第18話 2人目の獲物⑩
「ちょっと、他のも見せてっ!!」
萌が珠凛のスマホを取り上げた。
「なにこれ……、SとNが仲が良いのが気に食わないみたいなこと書いてあるんだけど……。Sって斉藤で、Nは夏美でしょ?! わたしらには、夏美が斉藤をたぶらかして野球部をメチャメチャにしたとか言ってたけど。……これって要は、ただの嫉妬じゃん。わたしらを巻き込むなっつーの!!」
やべぇ。怒りすぎだ。
このまま沙也加と絶縁されるのはマズイ。
すると、珠凛が萌の肩に手を置いた。
「でも、沙也加は裏アカだと思ってる訳だし、いきなり騒がない方がいいよ。もし、萌が次のターゲットになったら、ウチ悲しいし。でも、萌にはウチがついてるから、安心してねっ!! 本当にヤバくなったら、颯に頼んで、なんとかしてもらうから……」
萌は珠凛の手を握り返した。
「……わかった。何かの勘違いかもしれないし、わたし、沙也加と友達を続けるよ。でも、珠凛が味方してくれるの、ほんとに安心する。ありがとう」
よかった。
暴発されなかったみたいだ。
それにしても、珠凛って、皆んなに好かれてるんだよなぁ。天然の人たらし?
おれも結局、珠凛を許しちゃってる訳だし、ある意味、才能だよ。
俺が感慨に浸っていると、珠凛がやってきた。
「やほ。萌はクラスに戻るって〜。ところで、沙也加が斉藤を好きってホントなの?」
「あぁ。まず間違いない。沙也加が野球部に入ったのも斉藤を追いかけてらしいし、第一、実際に見たことあるんだよ」
「何を?」
「野球部の練習中にさ、斉藤と夏美が2人でいたんだけど、沙也加が物陰からすごい形相で睨んでたんだ」
珠凛は両肘を抱えるような動作をした。
「それ、怖すぎる……」
「だろ? ってか、おまえさ。俺のことブタとか言ってただろ?」
「てへっ。だって、他の子が蒼空くんに興味持つのイヤなんだもん。蒼空くんの優しさも、強さも、カッコよさも。ウチだけが知ってればいいのっ!!」
そんなこと言われたら、何も言えん……。
「ところで、仕込みは上々だったな?」
「うん。蒼空くんに教えてもらった通りだったよ。萌をうまく誘導できた……、と思う。日本人は、断定的な否定を好まないって本当だった」
「あぁ。嫌いでも、嫌いとはなかなか断定できないもんだ。「それ程、好きじゃない」にできれば、一応は、「好き」のカテゴリーだからな。萌が夏美に対して恩義があれば尚更だよ。現段階では、嫌いから改善すれば十分」
嫌いだと、いざという時に、萌が思い通りに動いてくれない恐れがあるのだ。
「うん。返報性の原理だっけ? 蒼空くんの言う通りだったよ。人間、恩義には親切で報いたくなるもんね」
「そうだな」
「蒼空くんって、なんか少しだけ怖いね……」
全部、樹兄の受け売りだけどな。
人は、本能レベルで、恩義には恩義で報いたくなるものらしい。そして、自分が親切にしてあげている相手を、好意的に思ってしまう習性があるのだ。
これをベンジャミン・フランクリン効果というらしく、樹兄は狩猟生活時代の名残だとかなんとか言ってたが、詳しくは覚えていない。
……珠凛がこっちを見ている。
「どした?」
「あのね。ウチ、蒼空くんにブタさんって言っちゃったし、帰ったらいっぱいお仕置きしてほしいです♡」
「おまえ、確信犯だろ? それじゃあご褒美じゃ……」
チュッ。
俺の発言が終わる前に、キスで口を塞がれた。
「ウチ、君のこと好きになっちゃったみたい」
「え?!」
「なんでもなーいっ」
そう言うと、珠凛は駆けてどこかに行ってしまった。
いや、いきなり言われたらドキドキしちゃうんだが……。え、えと。こう言う時の対処法は……。
咲姉の講義を思い返したが、使えそうなものはなさそうだ。
ん。あれ?
いま、誰かの視線を感じたのだけれど。
気のせいかな。