28 十八歳の誕生日①
お城には、やわらかな春の気配が満ちている。
冬の名残をわずかに残していた空気はすっかり和らぎ、淡い陽光が石畳や若葉を照らしている。枝先には小さな花がほころび、風が吹くたびに甘い香りがふわりと流れた。
終わりと始まりが重なるこの春に、わたしは十八歳を迎えた。
「リリー、おめでとう!」
「……ありがとうございます。ローラント兄様」
いよいよこの日が来てしまった。快活な笑顔を見せるローラント兄様に、わたしは引きつった顔でお礼を言った。
「リリーも成人か。思い返すと早く感じるね。おめでとう」
「はい、本当に……」
ルーク兄様にも祝われて、わたしは語尾がもごもごと小さくなってしまう。
これから身支度で大忙しになる直前、二人のお兄様がこうしてわざわざ挨拶に来てくださったのだ。
とても楽しく嬉しい日であるはずなのに、わたしの顔色はきっと冴えないことだろう。
考え過ぎて眠れず、アデリナたちにも心配されてしまっている。隈は隠せるだろうか。
(ついに、十八歳になってしまった)
物語で、ナレ死する脇役王女。
これまで必死で覚えた医学も薬学も、自分のために発揮する機会はここまで全く無かった。だとすれば暗殺か何か⁉︎と警戒してみたものの、王女を暗殺する必要もないほど我が国の政権も安定しているように思える。
お兄様たちがすっかり仲良くなり、マルグリット妃も健在。そしてどこか柔らかくなったらしい国王……王家は至って平和である。全員の方向性が同じではないにしろ、筆頭貴族だったヴィンターハルター侯爵がめっきり城に顔を出さなくなったことで派閥争いも鳴りを潜めている。
(十八歳の誕生日に、何かが起こる)
胃腸の調子も悪くないし、お肌も磨き上げられてぴちぴちだ。咳も鼻水も大丈夫。急病の傾向もなさそう。
それなのに、お兄様たちにトラウマを植え付けるレベルの最期を迎えるということは、突然凄惨な最期を迎えるのだろうか。
(……何それこわすぎない?)
「リリー、どうした。ひどく顔色が悪いが」
ローラント兄様のごつごつとした手が私の額に添えられる。毎日鍛錬を欠かさないお兄様には、それはもう素敵な筋肉が育っている。
「本当だね。今日の夜会は中止にしようか」
「それもそうだな、ルーク。主役はリリーだからな」
「じゃあローラント、早速――」
ぼんやりとしている間に話がとんでもない方向に進んでいっていた。
「まっ、待って待って、お兄様たち!」
この三年で過保護と化したお兄様たちが、わたしのためにこの国家行事まで動かそうとしているんですが。
「本日は諸国からの来賓の方たちもお見えなのでしょう? わたしは楽しみすぎて寝不足なだけですので大丈夫ですよ! ほら」
寝不足の姫のために予定を延期するとあっては、この国の信頼がガタ落ちしてしまう。もっとも、そのあたりは二人のことだから上手くやるのだろうけど。
わたしは笑顔を作って、ついでに元気を示すために両腕を曲げて力こぶのポーズをした。情けなくも、ほわっとした二の腕が幾分かキリッとなっただけだけれど。
「ふっ、リリーがそう言うなら」
「念の為に治癒魔法をかけておこう」
精悍なローラント兄様と朗らかなルーク兄様。二人に頭を撫でられながら、わたしは決意を新たにする。
わたしはこの優しいふたりの心に傷を作りたくはない。
だから絶対に、死ねないのだ。
「……せっかく延期になると思ったのに」
「? ルークお兄様、どうかしましたか?」
「ううん、なんでもないよ」
一瞬、ルーク兄様の声がしたような気がしたが、顔を上げても優しい笑顔があるだけだ。
二人に挟まれて、私の不安も幾分か晴れてゆくような気がした。
「ほら、ルーク兄様。エーファ様をお迎えに行くお時間ではないですか?」
「ん。そうだね」
わたしがそう告げると、ルーク兄様は短く返事をした。
(この展開は、小説と違うんじゃないかしら!)
わたしはひそかに希望を抱く。
そうなのだ。悪役令嬢の役割を担うはずだったエーファ様とルーク兄様の婚約がいつの間にか整っていた。
キース様を通じてエーファ様と仲良くなったわたしは、一瞬で彼ら兄妹を推す者となったわけなのだけれど、その話を聞いた時は喜びすぎて大変だった。
きっとあの世界では、彼女のツンデレなところが誤解されていたに違いない。
ついつい高圧的な態度を取ってしまうのも、きつい物言いになってしまうのも根底はルーク兄様を好きすぎるからなのだ。
わたしはルーク兄様に『ツンデレ』について懇々と説明をした。
その気持ちが伝わったのか、今ではルーク兄様もエーファ様のツンを優しい眼差しで見ているような気がする。
「そういえば、ローラント兄様も、本日は貴賓のアーデルハイド王女殿下のエスコートがあられるのですよね。お時間は大丈夫ですか?」
わたしは今度はローラント兄様の方を見る。盛装が筋肉でパツパツだ。お兄様に似合うよう騎士服のようなデザインが模してある。
ローラント兄様にも、隣国の王女殿下からエスコートの依頼があっている。てっきりまたキース様と組むものだと思っていたから、昨日聞いた時は驚いた。
「ああ。だがしかし、まだリリーを一人にする訳にはいかないからな」
「お兄様、わたしは大丈夫ですので、先に――」
皆に迷惑をかけるわけにはいかないと、そこまで言ってはたと気が付いた。
これまで死亡フラグのことしか考えていなかった上に、自分のことは兄様たちのどちらかがエスコートをしてくれると思い込んでいた。
でも、二人には予定がある。
「どうしたの? リリー」
ルーク兄様がそのご尊顔で心配してくれるご褒美を教授しつつ、わたしはおずおずと口を開いた。
「あの……今更ですけれど、どなたかにエスコートの依頼をするのを忘れていました……ハハ」
わたしは頭をかきながら、恥を忍んで二人にそう告げる。思ったとおり、二人の王子は目を丸くしている。
いや本当。大切な式なのに間抜けでごめんなさい。
「リリー、さすがにそれはどうかと思うよ」
「ええ、そうですよね……」
ルークお兄様に呆れられ、わたしは乾いた笑いしか出ない。
淑女であれば、夜会や式典にはパートナーを伴って出席するものだ。自分の生誕を祝うパーティに一人で登場するだなんて、常識的に考えてありえないだろう。
「今からでも、どなたかにお願いしてきます!」
二人の兄の胡乱な視線に耐えられなくなったわたしは、慌てて立ち上がってそう宣言した。




