんな動きをするのか、どこを守るべきなのか、実感がない。
「これは……実際に見ないとダメか」
コウジは決心した。
「ザードに頼んで、水中での動きを見せてもらおう」
翌日、コウジはザードと共に川辺に来ていた。
「悪いな、わざわざ来てもらって」
「いえ、こちらこそお願いして」
「で、何を見たいんだ?」
「水中での戦闘の動きを見せてください」
「わかった」
ザードは川に飛び込んだ。
そして――
「おお……」
コウジは驚いた。
ザードの動きは、陸上とは全く違った。
尾を使って推進し、四肢を器用に動かして方向転換する。時には逆さまになり、時には急旋回する。
「あんな動き方をするのか……」
コウジは必死にスケッチを描いた。
十分後、ザードが水から上がってきた。
「どうだ? 参考になったか?」
「ええ、大いに。ありがとうございます」
「それは良かった」
「もう一つ聞きたいんですが」
「何だ?」
「水中で、一番攻撃を受けやすい部位はどこですか?」
「……」
ザードは考えた。
「腹だな。水中では、どうしても腹が無防備になる」
「なるほど」
「それと、首周り。呼吸のために、顔を水面に出すことがある。その時に狙われやすい」
「わかりました」
コウジは全てメモした。
「ありがとうございます。これで設計できます」
「期待してるぞ」
コウジは工房に戻り、新しい設計図を描き始めた。
今度は、水中での動きを考慮した設計。
腹部は重点的に防御。首周りも保護。だが、尾の動きは妨げない。
「よし、これでいけるか」
設計図が完成した。




