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第12話 夜の繁華街と青い影

 香林坊の交差点は、夜でも昼のように明るい。

 百貨店のショーウィンドウは夏の新作を並べ、行き交う人の足音と車の走行音が途切れることはない。


 そんな喧騒の中に、藤次郎と『あたし』とたまは立っていた。

 「で、なんでまた香林坊なんや?」

 藤次郎が半ば呆れたように問いかける。


 『あたし』は腰に手を当て、わざとらしく首を傾げる。

 「ここ、“狐火”が出るんだって。昼間は信じられないくらい人が多いのに、夜中の二時を過ぎると一角がすっと静まる。そこに、青い灯りが揺れるのよ」


 「青い灯り? 街灯じゃなくて?」

 「違うの。もっとこう…油が揺れるような光。近づくと、必ず誰かに呼ばれるの」

 『あたし』は唇をすぼめるようにして、囁く。


 たまが「ニャ」と短く鳴き、尻尾をふわりと立てた。

 「ほら、もう感じてる」

 『あたし』が顎で示す先──交差点から一本外れた路地が、不自然に暗かった。


 藤次郎は腕時計代わりにスマホをちらりと見て、深夜0時を回っているのを確認する。

 「……さすがにまだ二時じゃないけど」

 「狐は気まぐれだから、時間なんて守らないわ」


 そう言って歩き出そうとした『あたし』は、ふっと視線を横に逸らした。

 「……香林坊、ね。あたしが生きてた頃は、このあたりはまだ広場みたいな場所で、加賀藩の下級武士や町人、それに遊女たちが入り混じってたわ。昼は市みたいに賑やかで、夜は芝居小屋や茶屋の灯りが遠くからでも見えたの」


 藤次郎は歩きながら横目で見た。

 「芝居小屋?」

 「ええ。あたしは舞の稽古帰りに、よくここで知り合いの役者と立ち話をしてたの。狐火なんて出なかったけど、灯りの揺れ方が似てるのよ。……懐かしいわね」


 その声は、普段のおっとりとした調子のままなのに、どこか遠くを見るようだった。

 藤次郎は何も言わずにうなずき、たまが三人の間を縫うように歩く。


 『あたし』は微笑みを取り戻し、ひとだまを一つ浮かべ、路地の奥を照らした。

 そこはアスファルトではなく、古い石畳が続いていた。左右には古びた土塀や板塀が並び、今いる繁華街の一角とは思えないほどの静けさだ。

 そして──その奥に、淡く揺れる青い光があった。


 「……あれか?」

 藤次郎が声を潜める。

 「そう。狐火」

 『あたし』の声も自然と低くなる。


 たまが先に進み、足元の石畳を「コツ、コツ」と軽く叩くように歩く。藤次郎と『あたし』もその後に続く。

 近づくにつれ、青い光は二つに分かれたり、一つに重なったり、不規則に揺れた。まるでこちらを試すように。


 「これ……狐火っていうより、誰かが灯してるみたいだな」

 「狐火はそう見えるのよ。人を安心させて、足を止めさせる」

 『あたし』がそう言い終えた瞬間、路地の奥から声がした。


 ──「こっち、来らっしゃい」


 それは金沢弁の、年配の女性の声。けれど、不思議と懐かしさと警戒心が同時に胸に広がる響きだった。


 藤次郎は立ち止まり、『あたし』を見る。

 「どうする?」

 「決まってるじゃない」

 『あたし』は微笑み、先に歩き出した。たまも迷わず続く。


 路地の奥、青い光は人影の輪郭をかすかに浮かび上がらせた──その背後に、九つに分かれた尾が揺れているように見えた。


次回予告

青い光の奥に見えた九つの尾──それは狐か、幻か。

金沢の繁華街・香林坊の夜に潜む、もうひとつの顔が姿を現す。

『あたし』の過去と、狐火の真意が交差するとき、藤次郎はその誘いに乗るべきか、それとも……?

第13話 香林坊の狐火② ― 九つの尾と囁き

お楽しみに。

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