表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

31/68

第31話 3人目の獲物⑧


 珠凛の顔をみて、俺は絶望した。


 リベンジと言いながらも、本心では……。珠凛に幸せになってほしいと思っていた。


 そして、自分がそうできればと思っていたのに。しかし、目の前の珠凛は、今にも消えてしまいそうな悲しい顔をしている。


 俺は面倒くさがって、珠凛の闇に向き合ってこなかった。だから、今の珠凛の絶望がどれほど深いのかを理解できない。向き合わなかったツケが今の状況なのだ。


 ……全部、俺のせいだ。



 頭がぐらりと重くなって。

 身体中に汗が吹き出す感覚。


 気づけば、俺は左側の男の頭を右回し蹴りで吹き飛ばしていた。


 樹兄に命じられるままに何千回と繰り返した動作。それは確実に俺の一部となって、思考よりも先に身体を動かした。


 男の頭はそのままコンクリートの壁に打ち付けられると、頭蓋から鈍い音を発し、白目を剥いて地面に落ちた。


 (死んだかな)


 だが、そんなことはどうでも良かった。


 俺はそのまま右の男に駆け寄った。 

 男は右手に何かを持って前に出してきたが、俺は前進を止めずに、ただ払った。


 かわすことよりも、その反動を利用して相手を倒すこと。1秒でも早く珠凛の近くに行くことが優先されると思った。


 男の上腕に身体を入れ込むと、左肘を相手の溝落ちに当て、グッと捻りこむ。


 「カハッ……」


 相手の呼吸が止まった。


 俺は、そのまま相手を壁に押し付けた。そして、右手で男の前髪を掴み、コンクリートの壁に3回打ち付けた。


 男は何か言おうとしたが、4回目を打ち付ける前に、静かになった。


 左の脇腹が熱い。

 だが、アドレナリンが出ているらしく、痛みは感じない。


 俺はテーブルに足をかけると、真ん中の男を目指して飛んだ。


 珠凛は身体が硬直したように動かなかった。


 男は何かを言おうとしたが、聞く必要はない。

 男は逃げようとしたが、膝下まで下げたズボンがまとわりついてバランスを崩した。


 「シッ」


 男は不安定ながらも右手で殴りかかってきた。


 背中にゾワッとする感覚。


(コイツも格闘技経験者か?)


 俺の生存本能が、一気に倒せと警告している。


 俺の右耳を風切り音が掠めた。

 俺は身体を時計方向に半分回し、左腕で男の右腕をいなす。


 男は、たたらを踏んだ。


 俺は丸出しの男の睾丸を右手で掴んだ。そして、そのまま70キロ以上の握力で全力で握り込む。


 生まれて初めて握る、他人の男性器。

 最悪な気分だ。


 そのまま右手でググッ握り込むと、人差し指と親指が重なり合う直前、ぷちッとプチトマトが弾けるような感触がした。


 男は金切り声をあげてうずくまった。

 震えている。激痛で身動きができないようだ。


 俺は靴のソールを男の顔に向けると、飛び蹴りのように体重をかけて踏み込んだ。

 

 かかとが男の口にめり込み、前歯をへし折った。踵を引くと、抜けた歯が何本か地面に落ちて転がった。


 男はモゴモゴとくぐもった声を発したが、俺は男の言い分には興味はなかった。だから、引いた右足で地面を弾き、もう一度、蹴り飛ばした。


 男はテーブルの脚に顳顬こめかみをぶつけて、動かなくなった。


 

 俺が珠凛に手を伸ばすと、珠凛はビクッと身体をこわばらせた。


 「蒼空クン。さっき、ウチのこと見えたでしょ? ウチの手……不潔だから……触っちゃダメ」


 「ん。俺の右手もアイツの袋を鷲掴みにしたのだが……、だから問題ないのでは?」


 「そういうことじゃないし……。ウチもっと酷いことしてたんだよ。それこそ、蒼空クンに軽蔑されちゃうようなこと……」


 さっきイヤフォンで聞いたことか。

 いま、ここで深掘りしても意味のない事だ。


 しかし、珠凛は続けた。


 「あのね。ウチ、逆らえなくて。あの……その……ママの彼のをしてたの」


 だから、あんなに。

 家に帰るのをイヤがったのか。


 「ウチ。消えてなくなりたい。好きな人にこんなの見られて、死んじゃった方がマシだよ。蒼空クン、ごめんね……ごめんね」


 珠凛は涙をポロポロと流していた。


 きっと何度も、自分から俺に言おうとしたのだろう。でも、その度にできなくて。こんなこと、他人に相談できるハズがない。そして、自宅に帰る度に、珠凛の罪悪感は大きくなった。


 俺は、こんなになりふり構わず謝っている人間を見たのは初めてだった。その姿を俺は、不謹慎かもしれないが……愛おしいと思った。


 オッサンのを咥えたことなんて、どうでもいい。それよりも、こんな状態の珠凛に気づけなかった俺が罪深い。


 「ごめん。珠凛。もう自分の家に帰らなくていいから。ずっと家にいていいから。そのオヤジとは……俺が話をつけてやる」


 それは、俺がすべき事だと思った。


 そのための算段はついていた。

 俺は主犯格の男のスマホを拾うと、目ぼしいデータを自分のスマホにうつした。


 

 部屋の端にいた女の子は、やはり小春だった。目隠しと口のガムテープをとってやると、小春は「ぷはぁ」と息を吐いた。


 時計を見ると、試験開始してすでに120分が過ぎていた。あと30分で戻らないと失格になってしまう。


 聞きたいことは色々あるが、警察に電話して、相互監視アプリの音声データを咲姉と小春に送りつけた。


 「小春。悪いけど、後のこと頼むわ。コイツらの会話データもお前に送るから。少ししたら姉貴も来るから、警察に事情を説明しといてくれ」

 

 「わかった。けど、あとでちゃんと説明して。それと……助けてくれて、ありがとう」


 小春は深々とお辞儀をした。

 膝の上に添えた指先は震えていた。

 

 手を振ろうと左腕を上げると、小春は俺の上げた腕を凝視した。そして、口に手を当てて言った。


 「蒼空クン。……手首から血が出てる」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ