第20話 2人目の獲物⑫
「えっ、まじ?」
クラス中がザワザワする。
「買ってもらったばっかりだったのに……」
夏美は、また泣き出してしまった。
すぐさま、クラス中の視線が沙也加に集まる。
俺のダミーページは、思ってたよりも広まっていたようだ。
沙也加は「わたし、知らないし!!」と怒鳴ると、逃げるようにどこかに行ってしまった。
今は必死に弁明すべきなのに。逃げるということは、認めているに等しい。
……おかげで、こちらはやり易いが。
沙也加の机にはカバンが掛かっていて、沙也加はいつもカバンの口を開けたままにしている。俺はまず、夏美のスマホのマナーモードを解除した。そして、トイレにいくフリをして沙也加のカバンにスマホを入れた。
拍子抜けするほど簡単だった。
しばらくすると、沙也加が戻ってきた。
何事もなかったように振る舞っている。
沙也加の内心が手に取るように分かった。
彼女の思考を支配しているのは、防衛本能と他罰思考だ。
今の沙也加は、自分の立場を悪くすること……悪びれた態度や媚びた態度をすることは許されないと思っている。同様の理由で、夏美に対して、心配するような態度をとることもできない。
夏美に対するプライドが、どんどん沙也加の立場を悪くする。そして、夏美に対しての自業自得という気持ちが、沙也加の態度をさらに硬化させるのだ。
さて、俺は珠凛に予め指示しておいた通りに実行するようにメッセージを送った。すると、珠凛は言った。
「ね、じゃあ。夏美のスマホに電話をかけてみようよ。あ、ウチかけるねっ!!」
珠凛がスマホを耳に当てて数秒すると、沙也加のカバンから音がした。
「あたしのスマホの音だ……」
夏美がそう言うと、クラスの注目が沙也加に集まった。
「わ、わたし違うし……」
俺も久しぶりに話してみるか。
「そんなことどーでもいいから、夏美さんにスマホ返せよ!!」
すると、他の男子生徒も俺に続いた。
沙也加は、歯を食いしばり、夏美を睨みつけている。必死に涙をこらえているのが分かる。
負けず嫌いだねぇ。
だからこそ、読み易いのだけれど。
俺は沙也加に恨みがある訳ではない。
だから、少し可哀想に感じた。
でも、ここでやめたら、夏美への風当たりが余計に強くなるだけだ。やるなら、イジメる気が失せるまで追い詰めねば。
桐葉が夏美にスマホを返し、その場は収まった。
沙也加はすぐに仕返ししようとするハズだ。今日は野球部の練習があるから、動くとしたら明日だろう。そこで決着をつけてやる。
次の休み時間。
俺は珠凛と花鈴を体育館裏に呼び出した。
そして、2人に指示を出す。きっと、今回の件では、これが最後の指示だ。
「沙也加のフラストレーションは限界だ。多分、明日、何かのアクションを起こすと思う。2人とも、明日は夏美を1人にしないでくれ」
2人は頷いた。
現段階では、萌と桐葉の動きが不確定だ。2人には肝心な時に夏美と一緒にいてもらう必要がある。
「……よろしくな。それと花鈴」
「はい?」
「お前はこれから、夏美と桐葉を屋上に連れ出してくれ」
「名目は?」
「仲直り会でいいんじゃね? それか蒼空さんを崇め称える会?」
「ブタが調子にのるな」
「……なんか言ったか?」
花鈴は笑顔になった。
「いえ。別に。じゃあ、夏美と桐葉を仲直りさせますね♡」
どうやら、コイツにもお仕置きが必要そうだな。珠凛の方を見ると、頬を膨らませていた。
「どした?」
「花鈴と蒼空くんがイチャイチャしててズルい!!」
「どこが!! 絶賛、不仲中だよっ!!」
2人との会議を終え、俺は教室に向かう。
最後の仕上げだ。
野球部には女子用のロッカーがない。そのため、沙也加は、部活の間、教室に荷物を残している。
教室に戻ると、誰も居なかった。
沙也加の席にいくと、いつも通りカバンが掛かっていた。手を入れると、手が布みたいな物に当たった。出してみると、黒レースのパンツだった。
(アイツ、こんなの履いて何してるんだ?)
かなり興味が湧いたが、パンツは戻して、さらにカバンの中をまさぐる。
すると、お目当ての物があった。
スマホだ。
「野球部の部室にはスマホは持ち込み禁止」
……斉藤の前情報通りだ。
俺は沙也加のスマホをポケットに入れた。
外に出ようと教壇に足をかけたところで、ドアの外で人影が動いた。
俺は咄嗟に身を屈めた。
念の為、教卓の裏に隠れた。
すると、教室のドアが開いた。
(ヤバい。教卓の裏にいるとか不自然すぎる。いまさら出れない。教室に入ってきたのは誰だ?)
入室ガチャに勝てば、最小のダメージで切り抜けられるかも知れない。たのむ。部外者であってくれ。
「んでさ、夏美、ホントにムカつくんだけど。あんなの自作自演に決まってるし」
しかし、そんな俺の願いも虚しく、その声の主は沙也加だった。
ここで見つかったら、俺が首謀者だとバレるだろう。その後の展開は想像がつきすぎる。有る事無い事、全部の責任をなすりつけられ、夏美の次のターゲットにされるのだ。
下手をすれば、ブタに逆戻りだ。
……終わった。