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第3話 夜の招待状③ ― 幻灯の小路

 提灯の明かりは、ひがし茶屋街の細い路地へと僕らを誘っていた。

 昼間の華やかな観光地とは違い、夜の路地は水墨画のように色を失っている。

 木格子の影が石畳に縞模様を落とし、提灯の揺れに合わせて歪んだ。


 『あたし』は振り返らず、足取り軽く進んでいく。

 「これから見せるのが、“裏メニュー”のひとつ。観光客は絶対に入れないわ」

 「観光課の僕でも?」

 「観光課だからこそ、見ちゃいけないものってあるのよ」


 冗談なのか本気なのか、判断できないまま僕はその背中を追った。


 たまが先回りして路地の角に立ち、じっとこちらを待っている。

 猫の耳がぴくりと動いた瞬間、路地奥の暗がりに、古い幻灯機のような光が走った。


 壁に映ったのは、浴衣姿の男女が笑い合う姿――だが、その服装も所作も、あたしが生きていた幕末そのものだ。

 帯の締め方、袖のたもとの揺れ方、草履の擦れる音。どれも現代では見られない。


 「……映像? いや、違う。影が立体的だ」

 僕が呟くと、『あたし』が口元を上げた。

 「幻灯の小路よ。この町の記憶が、夜にだけ再生される場所」

 そして少し視線を細める。

 「慶応の夏祭りね……着物の合わせも、歩き方も、そのまま」


 光の中で、男が女に扇子を渡す。女は受け取り、顔を隠すように笑った。

 その笑い声が、耳の奥をくすぐるほど生々しい。

 「これ……本当に昔の人たちなんですか?」

 「ええ。あたしが知ってる顔もある」

 その声に、かすかな棘が混じった。


 たまが幻灯の光に飛び込み、影を乱す。

 すると映像は一瞬ざらつき、別の場面に変わった。今度は、武家風の男が橋を渡っている。


 『あたし』の瞳が細くなる。

 「……そいつよ。あたしの仇」

 「仇……」

 言葉を返そうとした瞬間、男の影がこちらを振り返った。


 その瞳――赤く光っている。

 心臓が、ひとつ余計に打った気がした。


 次の瞬間、幻灯の光がすべて消え、路地は闇に沈んだ。

 提灯の灯りだけが、僕と『あたし』と、たまの輪郭をおぼろげに縁取っていた。


次回予告

仇敵の影が消えた闇の中で、藤次郎は条件付き共生の“代償”を問われる。

次回「第4話 夜の招待状④ ― 境界の見えない神社」で、境界の外と内が曖昧に揺らぎ始める。

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