第15話 2人目の獲物⑦
ある日の晩。
俺はエプロンをつけてキッチンにたつ珠凛を眺めていた。トントントンと小気味のいい包丁の後がして、珠凛がテキパキと行き来して、そのうち良い匂いがしてきた。
「蒼空くん。今日の晩ご飯はウチだよ♡」
「いや、それならもう満腹かも」
帰ってきてから、何回したら気が済むんだ。俺、酷使されすぎで確実に寿命が縮んでると思う。
はっ。これはもしかして、新手の嫌がらせか?
そんな俺の不安など気にする様子もなく、珠凛は頬を膨らませた。
「ひどい……ウチ、まだ足りてないのに。本当はオムライスです!!」
珠凛は意外に料理が上手だ。
小さな頃から母親と2人暮らしで、料理を作る機会が多かったらしい。
食事をとりながら、珠凛に話しかけた。
「最近、学校の様子は?」
珠凛には、クラス内で以前通りに振る舞ってもらっている。要はスパイだ。颯のグループにもメンバーとして出入りしてもらって、かなり助かっている。
珠凛がブロッコリーをもぐもぐしながら答えた。
「山口がちょっとピリピリしてるかな」
山口とは、櫻狼ファイブの1人、山口 涼のことだ。勉強が得意で、颯といつも学年1位の座を争っているが、俺が知る限りは万年2位だ。
「ま、定期試験も近いしな。テスト前にピリピリしてるのはいつものことだろ?」
「うん。恒例行事♪ 」
櫻狼ファイブには、颯をトップとするヒエラルキーがある。それぞれのメンバーには他者より秀でた分野があり、たとえば、山口は勉強、斉藤であれば野球がそれだ。
ん?
珠凛は何で加入しているんだろう。実は隠された能力があったりとか?
「珠凛は何の特技で櫻狼ファイブに入ったの?」
「え? わからない」
「……」
そのことに疑問を感じたことすらないようだ。
珠凛はパンっと手を叩いた。
「あ、可愛い担当?」
「いや、美貌なら東宮の方が上でしょ」
東宮とは、東宮 彩葉のことだ。現役の高校生アイドルで、その美貌はウチの高校では群を抜いている。
珠凛は涙目になった。
「ウチだって、彩葉の方が可愛いの自覚してるもん。でも、蒼空くんには一番って思ってもらいたいのっ!!」
「俺は珠凛の方が好みだよ」
「ふーん。嘘っぽいなあ……♡」
珠凛がチョロすぎて心配になる。
「他には変わったことは?」
「こいつ、スルーしてるし……あとは、夏美がちょっと大変そう」
「え、あの巨乳の子がどうしたの?」
珠凛はむくれた。
「どーせ、ウチは小さいですよーだっ。べーっ」
そういう珠凛だって小さくはない。Dカップで俺としては、むしろ理想のサイズなのだが、伝えてはいない。
「んで、夏美がどうしたの?」
「最近、夏美が嫌がらせされてるんだよ」
「なんで? 夏美って明るいしイジメられる要素はないと思うんだけど」
「斉藤、野球部辞めたじゃん。エースなのに地区予選の直前にやめて、野球部内ですごい反感をかってるみたい」
俺は斉藤の事情はある程度、把握している。斉藤は祖父がプロ野球選手、父が元甲子園球児だ。そのため他の部員にとって斉藤は、羨望であり嫉妬の対象でもあった。
そこに斉藤の負けん気の強い性格が災いしたのだろう。先輩と口論したのをキッカケに、斉藤は野球部内で日常的に嫌がらせを受けるようになった。斉藤が実力をつける程に嫌がらせはどんどんエスカレートして、やがて、先輩の指導という名目で行われる暴行になった。
そこに今回の自分都合の退部だ。
「でも、それがなんで夏美の問題に?」
珠凛はケチャップを手に取ると、おれのオムライスにハートマークを描いた。
「斉藤と夏美、仲良いし幼馴染じゃん。クラスにもう1人野球部の子いるから、そこから広がって。あの子、髪も金髪だしネイルしてたり目立つじゃん? そういうのもあって、夏美もムカつくってなってるみたい」
部員の怒りの矛先が、斉藤の幼馴染の夏美に向かったということか。常に誰かに噛み付いてないと気が済まないのだろう。カスどもが。
「野球部の子って、植村さんだっけ?」
「うん。植村 沙也加。沙也加が嫌がらせの中心なの」
(夏美と沙也加は同じ部活の仲間だよな……)
植村 沙也加はクラスメイトだ。
身長も胸も小さめで、長い髪を後ろで2つに結っている。キッとした目元が印象的だが、美少女の部類に入ると思う。
「ふーん。なんか、飯がまずくなる話題だな。違う話しよう。珠凛の初恋は?」
「そんなん目の前の……」
トゥルルル。
俺のスマホが鳴った。見覚えはない電話番号からの着信だ。
「……はい。月見里ですけど」
「あ、蒼空? おれ。斉藤なんだけど……」
呼び捨てとか、馴れ馴れしくてムカつくんだが。
「なに? 退学する決心でもついた?」
斉藤は歯切れの悪い口調で続けた。
「……あのさ。お前に頼める立場じゃないのは分かってるけど……」
その先は大体、想像がついた。
「ならかけてくるなよ。……んで?」
「夏美がピンチでさ。助けてやってくれないか?」
ほんと、どの口がいってるんだか。