第29話 3人目の獲物⑥
「颯。お前、珠凛をどうした?」
すると、颯はニヤニヤしながら、掌を上に向けて広げた。
「さぁ。何のことだか」
山口は我関せずといった様子で、勉強を続けている。
高校から入学の珠凛に、中学生の知り合いがいるとは思えない。どういう経緯か分からないが、きっと、中学生とは小春だろう。
山口が実妹を巻き込むとは思えないし、餌にしようにも小春がコントロールされるとは考えにくい。だとしたら、山口は関係していないということか。
これ以上ここにいても、颯は口を割りそうにない。
俺は時計を見た。
試験まではまだ1時間以上あるし、もし間に合わなくても試験は開始150分以内であれば、途中入室も許されている。
3時間半あれば、戻ってこれるだろう。
俺は歓楽街に向かった。
「櫻狼の制服を着た女の子を見ませんでしたか?!」
何人かに聞いたが、この時間の歓楽街は閑散としている。珠凛達の行方は分からなかった。
どうしよう。
花鈴から聞いた話しだと、珠凛の様子が変だったとのことだった。なんだかすごくマズイことになっている気がする。
……「ね。これしない? ウチのスマホも自由に見ていいからさ」
珠凛の言葉が脳裏をよぎった。
そうか。アプリだ。
あの相互監視アプリなら……。
珠凛のスマホが奪われていたり、賢いやつなら、スマホを敢えて関係ない場所に置いている可能性もある。だが、試す価値はある。
(頼む。ちゃんと作動してくれ)
アプリを起動すると、マップに珠凛のスマホの軌跡が表示された。
最後に途絶えているのは、ここから5分程の場所だ。カメラを起動すると、画面は真っ暗だったが、微かに音声が聞こえて来た。
俺はイヤフォンを耳に入れると、GPSの場所に向かうことにした。
微かに聞こえてくる音声は男の物だった。颯の声ではない。数人いる。きっと獄倫高校のヤツらだ。ガサガサという音もする。スマホはカバンに入っているのだろう。
音質を調整すると、会話の内容も聞き取れるようになった。
「……ウチたちをどうするつもり?」
珠凛の声だ。
「お前は、餌だよ。雇い主からの依頼でな。お前を餌にして、ブタを呼び出せって言われてるんだよ」
男は高圧的な声だった。
「は? ここにいるって知らないんだから、蒼空くん来る訳ないし」
男は笑った。
「依頼内容には時間を稼ぐことも入ってるんだよ。もうしばらくしたら、ブタにヒントを教えてやる」
「ウチなんかのために来る訳ないし。それに、この子は関係ないし、解放してあげて」
「お前、バカか? そいつに警察にでも駆け込まれたら厄介だからな。解放するのは、俺らの言いなりになるように躾をしてからだ。……それにしても、お前。すげーよなぁ」
「……何がだよ」
「この写真に一緒に写ってるの、お前の母親の彼氏だろ? 母親の彼氏を寝とるとか。お前、とんだ淫乱だよなぁ」
「ぐっ……」
俺の時と同じだ。
珠凛は、母親の彼との写真で脅されているらしい。どうりで、逆らいもせずに付いていった訳だ。
「お前、母親の男とセックスしてたんだろ?」
「してないし」
「とんだ嘘つき女だよなぁ?」
「嘘じゃないし」
「ひゃはは。この写真みてみろよ。オッサンの咥えてるじゃん」
「なんだよ。その写真……。なんでそんなの持ってるんだよ!!」
「このジジイから貰ったんだよ。咥えてる時に写真とられたことあるだろ? それにしてもこんなジジイのモノを咥えるとか、相当な好きものだよなぁ」
母親の彼からもらった?
首謀者は颯じゃないのか?
いや、でも。
俺も手に入れられなかった写真だ。
この男の言う通り、本人から提供されたとしか思えない。
「仕方ないじゃん。ママのために言うこと聞くしかなかったし……」
ママのために?
どういうことだ?
「ひゃはは。咥えるのがママのためとか、お前、頭おかしいんじゃねーの?」
コイツはおそらく、事情を全て知った上で遊んでいる。捕食者が獲物を弄ぶように、なぶっているのだ。
「……殴られるし、口で満足させるしかないじゃん。仕方ないじゃん。うぅ」
「なに泣いてんの? 毎日やってたんだろ? こっちはな、知ってんだよ。飲んでやってたんだろ? それで被害者面とか、どんだけだよ」
「だって、仕方ないじゃん」
珠凛は処女だった。それは本当だ。
それを守るために、言いなりになっていたのか?
「なぁ。そんなに好きなら、俺のモノも抜いてくれよ? お前。相当に上手いらしいじゃん」
「するわけないじゃん」
「ふーん。母親にバラされても良いわけ?」
「……好きにすればいいじゃん。他にもウチのこと大切に想ってくれてる人いるし。今のウチ、平気だし」
男は愉快そうな声を出した。
「ふーん。じゃあ、月見里 蒼空だっけ? そいつにこの写真見せていいの? オッサンのを咥えてるこの写真を見せられても、お前のことを想ってくれる物好きなんて居るのかねぇ」
すると、珠凛の声色が変わった。
「ダメ。それだけは……絶対ダメ。ウチ、なんでも言うこと聞くから、それだけはやめてください……」