第4話「蜘蛛糸の才能」
コウジは二日間、ベッドから出られなかった。
「うう……体が痛い……」
全身の筋肉が悲鳴を上げている。特に、首と肩、そして手首が酷い。
「やりすぎたな……」
前世でも、徹夜で作業をすることはあった。だが、この体はまだ新しい。無理をすれば、すぐに限界が来る。
「五十過ぎの体なんだから、無茶はダメだな……」
二日目の夕方、ようやく体が動くようになった。
「よし、工房に戻るか」
ゆっくりと体を起こし、工房へ向かう。
扉を開けると――
「うわ」
工房の前に、人だかりができていた。
いや、人だけではない。様々な種族が集まっている。
「あ、コウジさんだ!」
「おい、開いてるのか!?」
「装備作ってくれるんだろ!?」
一斉に声をかけられて、コウジは困惑した。
「え、えっと……どうしたんですか?」
「どうしたもこうしたもねえよ!」
ケンタウロスの大男が前に出た。
「あんた、異種族用の装備を作ってくれるんだろ?俺にも作ってくれ!」
「私もです!」
リザードマンの女性も手を上げた。
「僕も!」
小柄なゴブリンも飛び跳ねている。
「ちょ、ちょっと待ってください!」
コウジは慌てた。
「一人ずつ、順番に……」
だが、声はかき消された。
「俺が先だ!」
「いや、私が先に来た!」
「順番なんて関係ない!」
騒ぎは大きくなる一方だった。
「みんな、静かに!」
その時、凛とした声が響いた。
メディアだった。
「コウジは一人で工房やってるの。一度に全員の依頼は受けられないわ」
「でも……」
「順番待ちになるけど、それでもいいなら名前を書いて。後で連絡するから」
メディアの言葉に、冒険者たちは渋々納得した。
「わかった……」
「じゃあ、俺から……」
メディアは紙とペンを用意して、依頼希望者の名前を書き留めていった。
コウジは、ただ呆然と見ているだけだった。
「……なんだ、これ」
想像以上の反響だった。
依頼希望者のリストを見て、コウジは頭を抱えた。
「二十人……!?」
ケンタウロス五人、リザードマン三人、ゴブリン四人、ハーピー二人、アラクネ三人、その他異種族三人。
「一人あたり二週間かかるとして……四十週……」
つまり、十ヶ月だ。
「無理だ……」
コウジは溜息をついた。
「一人じゃ、絶対に無理だ」
メディアが心配そうに声をかけた。
「大丈夫?無理しなくていいのよ」
「いや、やりたいんだ。でも……物理的に無理だ」
コウジは正直に言った。
「一人では、限界がある」
「じゃあ、どうするの?」
「……弟子を取るしかないかな」
「弟子?」
「ああ。手伝ってくれる人がいれば、もっと多くの依頼を受けられる」
コウジは決意した。
「でも、誰が弟子になってくれるかな……」
その時、工房の扉がノックされた。
「失礼します……」
か細い声。
扉の向こうには、小柄な人影が立っていた。
いや、人ではない。
八本の脚を持つ、蜘蛛の下半身。上半身は少女の姿をしている――アラクネ族だ。
「え、えっと……あの……」
少女は恥ずかしそうに俯いていた。長い銀髪が顔を隠している。
「どうしました?」
「あの……わ、私……弟子にしてもらえませんか?」
「……は?」
コウジは驚いた。
まさに、今必要だと思っていたことを言われた。
「弟子に……?」
「は、はい……!」
少女は顔を真っ赤にしながら、必死に言葉を紡いだ。
「私、コウジさんの作る装備を見て……すごいって思って……それで、その……」
「名前は?」
「シ、シルフィです……」
「シルフィか。何歳?」
「じゅ、十六です……」
若い。そして、おそらく経験はほとんどないだろう。
だが――
「アラクネは、糸を扱えるんだよな?」
「は、はい!生まれつき糸を紡げます!」
シルフィは嬉しそうに言った。
「裁縫も、得意なんです!」
「見せてもらえるか?」
「は、はい!」
シルフィは腹部から、細く銀色に輝く糸を紡ぎ出した。
それは通常の糸よりも遥かに細く、しかし強靭に見えた。
「これで縫った方が、丈夫になると思うんです……」
「試してみていいか?」
「はい!」
コウジは革の切れ端を二枚用意した。
「これを、その糸で縫ってみてくれ」
「わかりました!」
シルフィは針にも糸を通さず、自分の糸を直接使って革を縫い始めた。
針の動きは遅いが、確実だ。そして――
「おお……」
コウジは驚いた。
アラクネの糸は、革に完璧に馴染んでいた。まるで元から一体だったかのように、自然に結合している。
「すごいな……」
コウジは完成した縫製部分を何度も確認した。
普通の糸より遥かに強度が高い。それに、縫い目がほとんど目立たない。
「シルフィ、お前……才能あるぞ」
「え……ほ、本当ですか……?」
シルフィは信じられないという顔をした。
「ああ。お前の糸は、革製品に最適だ」
コウジは決めた。
「よし、お前を弟子として受け入れよう」
「ほ、本当ですか!?」
「ああ。ただし、厳しいぞ。俺は妥協を許さない」
「は、はい!頑張ります!」
シルフィは深々と頭を下げた。
「じゃあ、今日から正式に弟子だ。よろしく頼む」
「よろしくお願いします!」
シルフィは涙目になりながら、何度も頭を下げた。




