第7話 従妹の励まし
夜の闇が深まり、茶屋街の電灯がポツリ、ポツリと明滅する頃。藤次郎は本多家の縁側に戻り、従妹・絢子が待つ庭先へと足を運んでいた。折り畳み傘を杖代わりに、ぎっくり腰の痛みをかばいながらも「シュタッ、シュタタッ」と音を立てて歩く。
「兄さん、おそいて!」
絢子はショートパーマの髪を揺らしながら縁側に飛び降り、手にしたスマホで風景を撮影していた。彼女の瞳は好奇心と心配で輝いている。
「ごめん、ごめん。正玄さんに教わったら…思いのほか時間がかかってな」
藤次郎は膝をつき、腰をさすりながら笑った。
「腰は大丈夫なん?」
絢子はすっと手を伸ばし、藤次郎の背中にそっと触れた。金沢弁は軽やかだが、声のトーンには姉のような優しさがあふれている。
「大丈夫、まあ…明日には歩ける…はず」
痛みをこらえつつ応じると、絢子は肩をすくめて苦笑した。
「相変わらず無茶するわ。ほして、ひとだまコインのテスト、うまくいったんやろ?」
絢子は尋ねる。藤次郎は満足そうに頷き、コートの内ポケットから金色に輝くコインを一枚取り出して見せた。
「うん。正玄さんにも褒められた。呼び出し方がまるで合気道みたいだって」
藤次郎が言うと、絢子は目を丸くした。
「合気道…? 兄さん、いつの間にそんな必殺技を覚えとったん?」
絢子はおどけて驚きの身振りをした。
「正玄さんが一瞬で気づいてな。ひとだまは『気』の粒なんや、って」
藤次郎は笑い、絢子もつられて笑う。
「さすが正玄さんやちゃ。ふたりとも頼りになるわ」
絢子は庭の梅の枝を一枝折り取り、藤次郎の手元にそっと差し出した。
「これは…?」
藤次郎が枝を見ると、絢子は頬を緩めて囁く。
「梅の枝が待っとるって、絹代おばあちゃんが言っとったやろ? 秘密の合図なんよ。これ持って夜散歩したら、『あたし』も喜ぶんやないか」
絢子は得意げにウインクする。
「そ、それは…」
藤次郎は梅の枝をそっと手に取り、懐かしい花の香りに包まれた。
──深呼吸と同時に、ひとだまが一つ、枝の先に飛び乗って淡い光を放った。
「絢子、これ…ひとだまだ」
藤次郎の声には驚きと喜びが混じる。
「そっちの反応もバッチリやね!」
絢子は満足げに頷き、「ほな、もうひと踏ん張りやで」と言ってぽんと背中を叩いた。
藤次郎は梅の枝を胸に抱え、立ち上がる。
「ありがとう、絢子。これでまた頑張れる」
その言葉に、絢子は小さく微笑んだ。
夜風に乗って再び風鈴が「チリリ…」と鳴る。たまが「ニャ…」と一声呼応し、縁側を跳ねて庭石へ飛び降りた。
──こうして藤次郎は、従妹の励ましを胸に、夜の金沢へ再び足を踏み出す準備を整えた。怪異との共生は、仲間の支えなしには果たせないと、改めて実感しながら。
次回予告
茶庭の長机で写経体験。『あたし』の秘話を写経しながら、参加者を怪異の世界へ引き込む──次回「第8話:条件付きの共生④ ― 本多家の茶庭で写経」をお楽しみに!