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第51話 珠凛と陽葵の忘れ物⑩


 でも、今はまず。

 目の前で泣き崩れそうな、この子をどうにかしないといけない。


 「そんなことない。そんな風に思ってない」


 すると、陽葵は語気を強めた。

 陽葵のイラついた声を聞いたのは初めてだった。


 「嘘つかないで!! わたしの写真みて、気持ち悪いって思ったに決まってるっ!!」


 いや、当時はヘビロテでオカズにしてたくらいだし、決してそんなことはないのだが。


 「ホントだよ。おれ、あの写真みたとき、陽葵としたいと思ったし」


 陽葵はやはり、写真のことも思い出している?


 「蒼空クンも、わたしをモノとして見るんだ……?」


 言ってることが支離滅裂だ。

 陽葵らしくない。


 「いや、それだけじゃなくて、可愛いと思った。それに今だって、ホントは陽葵としたいし。押し倒して、俺のものにしたいし」


 「……それが本当なら証明して……。陽葵を蒼空のものにして……。わたしをリセットしてよ……」


 陽葵が自分のことを名前で呼ぶのは、子供の時以来だった。


 陽葵は俺に身体を押し付けるようにした。

 俺がビックリして半歩引くと、陽葵は更に押し倒すように体重をかけてきて、俺は床に尻餅をついた。


 そして、陽葵は有無を言わさずにキスをしてきた。今度は積極的に舌を入れて。2人の舌が絡むたびに、脳が痺れるような強烈な快感が押し寄せてくる。


 (随分とうまいんだな)


 陽葵はハァハァいいながら、腰をくねらせ、太ももの付け根を、俺に押し付けてきた。


 陽葵の太ももを伝う粘液は、どんどん量が増えているらしく、それを吸って湿り気を帯びたズボンが、俺の膝上の辺りにペタペタと貼り付いた。


 陽葵のその姿は……。

 

 なんだか哀れで、可哀想で。

 でも、妖艶で魅力的で。


 そして、救いを求めていた。


 俺の股間は、その儚げな姿に魅入られたらしく、激しく反応していた。


 あとは、陽葵が本能の赴くままに、俺のズボンとパンツを脱がせ、そして馬乗りになれば、きっと陽葵は解放される。


 陽葵は俺のことを好きなのだ。で、あれば、俺にさえ受け入れられれば、他はどうでも良いはずだ。だから、俺が陽葵とセックスすれば、呆れてしまうようなインスタントな手段だが……、確実に陽葵を救える。


 だから。


 (ここは、このまま陽葵とセックスするのが正解だ)


 陽葵が俺のシャツのボタンに手をかけた。今日の俺は麻のような厚手で大きなポケットがついたシャツを着ている。


 (脱がせにくいかな? このシャツは失敗だったな)


 しかし、俺の予想に反し、陽葵は手慣れた手つきで、滑らかにボタンを外していく。


 (すごく慣れている……)

 俺は少し寂しい気持ちになった。


 そんな俺の心中を察したのか、陽葵は一瞬、口元を歪めた。そして、「はぁ」と小さく息を吐くと、俺の首筋のあたりをペロペロと舐め始めた。

 

 陽葵が俺の汗を舐めとった跡には、冷んやりとた名残があった。陽葵の舌は、そのままツツッと下がってきて、今は、俺の乳首のあたりを行ったり来たりしている。


 正直、俺の身体は、もうこれだけで果ててしまいそうなほどに興奮していた。


 きっと、陽葵は。

 このままズボンを脱がせてくれて、俺のモノを口に含むのだろう。


 (陽葵は口技がうまそうだ。きっと珠凛よりも……、いや、アイツは、途中で明日のご飯のこととか話したりするから、ダメか(笑))


 すると、陽葵が舌を止めた。


 「蒼空クン。他の事を考えてる……。それに、なんか胸ポケットからカサカサって紙みたいな音が聞こえるのだけれど……」


 紙?

 

 『だんなさまへ』 

 そのフレーズが脳裏に浮かんだ。


 えっ。もしかして、珠凛の手紙?

 なんで?


 陽葵がポケットを開けた。


 「これ……」


 陽葵の手にあるのは、病院の売店でもらったレシートだった。


 (違ったか。そんなに都合よく入ってる訳がないよな。んっ……『都合よく』? 俺にとって、このタイミングで珠凛の手紙が出てくることは、都合の良いことなのか?)


 珠凛とのエッチは楽しい。


 途中で話ばかりしていて、何度も中断して、本当は上手いのに恥ずかしがって全然実力を発揮してくれない珠凛。そんな彼女とのスキンシップは、好ましいのだ。


 このまま陽葵としても、きっと、珠凛に振られることはない。でも、きっと沢山泣かせてしまうし、楽しくなくなるのだろう。


 珠凛も陽葵も、どちらも好きだけど、俺の気持ちは……。



 そもそも、俺は。

 何のために、あの苦しい修行をしたんだ?


 復讐のため?

 それだけのために、あれに耐えたのか?


 違う。

 陽葵を救いたかった。


 颯を痛めつければ、きっと意識のない陽葵が、救われると思った。


 自分のためだけじゃない。

 だから頑張れた。


 ここで陽葵とセックスするだけなら、あんな辛い思いをする必要はなかった。



 だから。


 


 「ねっ、蒼空クン……」


 陽葵は、俺のウエストの隙間から、手をスルッと入れてきた。


 陽葵はトロンとした目で、耳元で囁く。


 「蒼空クンのココ……ピンピ」


 (ごめん。陽葵)

 陽葵は、戸惑った様子で言葉を続けた。


 「ん。元気ない……。わたしじゃ元気になってくれないみたい」


 

 …………。

 ……。


 咲姉との訓練。


 「ほんと哀れなブタね。どうしてそんなこともできないのよ」


 「いや、勃起のコントロールとか、普通できないでしょ」


 「リベンジャーなら最低限のスキルでしょ? ハニートラップの逆バージョンね。女子を屈服させるには、その粗末なソレを使うのが効率がいいのよ」


 「いや、それ。女の咲姉がいうか?」


 「四の五(しのご)の言わないっ。ほら。パンツを下ろして、そこに座りなさい。まず、これを見なさい。ブタのくせに欲情したら、股間に蹴りを入れるから覚悟してね♡」


 まあ、馬鹿らしい訓練だったが、こんなところで役に立つとは。


 俺は呼吸を整えて、自分の性的な興奮をコントロールした。


 …………。

 ……。

 


 俺は陽葵の両肩を持って、身体を離した。


 どういえば、陽葵を傷つけないのか分からない。いや、どうやっても傷つけるか。


 それなら、本音で話そう。


 「陽葵。おれね、陽葵のこと好きだよ。元気になって欲しいって思ってる」


 「そ、それだったら……」


 「でも、それって違うと思うんだよ。ごめんね。俺は、珠凛のことの方が好きみたいだ。でも、俺は我儘だから、できれば、陽葵にも幼馴染としてそばにいて欲しい」


 「酷いひと……」


 「あぁ。俺は酷いヤツなんだよ。だから、俺の大切な幼馴染を傷つけるヤツを許さない」


 「えっ?」


 「俺が、颯から陽葵を守る。陽葵を傷つける全部のものから守る。命にかえても守るから」


 「そっか……」


 しばらく沈黙が訪れて、陽葵が微笑んだ。


 「蒼空クン。君は欲張りで酷い人だよ」


 「ごめん」


 「そうだよ。そんなこと言われたら、もっと好きになっちゃうよ。でもね、……ありがとう」


 陽葵は言葉を続けた。


 「あのね、でも。たまにはギュッとしてもらってもいいかな? それ以上は望まないようにするから……」


 そう言うと、陽葵は俺に抱きついてきた。

 そして、わんわんと泣いた。


 どれくらいだろうか。

 ひとしきり泣くと、陽葵は身体を離した。


 「蒼空クン。わたしに聞きたいことがあるんじゃない?」


 俺には色々と疑問があった。

 陽葵はどこまで覚えているのか。

 いつ思い出したのか。

 そして、颯に何をさせられたのか。


 きっと、聞いた方も聞かれた方も辛い事だけれど、2人で前に進むために。聞くべきだと思った。


 「あのさ。颯とのこと。どうして突然、思い出したの?」


 「それは、颯クンから連絡が来て……」


 俺は、陽葵のスマホを取り上げて、ご両親にも樹兄にも、颯が来ても取り合わないようにお願いしていた。


 颯から連絡をとることはできないはずだ。

 それなのに何で?


 「いや、だって颯は来れないだろ?」


 「東宮さんが来たの。女の子だし、病院の人もも警戒しなかったみたい」


 東宮? 東宮 彩葉か。あいつは比較的に中立的な立場だと思っていたが……。いや、俺は東宮のオッサンの指をへし折ったのだ。恨まれていても仕方ない。


 だとしたら、俺のせいだ。

 この先を聞くのが怖い。でも、聞いて先に進みたい。


 「それで?」


 「東宮さんから手紙を渡されて、そこに色々なことが書いてあった」


 「そっか……」


 「最初は、自分の話しゃないみたいで信じられなかったけれど、写真も入ってて。それで、思い出したの。わたしね、颯クンの命令で、……オジサンとか色んな人の……相手をさせられてた……みたい」


 え。


 もしかして、東宮のオッサンに供物として提供されたのは、……陽葵なのか?


 いや、でも。

 颯が東宮のオッサンに接触したのは、比較的に最近のはずだ。それだと時系列的におかしい。


 だけれど、東宮のオッサンを動かすために、颯は、躊躇ためらいなく自分の言いなりになる女の子をあてがっていた。陽葵も同じように便利に使われていたとしても、おかしくない。


 もしかしたら、くだらない小遣い稼ぎのために、陽葵を利用した可能性すらある。


 陽葵は俯いてしまった。

 

 「すごくイヤ。ほんとにイヤ。あの頃のわたしは、何も考えられなくなってて。ただ1人になるのが怖くて。何でも颯クンの言うこと聞いて、あんなことまでしたのに、それでも捨てられちゃって」


 そこまで自我をなくすって……もしかして、薬物を使われていた可能性すらあるのでは。


 (陽葵にな言えないけれど、今度、樹兄に相談してみるか)


 俺が肩に手を置こうとすると、陽葵は、それを拒絶するような仕草をした。


 「蒼空クンも見たでしょ? わたしの身体、変になっちゃってる。盛りのついた動物みたい。そうなると疼きが収まらなくて、誰でもいいからエッチしたいって思ってしまうの」


 陽葵は続けた。


 「思い出したんだ。蒼空クンに写真見られたのはショックだったけれど。それよりも。わたしは自分がイヤで、死のうと思ったって」


 「陽葵……」


 「どうしよう。こんなはしたない子、きっと一生、結婚できないよ。絶対に幸せになれない。きっと、また死にたいって思っちゃう……」


 両価性。人は死にたいと思う時、それと同じだけ生きたいと思っている。


 だから、いまの陽葵に必要な言葉は……。


 「陽葵。俺は、陽葵の恋人にはなれないかもだけど、陽葵の騎士ナイトにはなれるから。絶対にまもってやるから」


 陽葵は頷いた。


 「うん……」


 「あの、ここ突っ込むところなんだけど……」


 すると、陽葵は笑顔を作ってくれた。


 「ナイトぉ? キザだなぁ。恥ずかしすぎっ」


 俺も笑顔で返したが、内心は、はらわたが煮え繰り返る思いだった。


 颯。


 せっかく前を向こうとしていた陽葵を、また地獄に引き戻しやがった。


 颯がいる限り、陽葵は前を向くことすら許されない。


 俺は、絶対にお前を許さない。

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