第28話 3人目の獲物⑤
小春は口を尖らせた。
「ボク、蒼空キュンにゾッコンだから!! あ、あと蒼空キュンがね。涼おにいのこと、低能だって」
「てめぇ……低能だと? 小春も蒼空キュンって、その変な呼び方、イラつくから止めろ」
山口、めっちゃ怒ってるんだけど。
しかし、小春は、そんなことはお構いなしだ。
「おにい、これはもう、次のテストで蒼空キュンに勝つしかないんじゃない?」
おいっ!!
お兄さんがキュン呼びするなって言ってるじゃん。それ以上、キュンキュン刺激するなよ。
山口は、俺を睨みつけた。
「蒼空、このブタが。……調子のるなよ。ブタが人間のテストを受けるなんざ百万年はえーんだよ。テストでお前のことボコって、また皆んなの晒し者にしてやるよ。僕に負けるのが怖いか?」
ヘイトが全部こっちに来てるんだが……。
なんて答えるべきだろう。
なんだか面倒にかってきた。もはや、コイツの機嫌を取る必要もないか。
「ごめん、なんとも思わないや。だって正直、負ける要素が見当たらないし」
山口は舌打ちした。
フフッ。俺だってたまにはイキってみたいのだ。
「そうかい。なら、勝負しようぜ? お前は僕の妹に手をつけた。来週のテストで負けたら、そうだな、全裸で土下座してもらおうか。そこまで大口をたたいて、まさか断らないよな?」
勝った場合のご褒美は、先払いの小春ってことか? 条件に納得いかないが、ラブホから出て来て否定しても無意味か。
あぁ、やっぱりイキるとロクなことがない。
柄にもないことは今後は控えよう。
「わかった。その代わり、お前が負けたら、俺の言うことを聞いてもらうからな」
小春は、山口から見えない角度でツンツンしてきた。
「蒼空クン。言うねぇ。ボク、賞品になっちゃった♡」
このクソガキ。
お前のせいで面倒なことになったのだよ。
ホントは不意打ちしたかったのだが、小春のせいで宣戦布告することになってしまった。俺は既に高校の学習範囲はマスターしている。つまり、校内テストごときで、山口に負ける要素が見当たらない。
「どうなっても知らないからな!!」
山口はそう言うと、唾を吐き捨て帰って行った。
それにしても、ホテルの入口で会うって、どんな偶然だよ。俺と目が合うと、小春はなぜか視線を外した。
「小春。これは、どういうことだ?」
小春は、前を向いたままペロッと舌を出した。
「……ボクが呼んだ」
「なんで?」
「だって、ああ言ったら、お兄も本気になるでしょ? どうせなら全力勝負の方が、見てて面白いし」
小春を使って動揺させるつもりだったのに、むしろ逆に警戒されてしまった。最悪だ。
……テストまで1週間か。
颯ならともかく、山口には万が一にも負けないと思うが、しっかり準備をしよう。
はぁ。疲れた……。
鉄格子の外階段を上がり、アパートのドアを開けた。すると、シチューのような良い匂いがしてきた。珠凛が作っていてくれたらしい。
「ただいま」
「おかえり。だーりん♡」
一人暮らしのハズの家なのに、普通に出迎えられる毎日。それはそれで悪くは無い。
「珠凛、最近は普通に家にいるね」
「ダメ? ウチ、自分の家は居心地良く無いし。ん。女の匂い」
珠凛は、俺の周りでスンスンすると、頬を膨らませて言った。
「浮気?」
浮気っていう言葉は、カレカノに使うものなのでは。と、思いつつも、俺は首を横に振った。
「ね。これしない? ウチのスマホも自由に見ていいからさ」
珠凛はアプリを見せてくれた。
どうやら、これはお互いの位置が分かったり、相手のカメラを起動できたりと、カレカノが監視し合うためのアプリらしい。
こんなのを要求されていること自体、結構に不名誉な気がするが、気のせいだろうか。
「これしたいの?」
リベンジの役に立つかもしれないしな。
珠凛の信頼は必要だし、……まぁ、いいか。
「……ダメ?」
「ま、別にいいけど」
「やった♡」
珠凛は上機嫌になった。
「それよりさ。今日から毎日一緒に勉強しない? 珠凛もテスト対策したいだろ?」
「……エッチは?」
「禁止」
「ぶぅ」
珠凛は不満らしい。
少し前に、泣きながら俺に乗ってきた子の表情かと思うと、不思議な感じがする。
それから、俺と珠凛は、毎日一緒に勉強した。
珠凛は意外にも熱心で良い生徒だった。
「蒼空くん。ここ分からないんだけれど……」
「ここはな……この公式を……」
「すごい。すごいっ!! 蒼空クン。勉強もすごいっ。カッコいい……」
「惚れた?」
失言だったかな。言った直後に不安になった。俺の中身は弱気なままらしい。
「内緒♡ ……色々終わったら、教えたげる」
珠凛は抱きついてきた。
「そのさ。戦争から帰ったら結婚しよう的なの、フラグだからやめとこうな?」
こんな風に、時々、教えたりしつつ。
俺の株もあがったようだった。
櫻狼学園の定期試験は少々特殊で、試験時間の300分間で主要5科目を順次解いていく。そのため単なる学力だけでなく、科目ごとの時間配分が重要になる。生え抜きの櫻狼生には慣れたものだが、高校からの珠凛には一応、確認をしておくことにした。
誰かと勉強したことがない俺にとって、珠凛との勉強は、それなりに楽しい時間だった。
そして、アッという間に試験当日になった。
珠凛は昨日は自宅に帰って、朝に迎えにくるハズだったのだが、来なかった。
(寝坊でもしたのかな。ま、先に行ってるか)
試験はすぐに始まるわけではなく、まずは自習時間が設けられている。そのため、多少遅刻しても問題はない。
駅から学校までの道を1人で歩いていると、山口に追い抜かれた。
「チッ」
露骨に舌打ちされた。
どうやら、やる気満々みたいだ。
教室につくと、クラスメイトの大半はまだ来ていなかった。颯と山口はさすがだ。先に来て参考書を読んでいた。
山口は俺を睨みつけてきた。
一方、颯は俺と目が合うとニヤリとした。
(なんだよ。気持ち悪いな)
少しすると、花鈴がきた。
「花鈴。珠凛を見なかったか?」
花鈴は俺のすぐ横に来ると、小声で言った。
「それが、珠凛ちゃんが獄倫の奴らと一緒にいたんですよ」
獄倫とは、近隣エリアの獄倫高校のことだ。ガラが悪く反社予備校と言われている。珠凛は、どうしてそんなヤツらと居たのだろう。
ナンパでもされたのだろうか。
正直、マトモじゃないヤツらだ。大丈夫かな。
イヤ、でも。
いくら獄倫のヤツらでも、朝の街中で無茶はしないか。
俺が悩んでいると花鈴が言葉を続けた。
「それが、珠凛ちゃんの様子が少し変で。わたし少し気になっちゃって。それに中等部の子も一緒にいたし」
中学生?
「どこに行ったか分かるか?」
「たぶん、歓楽街の方に向かったと思う……」
どういうことだ。
意味が分からない。
ふと視線を戻すと、颯と目が合った。
颯はニヤリとして、呟いた。
「やっぱ、裏切り者には制裁が必要だよなぁ?」
裏切り者って誰だ?
俺か?
珠凛か?
これは、颯の介入だ。
山口と俺の勝負を聞きつけた颯が、割り込んできたに違いない。
……しまった。
珠凛を使って俺の邪魔をするつもりか。