29 十八歳の誕生日②
「いや、そうじゃなくってさ……」
「リリーベル、流石に俺もそれはどうかと思う」
ローラント兄様も呆れ顔だ。
お兄様たちはお相手が決まっているからいいですけれど、わたしは結構切羽詰まっているのですが。まさかお父様となんてことはないよね?
肝心の死因についての考察も終わっていない。今日一日どう過ごそうかと考えると、とても気が重い。
――コンコン
そんな時、部屋の扉が二度ノックされた。
この部屋を訪ねることが出来る者は限られている。
まだ開始には時間があるから、呼び出しでもないだろう。
「来たね」
「来たな」
ほぼ同時に、お兄様たちが扉の方を見遣る。
二人には、来訪者の予測がたっているらしい。
「――失礼いたします。リリーベル様」
「っ、キース様……!?」
王宮の侍女に促されて入室してきたのは、キース様だった。煌びやかな盛装と、それに負けない本人の美しさ。軽く後ろに撫でつけられた横髪がとんでもない色気を放っている。
「どうしてこちらに……!?」
慌てふためいた私は、急いで立ち上がってドレスの裾をパタパタと払う。
完全に油断していた。
「キースが来たのなら、僕もそろそろお姫様を迎えにいこうかな」
「俺もだな」
お兄様たちはわたしの方ををちらりと見ると、颯爽と部屋から去っていった。退出間際に、扉のところで立っているキース様に何やら言付けをしていったようにも見える。
取り残されたのはキース様とわたし。
部屋の隅にはアデリナたちも控えているが、慣れたもので完全に気配を消している。
「リリーベル様、お誕生日おめでとうございます」
「ありがとうございます、キース様。わざわざ来てくださって嬉しいです」
彼が私の誕生日を祝うために来てくれたと思うと、面映ゆい気持ちになる。
もちろん国家行事でもあり、キース様は侯爵子息なので強制参加させられたのだろうけれど、それでも嬉しい。
推しに会えるのはいつでも嬉しいのだ。
「……?」
なぜだかキース様は一瞬だけ難しい顔をした。
気のせいだったかと思うほど、キース様はいつもの無表情に戻る。涼やかな目元が今日も美しい。
よく見たら、後ろ髪が少し乱れている気もする。ピョンと跳ねていて、いつも完璧なキース様にしては珍しいかも。かわいい。
「…………」
「…………」
……あら?
てっきり、祝いの挨拶のために来てくれたのだと思ったけれど、それ以上会話が続かない。
かと言って、退室するような素振りもない。
にこにことしながら、わたしは内心かなり焦っている。式典が始まってしまえば、パートナーを探すタイミングなんてない。
「――そうだわ!」
「――リリーベル様」
ほとんど同時に、わたしたちは口を開いた。
「あっ、ごめんなさい。キース様からどうぞ」
「いえ、リリーベル様からで大丈夫です」
お互い譲り合うも、また沈黙が起きるばかりだ。心なしか、キース様の表情にも焦りが見える――ような気がする。
「……では、私の方からよろしいですか?」
「はい、どうぞ!」
先にそう言ったのはキース様で、わたしはそれを快諾する。
キース様の用件は分からないけれど、わたしはこれからいちかばちかキース様を誘ってみようと思っている。
きっとご予定があるはずだけれど、砂つぶほどの可能性に賭けたい。
「リリーベル様。あなたの憂いは取り去りました」
キース様は、胸に手を充てるとそう言って小さく腰を折った。
「えっ……?」
うれい。ウレイ。
突然のことに、わたしは目を丸くする。
「ずっと恐れていらしたでしょう。今日という日を」
「どうして……知って……」
「勉強会の最中、魘されていました。『十八歳になったら死んでしまう』とうわ言のように言っていましたし」
「ひえ」
どうやらわたしは、キース様との勉強会で眠りこけた挙句、寝言まで言っていたらしい。
もう何から言っていいか分からないが、これだけは言いたい。
「わたし、よだれは大丈夫でしたか……?」
「……」
「あっ! ちょっと、キース様ったら目を逸らさないでくださいよぉ!」
わたしでさえ覚えていない居眠りの際、完全に緩んだ顔をしていたに違いない。
好きな人によだれを見られた。憤死ものである。顔が熱く、赤くなっていることが自分でもわかる。
まさかこれが死因じゃないかと思ってしまうまである。
「邪魔する者は排除したつもりです」
キース様は終始穏やかで、落ち着いている。
その雰囲気に気圧されるように、わたしはコクコクと頷いた。
「リリーベル様、そろそろ向かいましょう」
混乱の中、キース様にゆっくりと手を差し出される。形のいい唇がゆるりと弧を描き、妖艶な笑みへと変わる。
(――なんて綺麗なんだろう)
あまりの美しさに、わたしは思わず見惚れてしまった。
夢現のような手を取ると、その手をそっと包み込まれ、彼の左腕へと誘導される。
「キース様、これではまるでエスコートのようですね」
「え……」
「えっ」
「……」
彼の左腕に右手を差し込んでいるわたしは、これまでにないくらい密着している。
このまま会場に到着してしまえば、ラッキーなことになし崩し的にわたしがパートナーのように思われてしまうかもしれない。
そう思って努めて明るく話してみたのだけれど、キース様はまた先程のような不可解な顔をした。
「なるほど。そうですね、リリーベル様でした」
「なにがですか⁉︎」
「いえ。私の言葉が足りませんでした。確かにルークもそう言っていました」
キース様は独り言のようにそう言うと、隣に立つ私の方に向き直り、またあの妖艶な顔をする。
「リリーベル様。このまま私がエスコートをさせていただいても構いませんか?」
「そっそれは、渡りに舟でとてもありがたいです……!」
「いいのですか?」
「はい、もちろん!」
随分と念押しされながら、わたしは笑顔を返した。断るわけがない。
「キース様にエスコートしていただけるなんて、最高に幸せです」
「……っ、また、あなたは……」
キース様の美しい顔が歪む。心なしか頬に紅が差した気がして、これまた眼福だ。
先程までの憂鬱な気分が一気に吹っ飛び、今ならスキップ出来そうなくらいに足取りが軽く感じる。
「リリーベル様、きちんと歩いてください」
「はい、ごめんなさい……」
本当にスキップをしていたようで、オカンと化したキース様にたしなめられる。
昔から続く、わたしとキース様の心地のよい距離感だ。
会場につき、王族であるわたしは広間に降りる階段からの登場となる。大きく設けられた踊り場から下のフロアの人たちに控えめに手を振って、あとはキース様の腕を頼りに階段を降りるだけだ。
隣を見れば、いつにも増して美しいキース様がなぜだか甘やかな表情で私を見ていた。
「あ、そうだわ。キース様、少しこちらに頭を下げていただけますか?」
ちょいちょいと手招きすると、キース様は不思議そうにしながらそのとおりにしてくれる。
(そういえば、キース様の後ろ髪が跳ねていらっしゃるのだったわ。下に行く前に直してさしあげないと)
そう思って、近づいてきたキース様の後頭部に何の気なしに腕を伸ばした私は、その髪の跳ねたところを三度ほど撫でた。
「「「――――!!」」」
途端に、会場から悲鳴のような歓声のようなものが上がり、わたしは思わずびくりと肩を揺らす。
「な、なに?」
何が起きたのか全く分からない。なんなら、目の前のキース様すら目を見開いていて、今まで見たことが無いほど固まっている。
眼下に目をやれば、令嬢たちも皆こちらを見ていて、目を手のひらで覆うようにしていたり、扇子を口元に充てていたりと仕草は様々だけれど――全員、頬を赤らめている。
令息や紳士淑女たちだって似たようなものだ。
(完全に何かやっちゃってる……!)
今度は慌てて階下にいるお兄様たちの方を見る。
「ひっ!」
般若がいた。ふたりも。それにエーファ様も顔を赤くしている。




