31 十八歳の誕生日④
区切る関係で短めです
*
夜の離宮は、先ほどまでの賑わいが嘘のように静かだ。
石畳を踏む音が小さく響き、ドレスの裾がかすかに揺れる。その一つ一つが現実の感触のはずなのに、どこか夢の続きを歩いているような心地がする。
(まだ、ふわふわするわ)
頭が、まだ落ち着いていない。
本当に、色々ありすぎたんだもの。
ぐんと冷たくなった夜風が頬を撫で、それでも寒さを感じない。
夜会の光景が、何度も脳裏に浮かぶ。お父様の言葉で、東部での功績が語られたこと。
(それに……まさかキース様が侯爵家の当主になっただなんて⁉︎)
当主の身体の不調という理由で、代理を務めていたキース様がヴィンターハルター家の当主となると告げられた瞬間、広間にとんでもないざわめきが巻き起こった。
原作で知っている展開とは、あまりにも違っていた。
キース様はもっと影の立場にいて、危うい存在だったはずなのに。今夜の彼は、多くの視線を集めて当然のように祝福されていた。
ルーク兄様とも微笑みあっていたし、エーファ様も幸せそうにしていた。みんなが光に包まれていて、本当に夢のような光景だった。
『リリーベル様。お手を』
その流れでキース様から差し出された手を、わたしは迷いなく取った。
音楽に導かれて踊った時間は、あまりにも自然で、気づけば緊張も忘れていた。
視線が合うたびに胸が騒ぎ、距離が近づくたびに心臓の音がうるさくなる。それでも、不安よりも安心の方が大きかった。
夜会が終わり、離宮まで送ってくれたのもキース様だった。
夜風の中で交わした言葉はどれも静かで、落ち着いていて、それなのに不思議と心に残る。
『あなたが笑っていると、安心します』
思い出すだけで、頬が熱くなる。
(……どうして、こんなふうに言われると落ち着かなくなるのかしら)
別れ際に向けられた微笑みは、いつもより柔らかく見えた。その余韻を振り払うように、わたしはひとりで庭を歩き、泉のほとりへ向かった。
月明かりを映した水面は穏やかで、波一つ立っていない。
そっと手を伸ばすと、冷たい水が指先に触れ、思わず小さく息を吐いた。
「本当は、わかっているんだけどね……」
自分に言い聞かせるように呟き、もう一度水面を見る。
そこに映る顔は、少しだけ大人びて見えた。
十八歳の誕生日には、何か取り返しのつかない出来事が起こるはずだと、ずっと思い込んでいた。
けれど実際に迎えた夜は、死でも破滅でもなく、祝福と評価に満ちていた。
それでも、泉の前に立つと、胸の内が静かに揺れる。
(わたしは、もう大丈夫なのかな)
そう確かめるように、もう一度、水に触れた。
昨日はバタバタしていて泉に来れなかったけれど、一昨日見た夢では向こうのリリーベルには、変わりはなかった。感染症の蔓延で城はピリピリとしていて、すごく嫌な空気だった。でも、リリーベルは生きていた。
泉に触れると、冷たさが指先から伝わり、浮ついていた気持ちが少しずつ現実へ戻っていく。
(いつか、この夢でわたしは彼女の死の原因を知るのかな)
その時が来るのがこわい。意を決して魔力を流すと、ちゃぷちゃぷと水面が揺れた。




