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第3話 苦痛の8ヶ月間。


 次の日から、俺の特訓は始まった。


 勉学、スポーツ面は樹兄。

 ルックス、話術面は咲姉が担当になった。


 今日は樹兄の日だ。  

 顔を合わせるなり、樹兄に確認された、


 「おい、ブタ。全国模試は受けてきたか?」


 「あぁ、最悪だった」


 俺は模試の結果を樹兄に見せた。


 「うわ……、まじでひくわ。ま、ブタだしな。人間の試験を受けさせてゴメンな」


 「ぶひ……」


 我慢だ。

 コイツのご機嫌を取らないといけない。


 「ギャハハ、いいねぇ。……目的のためにならプライドはいらねーってか。ま、少しは分かってきたじゃねーか。まず、正攻法。ダメなら裏技。それでも無理なら謀略」


 裏技? そんな言葉が出てくるということは、樹兄も自分を殺して這い上がってきたのか?


 とてもそんな風には見えないが。


 「つか、おれ。復讐したいだけなんだけど。そもそも、なんで勉強すんの?」


 樹兄はため息をついた。


 「はぁ? おまえ、本当にバカだな、その颯ってやつが運悪く不幸になったとして、それで復讐になるのか? 普通にそのうち元気に復活して終わりだろ」


 「まあ、たしかに」


 確かに、殴ってボコったところで、この鬱憤うっぷんが晴れるとは思えない。樹兄は部屋のホワイトボードに書きながら図入りで解説してくれた。


 「つまり、復活できないくらいまで、そいつの自己肯定感をドン底まで落とすんだよ。そのためには、お前との関係性が肝心なんだ。下に見ていたクソ豚のお前に完膚なきまでに敗北する。やり方は色々あるが、大前提として、お前自身がそいつに能力で圧倒的に優っている必要がある。バカにたまたま負けても、運が悪かっただけって思われたら意味がねーからな」


 「……それってコスパ悪くないか?」


 正攻法すぎるだろ。


 「お前なぁ。俺のコスパが大切なんだよ。ただの無能なブタの奴隷なんていらねーっつーの。それにな、運っていう逃げ道を与えなければ、相手から何度も挑んでくるぞ? 搦め手さえ気をつければ、合法的公開リンチだ」


 コスパ? 要はコイツは、自分のためにやってるってことか?


 樹兄は続けた。


 「この俺様が稽古つけてやるっていうんだ。その汚い耳の穴かっぽじってよく聞いとけ。まずな、正攻法。勉強は理解しようとするな、解説を丸暗記しろ。つか、高校レベルで理解なんていらねーから。それと人間の記憶は一定の周期で整理と欠落が発生する。そのタイミングに合わせて、間違った問題だけを解き直せ……」


 「それじゃ、応用力ってか、実力つかなくない?」


 「おまえ、バカか? 研究職になりたいの? あのなあ。未知を既知にする職種以外、創造性なんていらねーんだよ。大学入試レベルで応用って言われてるのはな、応用という難易度のカテゴリーにある単なる暗記問題だ。必要なのは、知識を正確かつ高速に大量に吐き出す能力。あらゆるパターンを分析し、事前に解法と解答を用意。そして、丸暗記。それを徹底的に鍛えろ」


 なんか納得いかない。

 樹兄はため息をついた。


 「はぁ、お前。俺の奴隷になるんだよな? 人間の脳ってのはな、無意識に手を抜く方法を探す習性があるんだよ。お前の思う納得のいく方法ってのはな。言語化されていない無意識下では、単なる楽するための欲求にすぎない」


 いや、だからなんなの。

 説明されたら、意味不明に拍車がかかったんだけど。

 

 「少なくとも、俺はこの勉強法で、半年で司法試験にうかったぞ? ブタにできるわけねーよなぁ?」


 どうやら、俺は今。

 ひどい挑発を受けているらしい。

 

 それからの俺は、ひたすらに反復練習することになる。毎日、吐き気がするほど繰り返した。


 そして、勉強が進んでくると、主にスポーツでのからめ手を叩き込まれた。空気感を誘導する方法、他人を蹴落とす方法……。正攻法でこれだけやっても、さらに裏技も準備するのか。


 いや、やっぱ、すげーわ。

 この人。クズだけど。



 咲姉の訓練も大概だった。

 まず、立ち方、歩き方から直された。


 「よく女子は、色白は七難隠すっていうけれど、男子の場合は立ち振る舞いと姿勢ね。この2つがしっかりしてれば、多少のブ男はカバーできるわ」


 「どいうこと?」


 「は? だからブタって言われるのよ」


 いや。一番ブタブタ言ってるのは、アンタらなんだが。


 咲姉は続けた。


 「あのね、女の子はエスコートされたいもんなの。それもさりげなくね。露骨で押し付けがましいのはNG。たとえば、女の子でも軽々もてる荷物を持ってあげるなんて、相手にイニシアチブを明け渡すだけの愚の骨頂ね。具体的には……歩くスピード。常に女子を気遣いなさい。いつもアンタどうなのよ?」


 「いや、そもそも女子と歩いたことがないんですけれど」


 「はぁ……、普通に歩いていると、歩幅のある男性が先にいっちゃうものなのよ。露骨に待つのではなくて、さりげなく合わせるように。するとね、女の子は、人生全般の他のことについても歩調を合わせてくれる男性だと勝手に思うわけ」


 「そんなもんかね」


 「そんなものなのよ。でも、ブタなアンタじゃどんなにエスコートしても無理ね。まずはダイエットしなさい。食事はタンパク質を中心に、一日10キロは走る事。筋トレは最低1時間。でも、太い筋肉はつけないようにね」


 「は? 10キロ走るのにどんだけ時間かかるのよ……」


 「は? はアンタのほうよ。そのために学校を休ませるんじゃない」


 すると、咲姉はズイッと顔を近づけてきた。

 こうして見ると、うちの姉貴は、ほんと美形だな。咲姉は言葉を続けた。


 「……うーん、ま、アンタも顔はそこまで悪くないから、体重を減らさないとね。うまくいけば、樹兄にヤキモチやかせられるかも知れないわ。ふはっ、ふふふっ」


 つまり、俺は樹兄を牽制するための餌。

 ……コイツも結局は自分の為か。


 毎日毎日、ブヒブヒいいながら2人の言うがままのメニューをこなす毎日が続き……。


 

 そして約8ヶ月後。

 俺は鏡の前に立っていた。


 鍛え上げられ6つに割れた腹筋。

 はっきり形がわかる胸筋と腹側筋。ヒップは絞り込み、上半身は逆三角形になっている、


 顔も随分すっきりとして、髪型もイメチェンした。咲姉の指示通りにショートのツイストスパイラルパーマなるものにして、後ろをブロック気味に刈り上げてもらった。髪色もバレない程度に明るくしてもらっている。


 以前のモサっとした重い印象はなくなり、自分ながらに、なかなか似合ってると思う。


 品定めをするように俺の周りを歩きながら、咲姉は言った。


 「ま、見た目だけなら、まぁまぁの仕上がりね。身長も随分と伸びたんじゃない? でも、樹兄のスペアとしては、まだ実力不足かしら。あ、手術はうけた?」


 スペアって……、俺をなんだと思ってるんだよ。


 咲姉は俺の下半身を鷲掴みにした。


 「ち、ちょっとなにすんの……」


 「貧相ねぇ。ま、こっちは及第点ね(笑)。グループの中に女の子いるんでしょ? ほっかぶりの剣じゃ攻撃力不足。さっさと直してもらいなさい。ま、普通に女の子ウケよくないからね」


 「んでさ、例の件は?」


 「あぁ、ま。なんとかね。アンタのオーダー通り、主要なメンバーはそのまま同じクラス。櫻狼の4人と、珠凛だっけ? その子は同じクラス。手を回すの大変だったんだから。少しは感謝しなさいよね」


 なんだかんだ言って、咲姉は色々と手を回してくれている。もちろんタダという訳ではない。


 「見返りは?」


 「ふふっ。これ。わたしが開発した惚れ薬。これを樹兄の食事に入れて。簡単なオーダーでしょ?」


 「ちなみに、それ。どんな効果あるの?」


 「ん? わたし以外には不能になる」


 は?

 妹以外には不能になる薬?


 なんて恐ろしい薬を開発するんだ。

 この人は。


 この薬を颯達に飲ませれば、復讐なんて秒で終わる気がするのだが……。

 

 

 咲姉は俺の背中をバンバンと叩くと言った。


 「ま、万事作戦通りにね。樹兄も、失敗したら許さないっていってたわよ」



 失敗したら、去年以上の地獄が待ってそうだ。


 ま、でも。

 2人に言われたことは全てやった。

 なんとかなるか。

 



 そして、2年生の初日が訪れた。

 この数ヶ月で、俺も随分と変わったと思う。


 多少の自信もつき、制服での吐き気も、随分とおさまった。


 通学しながら、何人かの女子生徒が俺の方を振り返った。中には一年で同じクラスの女子もいたが、俺だと気づいていないようだ。


 ……まずは、珠凛。

 アイツを攻略して、外堀から颯を丸裸にする。


 そのために咲姉から受け取った秘密兵器。

 俺はスマホの画面を開くと、笑いが止まらなかった。


 ククッ。

 これを見せた時のあの女の顔が、楽しみでたまらないぜ。



 愉快な妄想をしていると、アッという間にクラスのドアの前だった。


 ドアを開けると、一斉に注目が集まった。


 「あの人、誰? めっちゃカッコいいんだけど」


 女子生徒のヒソヒソ話が聞こえてくる。

 バカな女どもだ。



 ヒャハハ。気分がいい。

 今日から俺の復讐のはじまりだ。

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