第12話 2人目の獲物④
(やっちまったあああ)
俺は心の中で、激しく後悔していた。
珠凛を助けたことにではない。斉藤を蹴り飛ばしてしまったことにだ。
斉藤がこのまま逃げ出したり、気絶でもした日には、時間をかけてやってきた仕込みがすべて水泡に帰してしまう。
俺は換気口の方を見た。
すると、人影が動いていた。
花鈴と夏美か。
撮影も続いているだろう。
できれば、夏美には、斉藤が珠凛を襲っている姿をその目で見て欲しかったのだが……。
「うぅ……」
斉藤は呻きながら起きあがろうとしている。
ナイスだ。斉藤!!
死んでないし、気絶もしていない。
こうなった以上、コイツには、元気に俺を殴ってもらわねば困るのだ。
俺は珠凛を庇うように抱きしめた。
珠凛は俺に抱きつくようにしがみついている。
(助けるのが遅いって、きっと失望されちゃうな)
珠凛は言った。
「ウチ、蒼空くんの役に立たなくてごめん。でも、ありがとう……えぐっ。怖かったよぉ」
「俺こそゴメン」
「あのね、斉藤に胸も揉まれて……無理矢理キスもされちゃった……。ごめん。……ウチのこと嫌いにならないで」
(ほんとゴメン。もうこんな怖い目には遭わせないようにするから)
背後で斉藤が叫んだ。
「ブタがぁぁぁ。てめぇ、ふざけるなよ!!」
(よし、元気に激昂してくれている)
斉藤は起き上がると、そのままの勢いで俺の背中を蹴り付けた。打撃の度に、身体の中に衝撃音が響く。
「うっ……」
(思ったより痛い)
斉藤は更に声量を上げた。
「てめぇ。なんか言えよ!! このブタが。ゴミが。死んでもしらねぇからな」
ゴロンと何かが転がるような音がして、視界の端にあったバットが動いた。
斉藤はバットで俺を殴ろうとしているらしい。
俺は珠凛を抱きしめる腕に力を入れた。
その時だ。
「やめなさい!!」
中年男性の声が聞こえた。
振り返ると、踏み込んできた教員だった。教員達は斉藤を取り押さえたが、斉藤は激しく抵抗してあばれた。
俺は立ち上がって、自分のワイシャツを珠凛にかけた。教員の1人は半裸で頬を腫らした珠凛を見ると、斉藤の胸ぐらを掴んで怒鳴った。
「……お前、洒落にならんぞ!!」
先生達の後ろには花鈴がいた。
花鈴は俺と目が合うと、こそっとピースサインを作った。
ナイスだ。花鈴はオーダー通りに一番正義感が強い教師に声をかけてくれたらしい。
本当は、俺は始終を見届けてから、花鈴に教師を呼びに行かせるつもりだったのだが……。花鈴が機転を利かせてくれたようでよかった。
(ほんと良かった。教員が来てくれるかヒヤヒヤしたぜ)
俺は珠凛を見た。
まだ震えている。
仮に珠凛を庇って、俺がバッドで殴られたとしても、……自業自得だったよ。
「ごめんな。珠凛。遅くなって」
「ううん、ほんとは助けてもらえないのも計画なのかなって思ってた。でも、やっぱ、嬉しいです。ふぇ……ぇ……」
(これからも珠凛には手伝ってもらわないといけない。……珠凛に気持ちを伝えるのは、全ての復讐が終わった後にしよう)
俺は珠凛の頭を撫でた。
すると、珠凛は俺の腕の匂いを嗅ぐような仕草をした。
「やっぱり、この匂い安心する。ねっ。蒼空くんのカッコいい身体、みんなに見られちゃうよ? 強いのバレたら困るんでしょ?」
「いいんだよ。お前の身体を他のヤツに見せたくない」
咲姉に仕込まれた言い回し……でも、嫌悪感がない。きっと俺の本心なのだろう。
「蒼空くんのキザ星人っ。そんなん言われたら、女の子は好きになっちゃうんだよ?」
その後、俺らは別室に連れて行かれた。
そこで事情を聞かれるらしい。
不同意性交罪は未遂であっても立派な犯罪だ。学校としては事実を知った時点で、通報すべき義務がある。
つまり、これからの時間は学校側の保身の為の時間だ。仕込みの段階で知ってはいたが、この学校の事なかれ体質にも困ったものだ。
ま、この際、その方が都合がいいのだが。
すぐに理事長が駆けつけ、一緒に話を聞くと言った。理事長は息が上がっている。それだけ、この事案を問題視しているということだろう。
そうなるように仕向けたのだが。
理事長は言った。
「斉藤くん、君が村瀬さんに乱暴しようとしたのは本当か?」
「いや、それは、こいつ。この女が誘ったんですよ」
そういう斉藤はしどろもどろだった。
理事長は珠凛に発言を促した。
「ウチ、斉藤くんに体育館裏に来いって言われて、そしたら倉庫に連れ込まれて。ほっぺを何度も叩かれて、股を開けって……うぅ。怖かったです」
よし。迫真の演技だ。珠凛にも事情を伏せたからな。だから、珠凛にとっては、どれも演技ではなく事実なんだが。
俺は手を上げた。
「……それで、偶然に気づいた俺が助けに入ったんです。何度も蹴られて殺されるかと思いました。背中のアザを見てください」
すると、さっきの教員が発言した。
「理事長、わたしが駆けつけた時、斉藤は金属バットを振り上げていました」
金属?
まじか。木製バットかと思ってたぞ。
危うく、本気で殺されるところだった。
斉藤が割って入った。
「この女が誘ったんですよ。俺はハメられたんです。あ、そうだ。これ見てください。この女、俺にコンドーム渡したんですよ」
斉藤はポケットに手を入れると、珠凛が渡した小袋を取り出した。手先が震えているらしく、何度もジッパーを開けようとしたが、うまくあけられない。
イラつき力任せに袋をこじ開けると、コンドームと小箱が落ちた。小箱は場面に落ちると蓋が外れて、中から銀色シートの錠剤が出てきた。
錠剤は3錠で、その中の一つはシートが破られ錠剤が取り出されていた。
理事長は言った。
もはや、コンドームのことなんて見ていない。
「これは……なんの薬だ?」
俺は斉藤が口を開くよりも先に言った。
「理事長、良い機会です。前々から調査を依頼していたドーピング検査の件、今、この場で実施してもらえませんか?」