第6話 ひとだまコインを探して
早朝の本多家禅庭。石畳に「サラ…サラ…」と雨露をはらう音が静かに響く中、藤次郎はひとだまコイン20枚を持参すべく、住職・本多正玄を訪ねていた。白梅の枝が枝垂れる石灯籠の下、正玄は袈裟の端を軽く翻しながら、すでに薄く目を細めて待っている。
その前に、藤次郎は庭の縁側に腰掛けている絹代おばあちゃんに声をかけられた。
「おやまあ、あんた、顔色は戻ったけど……腰はもう大丈夫なんけ?」
「ああ……まあ、なんとか」藤次郎は苦笑し、背中を軽く押さえた。
思い返すのは三日前の夕方――。あたしとの夜のツアーに向け、道中で使う提灯を全部磨き直そうと張り切ったのが運の尽きだった。
格子戸の奥から、ほこりをかぶった提灯を十数個まとめて出し、灯芯や油皿を入れ替えようとしたときのこと。
「これくらい一度に持てるだろう」と、古道具屋で鍛えたつもりの腕力を過信し、腰を落とさず持ち上げた――その瞬間、「ビキッ」という音が頭の中に響いた。
膝が抜けるような感覚と同時に、腰に鋭い痛み。提灯はあわてて脇に抱えたが、思わず縁側にうずくまり、しばらく立てなかった。
結局、その夜のツアーは湿布とコルセットでごまかしながら歩く羽目になったのだ。
「そりゃあ、ぎっくり腰になるわいね」
絹代おばあちゃんは呆れ顔でため息をつく。
「よう頑張っとったじ。でも無理は禁物やよ。ひとだまも腰も、急かしたら逃げてくがいね」
藤次郎は、思わず笑いながらも、その言葉を胸にしまった。
「正玄さん、お願いしたいんですが……ひとだまコインの制作について、ご指南を」
藤次郎が深々と畳に座り、包みを差し出す。包みの中身は絹代おばあちゃんの持参した古木の粉と和紙だ。
正玄はゆっくりと立ち上がり、藤次郎の手元を一瞥した。
「ほれ、その間合い……ひとだまを呼ぶ手の動きは合気道と同じや。呼吸と間まが大事やちゃ」
そう言うや否や、正玄は指先ひとつで竹竿を揺らし、ゆらりと動く葉へ視線を合わせる。まるで気配だけで形を制するかのような、無駄のない所作だった。
藤次郎は驚き、筆とコインを手にする手を止めた。
「合気道……ですか?」
正玄はにこりと笑い、袈裟のひらめきを整える。
「相手は目に見えんものや。ひとだまも同じ、気の粒やちゃ。呼び出すときは、相手に“ここだよ”と優しく存在を示すこと。強引に引き寄せたら、ひとだまも驚いて逃げるがいね」
藤次郎は深呼吸し、包みを開いて粉を和紙にくるみ、軽く手のひらで円を描く。息を整え、もう一度筆を握り──墨を摺る音が「ズリ…ズリ…」と静謐を切り裂いた。
「ひとだま、来てくれ」
藤次郎が半眼になって呟くと、縁側に置いたコインが「ポワン」と金色の光を放ち、一体のひとだまが宙に現れる。
「いいぞ……その調子やて」
正玄は袈裟の端で屋根瓦をそっと撫で、まるで気を送り込むように手を翳した。ひとだまは一瞬揺らめき、「シュルリ……」と庭の数カ所を巡回して蘇生されたかのように輝いた。
「ありがとうございます! これで正式納品の第一歩です」
藤次郎は満面の笑みで礼を言い、ひとだまコインを懐に仕舞う。
その背後、絹代おばあちゃんが「ほれ、次は写経の準備ちゃ」と抹茶菓子と写経用具を差し入れ、藤次郎の肩をぽんと叩いて見守る。
――こうして、本格的なひとだまコイン制作テストは成功を収めた。
夜には再びあたしとのツアーが待っている。藤次郎はぎっくり腰の痛みを忘れ、心地よい緊張と期待に包まれて、静かに空を仰いだ。
次回予告
夜の禅庭にて、藤次郎とあたしが再会。写経を通じて“地元秘話”の重みを体感し、新たな裏メニューが幕を開ける!
次回「第7話:従妹の励まし」をお楽しみに!