第43話 模倣と逸脱
白光の膜が軋む音は、耳ではなく骨に響いた。
この音、嫌だ。鼓膜じゃなく、内臓の奥で響いている。
一本の亀裂が床から天へと伸びていく。それはまるで、この世界を吊っている糸が切れ始めた合図みたいだ。
――切れたらどうなる? 答えは聞きたくない。
僕は膝をわずかに曲げ、腰を落とす。
反射者は、それを待たない。僕がその姿勢を取る0.5秒前――つまり僕が「そうしよう」と考えた瞬間には、もう動いている。
……気持ち悪い。まるで自分が自分じゃない。
足音はない。ただ、床の灰色の波紋が二重に広がっていく。僕の輪と、反射者の輪。
その交差点がじわじわ黒ずんでいる。嫌な予感しかしない。あれ、触れたら戻れないやつだろ。
「間をずらせ」
九尾が低く告げる。尾先がゆらりと揺れている。
あの視線……反射者じゃなく、僕の足元を見てる。つまり、何か手があるってことか。
『あたし』の声が飛び込んでくる。
「あんた、考えすぎたら動けない。今は頭より、足を信じなさい!」
言葉は強い。でも、震えてる。……不安は隠せてないぞ。
右足を半歩引き、右腕を振りかけて――止める。
反射者も、同じタイミングで動きを止めた。
糸で操られているみたいだ。いや、違う。これは僕の思考そのものが写し取られている感覚だ。
背筋が冷たくなる。
……つまり、この相手に「自分らしさ」を見せた時点で詰みってことか。
「お前は自分を逸脱できない」
夢を渡る者が笑う。その背後、白光が泡立ち、時おり黒い穴が覗く。
やめろ、そんなの見せるな。あれは見た瞬間に落ちるやつだ。
足元の波紋に意識を向ける。
……これ、鼓動と同期してるな。
試しに息を荒くすると、波紋が一瞬乱れた。その瞬間、反射者の動きがほんのわずか遅れる。
九尾が笑った。
「迷え。そして踏み外せ」
――言い方よ。こっちは真剣なんだけど。
『あたし』が叫ぶ。
「あんたらしい動きなんて捨てなさい!」
その声が白光を震わせ、破片が宙に漂う。
呼吸を乱し、左足を滑らせる。
反射者の視線が先取りした動きに沿って動くのが見える。
――さあ、釣られろ。
次の瞬間、足を止め、逆方向へ跳ねた。
0.5秒先の未来と現実が食い違う。反射者の腕が空を切り、波紋だけが残った。
「……!」
夢を渡る者の口元がわずかに動く。おや、余裕がなくなってきたな。
その隙に踏み込む。肩が触れる距離。呼吸が混ざる距離。
足元の波紋はもう形を保っていない。四方に飛び散る破片みたいに、不規則で、壊れている。
反射者はすぐ構え直し、また僕を追う。
世界がきしみ、白光の亀裂が蜘蛛の巣みたいに広がっていく。
破片が頬に触れ、熱い。まるで氷を溶かした水滴を押しつけられたみたいだ。
「次で終われ」
たまの低い声。背筋を伸ばし、視線は僕の背中。――プレッシャー、半端ないな。
拳を握る。九尾の尾が視界の端で揺れる。
あれは合図か、餞別か、それとも……。
――どっちにしろ、ここで決めなきゃ終わる。
次回予告 第44話「境界の陥落」
一手で全てを覆すなんて、物語の中だけの話だ。
それでも、その“一手”を放たなければ、物語そのものが終わる。
だから僕は――放つ。
次回予告 第44話「境界の陥落」
一手で全てを覆すなんて、物語の中だけの話だ。
それでも、その“一手”を放たなければ、物語そのものが終わる。
だから僕は――放つ。
次回予告 第44話「境界の陥落」
一手で全てを覆すなんて、物語の中だけの話だ。
それでも、その“一手”を放たなければ、物語そのものが終わる。
だから僕は――放つ。




