第16話 2人目の獲物⑧
「おまえさ、それ本気で言ってるわけ? 俺はお前を恨んでるんだよ? 助けるわけないでしょ」
図々しいにも程がある。
しかし、斉藤は食い下がってきた。
「あぁ。だって、俺が原因なのに放っておけない」
夏美のこと、そんなに大切なんかね。
まぁ、それでも助ける義理なんてないが。
「お前さ、厚顔無恥って言葉知ってる? つか、そもそも俺にそんな力ないし」
「俺のドーピングの一件、全部お前の仕業なんだろ? お前、すげーよ。尊敬はできないが、ほんとスゲー。お前なら何とかできるだろ」
珠凛の話では、今の斉藤はクラスで完全に孤立しているとのことだ。期待が大きかった分、皆の失望も大きかったのだろう。夏美とも珠凛の件でモメているし、今回の問題を、斉藤が1人で解決することは不可能に近い。
珠凛が心配そうな顔で、俺の目をみつめている。
(ったく、しかたねーな)
「じゃあ、交換条件だ。助けてやるから、夏美を俺にくれよ」
数秒の間があって、斉藤が答えた。
「酷い扱いしないか? 大切にしてくれるなら、夏美がOKするなら……お前が言う通りにする」
自分は諦め、夏美だけは助けて欲しいということらしい。そんなに好きなのか。
ったく、どいつもコイツも。
その女に惚れてるんなら、珠凛にちょっかい出すんじゃねーよ。
「……わかった。なんとかしてやる。その代わり、ことが済んだら俺の言う事を、1つ聞いてもらうからな」
「あぁ、分かった」
近々、話を聞く約束をして電話を切った。
視線を戻すと、珠凛に睨まれていた。
「蒼空くん。やっぱ、夏美に興味があるんだ……」
「いや、斉藤の本気を試しただけだよ。そんな気ないって」
珠凛は半信半疑という顔をしている。
「ところでさ、夏美のイジメってひどいの?」
「わりかし。まだ嫌がらせは始まったらばかりなのに、物を捨てられたり、SNSで色々言われたりしてる。このままエスカレートするとヤバいかも」
珠凛は本気で心配そうな顔をしている。
「おまえさ。俺には、あんなに酷いことしたくせに、他の人には普通に優しいよな」
珠凛はしどろもどろだ。
「そ、それは、蒼空くんのことホントは気になってたからだよ。よく、小学生の男の子が好きな子にチョッカイだすじゃん? そんな感じ」
「ふーん。俺はチョッカイで半裸写真とられてバラまかれたのか。これはこれは……愛が重すぎるぜ」
「……ごめんなさい」
珠凛は涙目だ。
あー、気分がいい。
これくらいのストレス発散は許されるだろう。
さて。
夏美の件。どうしたものか。
俺は樹兄のノートをパラパラめくる。
「空気操作①善悪の相対性と世論」
今回使えそうなのは、この辺か。
文字を追いながら、樹兄の講義を思い出す。
「……なあ。ブタ。善と悪は絶対的か?」
「そりゃあそうだろう。罪を犯したら悪だし」
「罪か。じゃあ、聞くがな。罪を犯したことがない人間なんているのか?」
「いや、厳密には居ないだろう」
「人間は全員が悪だってか? ギャハハ。ブタは聖人君主様か。だからお前は無能なんだよ。罪っていうのはな。規範に違反した行為を言うんだ。そして、その規範は、法的であり、宗教的であり、ある時は、道義的であるんだよ」
「……意味がわからねーんだけど」
「ギャハハ。だからお前はブタなんだよ。つまり、善悪の基準は、多義的•相対的ってことだ。時と場合、その人の思想、人の組み合わせによってコロコロ変わる。……さっきの質問だがな、罪を犯したことがない人間は居るとも言えるし、居ないとも言える。それが答えだ」
「禅問答みたいだな」
「愚弟にも分かるように言ってやろう。価値基準と対象の入れ替えとバイアスをかけることで、世論をコントロールすることが可能になる」
「世論とか話がデカすぎるし」
「クラス内の空気だって、世論だぜ? ま、いい。これから、その操作方法……価値基準と対象を入れ替え方を教えてやる。ここからは有料級だからな。その小さな脳みそかっぽじってよく聞いとけ……」
数日後、近所のカフェに斉藤を呼び出した。花鈴と珠凛も一緒にいる。
「花鈴と珠凛。お前らは、夏美と可能な限り一緒にいるようにしろ。簡単に言えば護衛だな」
2人は頷いた。
俺は言葉を続けた。
「斉藤。お前は、クラスにいる時に俺の前で懺悔をしろ。『珠凛と夏美を弄んだ酷いヤツ』だとな。その後のお前の居場所はなくなるだろけれど、できるか?」
「そんなことで、夏美が救われるのか? 誰も今の俺の話なんて、聞いてくれないと思うが。……分かった」
翌日から、俺らは夏美のために動くことになった。