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04  新しい侍女

***


「ん……? ここはどこ……?」


 目が覚めると、まず目に飛び込んできたのは、天蓋にかかる繊細なレースのカーテンだった。

 視界の端で、陽の光が静かに揺れている。


(……ええっと、何が起きたんだっけ)


 微かに鼻をくすぐるのは、清潔なリネンの香り。それから、ほのかに甘い薬草の匂いを感じる。


 状況がよくわからずに少しだけ首を動かすと、柔らかな枕が頭をしっかりと支えてくれた。肌を包む毛布もふかふかで、あの薄い布とはまるで違う。


「まあ、お目覚めになりましたか。リリーベル殿下」


 優しい声が耳に届き、わたしはゆっくりとまばたきをした。

 視線を向けると、見知らぬ侍女が控えめな笑顔を浮かべてこちらを見ている。


(え……誰だろう?)


 戸惑いが胸を締めつけた。心臓が痛いほどにはやく打っている。


(もしかして、リリーベルは、侍女が苦手だったのかな……?)


 そうとしか思えない反射だ。彼女のこれまでの記憶が、そうさせてしまっているような気がしてならない。


 そばに居る侍女の顔に嘲笑の色はない。

 冷たい視線も、蔑むような態度も。それでも身体はびくりと震えて、声が喉に引っかかる。


 顔色を窺ってしまうのは、癖なのだろう。

 言葉を出せずに慌てて体を起こそうとすると、すぐに別の侍女が駆け寄ってきた。


「リリーベル様。顔色が大変悪うございます。ご無理はなさらず……どうか、横になっていてください」

「お水をお持ちしました。喉が渇いていらっしゃいませんか?」


 そう言って、最初の侍女が水差しを傾け、銀のカップに澄んだ水を注いでくれる。


「あ、ありがとうございます……?」


 掠れた声が出た。

 わたしは混乱しながらも、勧められるままにその水を口に含む。ひんやりとした清涼感が喉を潤し、ほっと息をつくことが出来た。


(お水、おいしい)


 今まで、離宮で侍女たちがこんなふうに気を配ってくれたことは、一度もなかったな。


 食事は冷めたものを適当に運ばれ、着付けの際にはわざと苦しく締められたこともある。

 具合が悪くなっても、まともに世話をしてもらえず、この前みたいに放置されるのが当たり前だった。病気を移されたくないから、と。


「落ち着かれましたか? 驚かせてしまって申し訳ありません、リリーベル様」

「い、いえ……」


 頭を下げる侍女に、わたしはぷるぷると首を振る。

 ようやく頭がクリアになってきた。


 昨日の記憶が途中からないけれど、なぜか離宮に来たお兄様が『ひとまずこの部屋を移動する』と行っていた気がする。

 だからここはその移動先の部屋だ、うん。


(この侍女たちは、お兄様の手配した人たちなんだわ。だから優しくしてくれるのね)


 その事実に思い至ると、ひどく胸がざわついた。

 優しくされることに慣れていない。だから、こんなにも居心地が悪いのだ。


「……リリーベル殿下?」


 気づけば、侍女たちが心配そうに覗き込んでいた。

 リリーベルは慌てて微笑み、小さく首を振った。


「な、なんでもありません! こんなに冷たくておいしいお水をいただいたことがなくて!」

「え……」


 侍女のひとりの整った表情がゆがむ。

 あっ、慌てて余計なことを言ってしまったかもしれない。


「……それは、ようございました」

「前任の方たち、どういうつもりなんです!? 殿下がかわいそうすぎますっ!」

「こらベルネ、口を慎みなさい」


 怒った顔をした若い侍女を、先輩らしき侍女がたしなめる。


「お耳汚しを申し訳ありません,リリーベル殿下。熱は下がっていらっしゃるようですが、ゆっくり休むようにとルーク王子殿下からお言付けがございます」

「リリーベル殿下、身の回りのことは私どもになんなりとお申し付けくださいませっっ!」


 侍女たちは安堵したように微笑み、圧倒される私を他所に再び甲斐甲斐しく世話を始めた。

 食事を運んで来てくれて、パン粥なるものを口にする。


「……おいしい」


 あたたかくて、ほんのり甘い。

 いつぶりの食事かわからなくて空腹もよく分からなくなっていたけれど、そのひとさじをきっかけにしてお腹がぐうと鳴った。


「ゆっくりお召し上がりくださいませ」


 それから、ふたりに自己紹介をしてもらうことになった。

 柔らかな栗色の髪を二つに結った侍女は、ベルネというらしい。さっきプリプリと怒っていたかわいらしい子だ。


 まだ十五歳になるかならないかの若い娘で、真っ直ぐな性格なのだろう。一生懸命さがにじみ出ている。笑顔がとても輝いている。


「明日以降はまた、消化によいものを用意するよう厨房に伝えます」


 一方、淡い金髪をひとつにまとめたロザリナは、年若いながらも落ち着いた物腰と丁寧な言葉遣いで、どこか貴族の家庭で育ったような品の良さを感じさせる。

 冷たいお水発言を、怪訝な顔で受け止めてくれた侍女だ。


 これまで仕えていた侍女たちとはまるで違う空気に、わたしはまだ少しだけ戸惑っていた。


「リリーベル殿下、次はお召し換えをいたしましょう」


 ロザリナさんにそう言われて、わたしは自分を見下ろす。

 食事が終わってお腹が満たされると、身体のベタつきが気になってきた。

 これまでしばらく熱が出ていて寝たきりだったし、清拭などをされた記憶もない。


「湯浴みの用意をいたしますねっ!」


 そう言って、ベルネさんは元気よく浴室へと向かっていった。

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