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第14話 2人目の獲物⑥


 「蒼空そらくん。ダメ」


 珠凛の声で、俺は言葉を止めた。

 

 俺は攻撃を続けようとしたが、珠凛が俺の手をギュッと握った。これ以上は止めろという意味だろう。


 俺が頭を掻くと、珠凛が体を寄せてきた。

 俺らは、力なく立ち尽くす斉藤を放置して、そのまま立ち去ることにした。


 

 廊下を歩き始めると、珠凛は手を離した。


 「ごめん。ウチとの関係は秘密にしないとだったね」 

 

 「あぁ。今後のリベンジがやり難くなるし」


 いずれバレるだろうが、バレないに越したことはない。


 俺は続けた。


 「さっき、俺を止めたけど、斉藤のためか?」


 珠凛は首を横に振った。


 「違う。斉藤なんてどうでもいい。あのね、あのままやらせたら、蒼空くんが遠くにいっちゃうと思ったの」


 あぁ。ダークサイドに落ちる系のヤツね。

 心配されてるってことか。


 俺は珠凛の頭を撫でた。

 「じゃあ、帰ろっか」


 珠凛は俺のアパートに来ている時間がどんどん長くなってきて、いまや週の半分以上はいる。


 帰り道にスーパーに寄った。

 すると、珠凛が細いキュウリを持ってきた。なにかニマニマしている。


 「……この子より、蒼空くんのほうが立派♡」


 「比較するなら、ズッキーニとか持ってこいよ」


 珠凛は笑いながら、キュウリを返しに行った。ったく、お前はオッサンか?!


 会計を済ませ、ビニール袋の手提げ部分を一つずつ持って歩いていると、珠凛が言った。


 「ウチ、もっと持てるから、こっちに重くしてもいいよ」


 「女の子に重心かけられないでしょ」


 すると珠凛は笑った。


 「キザ星人が、またウチを口説いてるっ。あのね、蒼空くん、いつも歩調を合わせてくれるから、ウチすごくすごく嬉しいんだ」


 (咲姉の教え、効果が半端ないし)

  

 珠凛は、はにかみながら続けた。


 「それとね。蒼空くん、本当に重い荷物はスッと持ってくるじゃん? 小さい荷物は無視なのに。なんか、ウチのこと見ててくれるんだなぁって、いつも嬉しいんだ」


 (咲姉の教え、ほんと効果が半端ない)


 珠凛は右手を握って胸の辺りに添えた。


 「ウチ、人にそんなに優しくされたことないから……」


 (それは、お前の周りの人間に問題があるだけだと思うぞ……)



 家に帰って部屋に入ると、すぐに珠凛が馬乗りになってきた。


 「え、珠凛。ちょっと待って。まだシャワーも浴びてない」


 (なんか俺、乙女みたいだ)


 すると、珠凛はペロッと舌を出した。


 「今日は汗かいてる蒼空くんがいい。わたしを守ってくれたそのままの蒼空くん。大きい背中で守ってくれて、嬉しかったよ。今日はいっぱいサービスするからね♡」



 ……。


 「ハァハァ……。蒼空くん、気持ちよかった?」


 「うん、すげーよかった」

 

 「これなら、夏美を抱いたりしない?」


 あぁ。

 さっきの斉藤との会話を気にしていたのか。


 「あぁ、あれは、その、なんだ。冗談っていうか」


 「ふぅーん。結構、本気だったように見えたけれど?」


 まぁ、半分は本気だったんだけどね。

 夏美を堕として、行為の写真をアイツに送りつけたら、どんなに愉快痛快なことか。


 確実にトドメを刺せる気がする。



 ……俺は珠凛のことを見た。

 チュッチュと俺の全身にキスしている。


 「珠凛。俺が他の女としたらイヤ?」


 「イヤだけど、蒼空のリベンジに必要なら我慢する……」 

 

 「珠凛には言ってなかったけどさ。うちのばーさんの遺言、『人生一穴』なんだよ」


 珠凛はケラケラと笑った。


 「なにそれーっ。一穴って、ウチだけって意味? ってか、蒼空くんのおばあちゃん元気じゃん!!」 


 「あはは。バレた?」


 「もう。嘘つきキザ男っ」


 珠凛は俺をポカポカと叩いた。



 ……ばーちゃんは元気だけど、じーさんは死んでてさ。本当の遺言は「偕老同穴かいろうどうけつ」なんだ。


 これはね、夫婦がお互いを大切にして最後まで仲良く添い遂げるって意味なんだけど、俺もそれは正しい価値観だと思ってる。



 「珠凛」


 「ん?」


 珠凛は首を傾げ、ポカンとしている。


 「かわいいよ」


 「……ひゃっ!!」 


 珠凛は両手で顔を隠した。

 全裸なので胸元が紅潮しているのが見える。


 「何その反応? ウケるんだけど」


 珠凛は口を尖らせた。


 「蒼空くんのイジワル星人!!」



 なんとなく、珠凛とならずっと仲良くできそうな気もするけれど……、復讐を終えていない俺にとって幸福は毒だ。珠凛への気持ちに深入りするのはやめておこう。

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