表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

23/68

第23話 2人目の獲物⑮

 俺は女子の体育更衣室に向かった。

 こんな時のために、花鈴も夏美につけておいたのだ。大丈夫。


 「でも、花鈴はいるんだろ?」


 俺がそう言うと、珠凛が気まずそうに答えた。


 「花鈴は、山口が来る前に、蒼空くんのお姉さんから電話があったとか言って、どこかに行っちゃったの」 

 

 (それも山口のしわざだろうか)


 「……ってことは、いま、夏美は1人か?」


 「ごめん。でも、蒼空くんが心配で……」


 くそ。

 完全にやられた。

 

 山口が何かしてくる可能性はあると思っていたが、まさかこのタイミングで仕掛けてくるとは……。山口の動機はわからない。だが、今回の俺と珠凛の動きを知って、妨害してきたのは間違いない。


 しかし、今はそんなことよりも、夏美を探さねば。


 沙也加は相当にフラストレーションを溜め込んでいる。しかも、あの動画の件もある。スマホを取り返すためなら何をしでかすか分からない。


 夏美を押し倒して怪我をさせたり、最悪、突き落としたり。絶対にないとは言えない。


 ……今の沙也加は危険だ。


 

 俺と珠凛は手分けして夏美達を探した。しかし、屋上や体育館裏には居なかった。女子トイレにもいない。


 もしかして……空き教室か?


 櫻狼高校は、それなりに生徒数が多い。

 校舎も3棟ある。


 全部を確認している時間はないぞ。


 (仕方ない。あの動画を使うか。沙也加はスマホを持っていないから、萌に送りつければ……)


 たぶん、沙也加は窮地にたたされ、夏美を責めるどころじゃなくなるハズだ。でも、沙也加はたぶん学校に来れなくなる。沙也加には個人的な恨みがある訳ではないのに、それはさすがにやり過ぎだと思った。



 「蒼空くん。あれ」


 珠凛が指さす方を見ると、沙也加達がいた。

 中庭を挟んだ向かいの棟にいるらしい。向こうの声は聞こえているが、俺たちには気づいていないようだ。


 ここは5階だ。


 向こうの棟に行くには、階段を降りてぐるりと回り込み反対側の玄関から出なければならない。ウチの高校は、生徒数の増加に合わせて後から増築を繰り返したため、すごく不便な造りなのだ。


 移動には数分かかる。



 (どうする……?)


 幸い、ここからは中の様子がよく見える。移動している間に何が起きるか分からない。で、あれば、ここにいた方がいいのではないか?


 俺はしばらく様子を見ることにした。


 (本当にヤバくなったら、ここから叫べばいい)


 とはいえ、向こうの棟には多数の生徒達がいる。できれば、余計なことはしたくない。復讐が終わるまで、俺は目立ちたくないのだ。


 すると、今更ながらに花鈴が来た。

 夏美の状況を見て、思うところがあったようだ。


 「いやぁ、みんな居なくなってたから焦った。ギリギリセーフ」


 咲姉と何を話してたのか知らないが、全然ダメだ。


 「いや、完全にアウトだから。あ、ペナルティ。これをあの部屋に持って行ってよ」


 「え、これ。沙也加のスマホでしょ? 責任重大ですね……」


 「ですね。タイミング間違えると、きっと、お前が犯人扱いされますね。ドンマイ」


 「やればいいんでしょ。ムカつく」


 花鈴はブツブツと文句を言いながら、階段を降りていった。



 珠凛にも一つ、頼まれてもらおう。


 「珠凛、友達を集めてあの教室に連れていってくれないか。もし、ヤバそうなら仲裁に入ってもらってもいいし、面白そうな展開だったら、観客を決め込んでくれ」



 さて、あっちの様子はどうかな?


 沙也加達の様子は、相当にひっ迫しているようだった。沙也加が夏美に問い詰めている。


 「夏美っ。わたしのスマホ盗んだんだろ? 部活終わったらなくなってた。昨日の部活の時、夏美は遅れてきたじゃん。こっちは分かってるんだよ!!」


 夏美は言い返した。


 「アタシ、ホントに知らない。言い掛かりつけないでよ!!」


 すると、桐葉が夏美に加勢した。


 「わたし、昨日の放課後は、夏美と珠凛と一緒にいたよ。だから夏美が盗んだりできるわけないし」


 (へぇ。下手したら自分がタゲになるのに、物怖じしないんだ)


 たしかに桐葉は正義感が強いらしい。

 花鈴から聞いた通りだ。


 すると、沙也加は桐葉に噛みついた。


 「なんで夏美と一緒にいるんだよ。この裏切り者」


 桐葉が夏美をかばった事が、よほど気に入らないらしい。だが、桐葉も負けていない。


 「は? アンタこそ、証拠もなく疑うとか、人として最低なんだけど……」


 よし。

 ここまでは計画通りだ。


 後は、萌が勇気を振り絞ってくれれば、沙也加は奈落の底いきのオートシナリオモードに突入するのだが……。


 しかし、萌は動かなかった。

 下手をすると、自分が次のターゲットになると思ったのだろう。

 

 ……やはり、珠凛と花鈴の後押しがないと厳しいか?


 

 その時、教室のドアが開いた。


 「え、お前ら何してんの?」

 声の主は斉藤だった。


 斉藤は、3人の様子を見るとつまらなそうな顔をして言った。


 「沙也加、まだ夏美をいびってるか? お前。ほんとつまらない人間だな……正直、お前を好きとか思う男の気が知れない」


 すると、沙也加は一気にトーンダウンした。泣きそうな顔をしている。


 「いや、別に。そういうのじゃないし。ね? 萌?」


 萌はしきりに髪を弄っていたが、男に媚びるような沙也加の態度が気に入らなかったらしい。声を荒げた。


 「は? 斉藤が来たら態度変わりすぎじゃない? わたしら巻き込んで、結局は夏美に嫉妬してるだけのメス犬じゃん」


 うん。そうだよ。

 沙也加はメス犬なのだ。


 (あー、あの動画を見せてやりたい)



 沙也加は、萌につかみかかった。


 「は? 意味わかんないんだけど。スマホ盗んだの、ホントは萌っ、アンタなんでしょ? つか、わたしがスマホを教室に置いてるって知ってるのアンタくらいしかいないし!!」


 斉藤の前で、夏美を疑い続けることができなかったのであろう。八つ当たりのターゲットが萌にうつった。理不尽そのもの。もうほとんどチンピラの言い掛かりと変わらない。


 萌は激昂した。


 「ほんとサイテー。沙也加って、裏表ありすぎ。いつも心の中で、わたしらのこと見下してるんでしょ?」


 沙也加はハッとした。

 自分の失言に気づいたらしい。


 「……いや、そんなんじゃ。言葉のアヤっていうか。ね? 桐葉?」


 しかし、時すでに遅しだ。

 桐葉は沙也加を無視した。


 きっと、萌の頭の中では、俺が作ったダミーページで、くせ毛をバカにされた記憶が、生々しくよみがえっていることであろう。


 萌は叫んだ。


 「……わたしがクセ毛なこと、ホントはずっと心の中で馬鹿にしてたんでしょ!!」


 「……そんなこと思ったこともないし」


 「沙也加はいいよね。髪の毛ツヤツヤで。いつも見せつけるように髪をなびかせちゃってさ。そのツインテールだって、わたしはそういうのできないから、どうせアテつけでしょ?」


 もうこうなると、沙也加がどう言い訳しようが無駄だ。元々、癖毛にコンプレックスを持っていた萌は、スマホを盗んだという言い掛かりで沙也加を見限ったのだろう。


 ……今の萌には、沙也加が何を言っても届かない。全てが悪口にしか聞こえていないハズだ。


 萌と沙也加は掴み合いの喧嘩になり、斉藤が止めに入った。



 すると、タイミングを見計らっていた珠凛が女の子を何人か連れて、部屋に入ってきた。


 「なに、なんかあったの?」


 (しらじらしいな)

 珠凛は萌にそう聞いた。


 「珠凛。ひどいんだよ。沙也加が、……わたしがスマホ盗んだって言い掛かりつけるの」


 珠凛は頷くと、沙也加に言った。


 「沙也加ひどいよ。萌は、ずっと沙也加のことをかばってたんだよ。今だって、沙也加を信じたいって気持ちで一緒にいるのに……」 


 売り言葉に買い言葉。

 沙也加は即座に言い返す。


 「え? それって。萌は無理に付き合ってくれてるってこと?」


 沙也加は露骨に不機嫌そうな顔をした。



 すると、ドアがノックされた。

 入ってきたのは花鈴だ。


 「……あのさ。このスマホ、沙也加のじゃない? なんか月見里くんが、校庭で拾ったんだって」


 沙也加はスマホを奪い取るように受け取ると、中を確認した。そして、ここからでも分かるくらいに顔が真っ赤になった。


 花鈴が一瞬、こっちをみて舌を出した。


 (え? なに? 意味がわからない)



 すると、萌が言った。


 「スマホとったの、夏美でも私でもなかったってことじゃん!!」 


 ごもっとも。

 スマホは俺がもっていたのだから、2人は関係ない。


 「そ、それは……」 


 沙也加は、状況が理解できていない様子だ。


 「2人に謝んなよ」

 「そうだ、謝れよ!!」


 そう言ったのは、珠凛が連れてきた女子の中の1人だった。1人がいうと、すぐさま他の女子も続いた。


 しばらく言い争いになったが、無駄だと悟ったのだろう。沙也加を非難するシュプレヒコールの中、結局、沙也加は頭を下げた。


 「ご、ごめんなさい……わたしが悪かった……で、す。ぐすっ」


 顔は見えないが、きっと歯を食いしばって泣いている。俺がしたことだが、なんだか後味が悪い。


 でも、これだけやれば。

 今後、沙也加が夏美につっかかることはないだろう。


 『沙也加は嫉妬深くて性格が悪い』

 これが今後の2年A組の通説になるのだ。

 


 その様子を見て、俺は樹兄の授業を思い出した。


 夏美をあげて、沙也加をさげる。

 沙也加の仲間を奪い、夏美の仲間を増やす。


 多数派と少数派、善と悪を逆転させて、バイアスをかけて空気感を作る。そして、沙也加に己の敗北を自覚させるために……。


 萌のコンプレックスを刺激して、あえて沙也加の仲間にトドメを刺させる。


 ……全部、樹兄の言っていた通りだ。

 効率はいいのだけれど、それは、ひどく退屈なことに思えた。



 それから何日かして、沙也加に呼び出された。

 また体育館裏だ。


 この学校の連中は、体育館裏が大好きらしい。

 沙也加は、俺の顔を見ると真っ赤になった。


 「……みた?」


 「なにを?」


 「いや、だから。花鈴からスマホ受け取った時、シークレットフォルダのパスワードが解除されてたんだけど……」


 それで花鈴は舌を出していたのか。

 あのクソガキめ。


 言い逃れできそうにない。


 「あぁ。わるい。まさかあんなのが入ってると思ってなくてさ」


 「ホントに見られたのか……。恥ずかしくて死にたい……」


 「他のヤツに言ったりしないし、安心して」


 「月見里、わたしの全部みたんでしょ?」


 「いや、だって。あんなの撮ってるからでしょ」


 「……責任とって」


 「は?」


 「わたしの全部みたんだから、責任とってよ……」


 「いや、あまり落ち込むなって。綺麗なカラダだったぜ?」


 「もうヤダ……って、あ、待って!!」


 なんか意味不明な展開になったぞ。

 責任とか言われても無理なんだが。俺はその場から逃げ出した。


 沙也加は、俺に追いつくと言った。


 「責任とって、友達になってよ」


 なんだ。

 その程度のことでいいのか。


 「おまえ、変わってるな。色々と仕組んだのは俺なんだよ?」


 「だからだよ。ただの退屈なヤツだと思ってたのに、断然、月見里に興味が湧いた。だから、友達から……」


 沙也加の顔を見た。

 怯えた仔犬のような顔をしている。


 そうか、あんなの見られたし。

 きっと俺が他人すぎるのも怖いのだ。


 「……わかった」


 すると、沙也加は笑顔になった。  

 普通にしていれば、可愛いのに。


 夏美も沙也加も。斉藤目当てなのだ。

 斉藤ってモテるのな。


 「……お前さ、斉藤のどこがいいわけ?」


 沙也加は斉藤のことを話してくれた。


 「斉藤は、お爺さんもお父さんもスゴイ人じゃん? 周りの部員からの嫉妬とかイヤガラセとか、すごかったんだよ。でも、それに負けずに頑張ってエースになって。そういう強さがいいなーって。でもさ……斉藤の気持ち、わかるんだ」 

 

 「ん?」


 「頑張って周りから一目置かれて。それで、櫻狼ファイブになって。でも、月見里は違ったじゃん? いきなりはやてに認められて。ファイブなのに6人目になって。月見里やまなしは、お父さんもお兄さんもお姉さんもすごい人なのに良いコトばかり。斉藤とは大違い。……それで、月見里のこと、ムカついたんじゃないかなぁって」


 「ふむ……」


 兄姉には迫害ばかりされているが。


 まぁ、でも。

 斉藤には、ファイブの6人目が特別に見えたのか。


 沙也加は数歩、俺の先に行くと振り返った。


 「って、余計なお世話だったね。月見里が、斉藤のことを誤解してそうだからさ。アイツ、いいヤツだよ?」


 コイツは、何も分かってないのだ。

 俺がどんなに辛かったか。


 「沙也加だってすごいじゃん」


 「ん? どこが?」


 「イキっぷり」


 「ばかぁ。やっぱ、責任とって嫁にしろぉぉ。でも、動画のこと、ナイショにしてくれてアリガトね」


 なんか、俺のことを全然嫌ってなさそうだった。アイツ、変わってるな。

 


 その数日後。

 今度は斉藤に呼び出された。


 「今回は、夏美のこと、ほんとサンキューな。あれから嫌がらせはされていないみたいだ。礼に何でも言うこと聞くって言ったし、何かないのか?」


 あー、そのことか。

 忘れてたわ。


 「……じゃあ、学食でメシでも奢ってくれよ。スペシャルなランチな」

 

 「スペシャルなランチ? スペシャルランチじゃなく?」


 「あぁ。スペシャルなランチ」


 「……分かった。あのな。月見里。珠凛との写真のこと、ほんとに悪かった。お前は許せないだろうけど、俺、わりかし本気で後悔してるんだよ。……じゃ、先にいってるわ」


 そう言った斉藤の顔は見えなかった。

 



 「ブタ。……俺はな。桃太郎の話が好きなんだよ。敵を倒して、仲間を作って、武器や財宝を手に入れる。それって血湧き肉躍る冒険譚そのものじゃねーか」


 俺は、樹兄のそんな言葉を思い出していた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ