第14話 青い祠と古き契り
路地は次第に細くなり、やがて人ひとりが通れるほどの狭さになった。
九つの尾の青い炎が前方を照らし、壁際の古い板塀や瓦屋根の輪郭を青白く浮かび上がらせる。
藤次郎は後ろを振り返った。
「……さっきの交差点の音がまったく聞こえない」
『あたし』は涼しい顔で歩き続ける。
「狐の尾に導かれると、現世の音は遠のくのよ。狐の世界に半分足を踏み入れたってこと」
たまが「ニャ」と鳴き、藤次郎の足首に尾を巻きつけた。
やがて路地が途切れ、ぽっかりと小さな広場が現れた。
中央には高さ一メートルほどの祠があり、その中から青い光が漏れている。祠の屋根は苔むし、木枠には古い注連縄がかけられていた。
九尾は祠の前で立ち止まり、炎の尾をゆっくりと収める。
「ここや」
藤次郎は息を呑む。
「……なんだ、この光」
『あたし』が低く答える。
「狐火と似てるけど、もっと古い灯り。契りの証」
九尾は静かに笑った。
「百五十年前、この町を水害から守るため、人間と我らは契りを結んだ」
藤次郎が眉を上げる。
「人間と……妖怪が、契り?」
「そうや。あの年、浅野川は三度氾濫した。町も茶屋も水に沈み、田畑も流された。人間たちは神社で雨乞いと止雨を同時に祈るほど混乱しておった」
九尾の目が細くなる。
「その時、我らは姿を現し、川の怒りを鎮める代わりに約束を求めた」
『あたし』が腕を組む。
「祠を棲処とし、灯りを絶やさない……それが約束だったのね」
九尾は頷く。
「そう。灯りは我らの力の一部であり、同時に契りの印。絶やせば、川は再び荒ぶり、我らもこの地を去る」
藤次郎は少し間を置いて問い返す。
「それは、町の人たちはずっと守ってきたのか」
九尾はわずかに口元を歪めた。
「守ったのは最初の五十年ほどだ。人間はすぐに忘れる。代が替われば“古い迷信”と笑い、灯りを消す夜も増えた」
たまが「ニャ」と短く鳴き、祠の周りをくるりと回る。
九尾はそれを目で追いながら、低く言葉を継いだ。
「それでも、完全に消えたことはない。猫や鳥、時に風までもが灯りを守った。契りは、人だけのものではないのだ」
『あたし』は唇の端を上げる。
「百五十年も続いた約束なら、今さら切るのは惜しいわね」
「惜しい、か……面白い言い方をする」
九尾は炎の尾をゆらりと揺らす。
「ならば、この契りを再び形あるものにするのも面白かろう。人と怪異が共に守る灯り──そういうものは、今の世では珍しい」
藤次郎はまっすぐ九尾を見つめる。
「もし守ったら、見返りはあるのか」
九尾は目を細め、炎の中で笑った。
「三日間、この祠の灯りを絶やさず守れたなら、そなたらに裏の道を一つ教えよう」
『あたし』は口元をゆるめる。
「たぶん、怪異たちが通る道。観光課の裏メニューにはぴったりね」
たまが「ニャ」と短く鳴き、祠の周囲をくるりと回った。九尾はそれを見て、わずかに目を細める。
「猫は契りを見抜く。……悪くない兆しや」
青い光は、三人と一匹を静かに包み込んだ。
そして九尾は炎の尾を揺らし、再び路地の奥へ消えていった。
次回予告
九尾から託された「三日間の灯守り」。
それは静かな試練か、怪異を呼び寄せる罠か。
藤次郎と『あたし』、そしてたまの夜は、さらに深みへと進んでいく。
第15話 灯守り初日 ― 風鈴と足音
お楽しみに。




