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第44話 境界の陥落

 白光の世界は崩壊寸前だった。

 天井も床も、亀裂からこぼれる光の粒で霞んでいる。

 それらは雪のように降ってきて、肌に触れればじんわりと熱を持ち、消える時に微かな痛みを残す。

 まるで「戻れるうちに戻れ」と警告しているようだった。


 足元の灰色の波紋は、もう輪郭すら保っていない。

 水面を蹴散らした後のように、泡立ち、渦巻き、小さな裂け目を生んではすぐに閉じる。

 ――一歩間違えば飲み込まれる。落ちたら終わりだ。


「構えを崩すな。踏み抜け」

 九尾の声が、ひび割れた世界の空気を震わせる。尾がゆっくり揺れるたびに、視界の端で光の破片が跳ねる。


『あたし』の声は、短く、それでいて切実だった。

「戻ってこいよ」

 ……わかってる。帰るべき場所がなければ、この戦いに意味はない。


 反射者の視線は相変わらず無機質だ。

 その透明な瞳には、僕の動きの0.5秒先が常に映っている。

 ――この壁を越えなきゃ、僕は自分のまま終われない。


 呼吸をさらに乱す。鼓動を狂わせる。

 波紋が不規則に揺れ、その瞬間だけ反射者の動きにわずかな引っかかりが生じる。

 ――そこだ。このズレを広げるんだ。


 一歩踏み出し、拳を引く。

 反射者も同じ動き。だが次の瞬間、腰を落とし、低い姿勢から足払いを放つ。

 反射者の足首にかすかに触れられるが、倒れはしない。すぐに跳び退き、間合いを詰めてくる。


「その程度じゃ足りない」

 夢を渡る者の声は、冷ややかで、それが逆に僕を焦らせる。

「雑じゃなくて、読ませないだけだ」

 口では強がっても、額から流れる汗は止まらない。――本当に足りないのかもしれない。


 反射者が踏み込む。

 肘打ちが側頭部を狙う。

 とっさに腕で受け、そのまま膝を腹に入れる。

 手応えはある。だが反射者の表情は変わらない。

 ……感情がないって、こうも恐ろしいのか。


「もっと壊せ」

 九尾の低い唸り声が、背後から突き刺さる。

『あたし』が反論する。「もう十分壊してるでしょ!」

「足りない」九尾の尾が音もなく床を叩く。「まだお前は自分の範囲にいる」

 ――範囲? つまり、僕の“型”そのものを捨てろってことか。


 迷ってる時間はない。

 左に踏み出すと見せかけ、右に跳び、さらに後方へ転がる。

 反射者が追いつこうとした瞬間、逆に前へ飛び込み、懐へ滑り込む。

 ――至近距離なら、未来なんて読む暇はない。


 掌底を胸に押し付け、全体重を乗せて押し出す。


 触れた瞬間、反射者の輪郭が揺らぎ、光の粒が溢れ出す。

 耳を裂くような音と共に、白光の世界そのものが砕け始めた。

「……俺は、俺で終わる」

 心の奥で呟く。もう、誰かの影にはならない。


 反射者の膝が折れ、視線が僕から外れないまま、無音で崩れ落ちた。


 そして――沈黙。

 夢を渡る者が口角をわずかに上げる。

「選んだな」

 その声と同時に、背後の霧に溶けて消える。


 世界が急速に収縮し、白光も床も天井も、一点に吸い込まれていく。

 九尾が尾で僕を引き寄せる。

『あたし』の声が耳元で響く。

「おかえり」

 その響きが、崩壊の轟音を塗り替える。


 最後に見えたのは、波紋の中央で静止する黒い影――僕自身の影だった。


 視界が暗転。

 次に目を開けた時、そこは夜の石畳だった。

 足元には自分の影。呼吸は荒く、膝が笑っている。

 遠くで風鈴が揺れ、九尾が小さく「戻ったな」と言う。

『あたし』が笑う。「次は……もっと面倒だよ」

「知ってる」僕は短く答え、夜風を深く吸い込んだ。

 その空気の重みが、確かに“現実”のものだと伝えてきた。


次回予告 第45話「夜明け前の兆し」

決着はついた。けれど、すべてが終わったわけじゃない。

夜の奥に、まだ見ぬ何かが息を潜めている。

それを迎えるために、僕は歩き出す。

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