第10話 2人目の獲物②
それから数日後の朝。
俺は珠凛と通学路を歩いている。
「……という訳だ。花鈴に噂を流させるから、お前は斉藤に誘われたら、これを人目に付かないタイミングと場所で渡すように」
俺は、珠凛に小箱を渡した。
珠凛はむくれている。
「蒼空くん、あのね。パンツ履いてないとスースーするんだけど……。ノーパンプレイとか言ってたけど、ウチ、恥ずかしい……。あと、これ。へんなビニールに入ってるんだけど、このまま渡すの?」
珠凛は箱をジロジロと見ている。
箱は星柄の不透明なビニール小分け袋に入っている。
「ああ。勝手にチャックから出すなよ? ちゃんとさっき教えた通りに言うようにな」
「そんなの、ウチ、犯されちゃうかもしれないじゃん……」
俺は珠凛の頭を撫でた。
「何かあったら必ず助けてやるから、俺を信用して」
珠凛は頷いた。
「……わかった。言う通りにしたら、ウチが蒼空くんにした酷いこと、忘れてくれる?」
「あぁ。全部、水に流す。約束する。じゃ、一緒にいるの誰かに見られるとマズイから、ここでバイバイな。あと、パンツは履くなよ?」
「分かった……。ウチ、別に知られてもいいのに……」
珠凛は不満があるようだったが、俺は珠凛から離れた。珠凛との関係は、秘密であればこそ手札になるのだ。不必要に明かす必要はない。
珠凛と入れ替わりで花鈴が俺の横に来た。
「蒼空さん。言われた通り、夏美ちゃんと仲良くなりました」
夏美……高須 夏美はクラスメイトで、斉藤の幼馴染だ。先日、珠凛が言っていた斉藤を好きな子というのは、やはり夏美らしい。
斉藤が珠凛に好意を持っていることを知っているのだろう。やたら珠凛をライバル視している。
野球部のマネージャーをしていて、普段は派手目の金髪なのに、試合の期間は黒髪に染めるらしい。そんな面倒なことをして、もしかすると、金髪も珠凛に張り合っているのかもな。
「サンキュー。あとは、タイミングをみて夏美を体育館倉庫まで連れてきてくれ」
「分かりました。わたしは、あくまで何も知らない体でいきますんで……」
「あぁ。お前には迷惑はかけない」
花鈴は必要なことを言うと居なくなった。
俺は、かつて、陽葵と歩いた通学路を1人でトボトボと歩く。
スマホを開き、陽葵の写真を見た。
写真の陽葵は、笑顔でカメラの方を見ている。
(……陽葵。ちゃんと復讐してやるからな)
教室につくと、俺は相変わらずだった。
誰とも話さないし、授業中も目立たないようにしている。見た目だけは最善されたので、女子から嫌悪されることは無くなったが、男性からは嫉妬という新たなヘイトを向けられている。
樹兄に言われたのだ。
底辺だと思われていた方が、俺の復讐には、何かと都合が良い。
コンッ。
俺の頭に消しゴムが当たった。
斉藤が投げたらしい。
斉藤はニヤニヤしながら、近づいてきた。
(結構、離れてるのに凄いコントロールだ。さすが期待のエースと言ったところか。ま、もうすぐ、それも全部、ゴミ同然になるが)
斉藤は俺の前で止まると、わざとらしく鼻を摘んだ。
「くさっ。デブじゃなくなってもクセェもんは
クセェんだな」
(クズでいてくれて有難う。お前が泣いても、全く良心が痛むことはなさそうだわ)
俺は横目で珠凛の方を見た。
すると、斉藤を睨んで、顔を真っ赤にして怒っていた。
……今にも斉藤に文句を言いそうだ。
(頼むから、何もしないでくれよ?)
珠凛って、心を許した相手には底抜けに優しいのかも知れない。
先日、珠凛がアパートに泊まったのだが、俺は悪夢でうなされていたらしく、起きると珠凛に抱きしめられていた。……少なくても、身体を通じてからは、俺に対しては、一途ですごく良い子だ。
だから、これから珠凛の身に起こることを考えると、心が痛むのだ。
6限が終わると、俺は珠凛にメッセージを送った。珠凛は頷くと、斉藤に話しかけた。
指示通りであれば「2人で話したい、自主練のあと時間作って」と言っているハズだ。
珠凛からメッセージが来た。
「体育館裏で会うことになった」
よし。
思った通りだ。
後は、頃合いをみて、俺も体育館裏に行けば良い。
花鈴から夏美に「珠凛が体育館倉庫で、男とセックスをしている」という噂を吹き込んでもらった。
夏美は斉藤のことが好きで、珠凛をライバル視している。であれば、珠凛を下げるために、この噂を使うだろう。夏美と斉藤は幼馴染で気軽に話せる仲だ。必ず、斉藤に珠凛の話をするハズだ。
この話を伝えるのは、斉藤が信用しているであろう人間。つまり、高須 夏美がベストだ。
珠凛に振られた斉藤は、この噂をどう思うだろうか。斉藤はそれなりにモテるしプライドが高い。自分を振った女が体育館倉庫で他の男と行きずりのセックスをしている。これは、屈辱以外の何者でもないハズだ。そして、「問い詰めてやる」あるいは「俺もあわよくば……」と思うのではないか?
そして、案の定。
斉藤は、珠凛と2人になる場所として、体育館裏を指定した。
あとは、珠凛が倉庫に連れ込まれるのを確認して、倉庫の外鍵を閉めれば……、分かりやすい展開になるだろう。
俺は珠凛を許した訳じゃない。
陽葵の現状を考えれば、……許してはいけない。
珠凛は犯されるだろう。
きっと、泣いて抵抗する。
合意は成立しない。これは強姦だ。
現場の証拠を押さえれば、斉藤にとっては致命傷だ。そして、夏美にその現場を目撃させる。
もっと追い詰める方策は準備してあるが。
これだけでも、斉藤は終わりだ。
珠凛については……、咲姉との訓練でこのシチュエーションは想定してある。
犯された珠凛は、必ず俺に縋ってくる。
今の珠凛は、俺に完全に依存している。
自分が汚れるほど、俺のために何でもするようになるハズだ。あとは、自殺したりしないように、ほどほどに優しくしてコントロールしてやれば良いだけだ。
約束通り、犯された後に助けてやる。
そう。
今の俺には簡単なことだ。
俺は、あの時俺の半裸の写真をとっていた斉藤のニヤけた顔と、手首を切った陽葵のことを思い出した。
……これは復讐のためには必要なことだ。