03 光
「侍女………名前はエマと言ったか。これまでリリーベルの世話をどのようにしていたのか……少し、話を聞かせてもらおうかな?」
ルーク兄様から静かに告げられたその言葉に、彼女は青ざめた顔で身を縮こまらせる。
「わ、私はきちんと看病しておりました!」
慌てたように、侍女のエマが口を開く。
「今も別室で薬湯を用意していたところです。リリーベル様が常々部屋には誰も入るなと厳しく仰るので、最低限のお世話しか出来ずに私どもも心苦しい思いをしておりました!」
「他に侍女がいないのはなぜだ?」
「それもリリーベル様が、侍女をえり好みなさいまして。気難しいので、私しか対応できずにおりました」
「……ふうん、そうなんだね」
堂々と言い張るエマに対するルーク兄様の声は穏やかだったけれど、その表情はどこか硬い。
(――嘘だ。なんてでまかせを……!)
わたしは心の中で憤る。
少なくとも、わたしは目を覚ましてから水すらない部屋で一人きりだった。
そしてこれまで、リリーベルだって侍女に部屋に入るなと言った覚えはない。完全な嘘だ。ただ、世話を放置されていただけなのに。
けれど、高熱でまともに言葉も紡げないわたしには、それを否定することすら難しい。
高圧的だったエマに心の奥底では怯えているのか、リリーベルの口が動かないことの理由としてあった。萎縮してしまっている。
(……リリーベルは、この侍女が苦手だったに違いないわ)
ずっと心が冷えている。
彼女に部屋に入ってほしくないという気持ちはリリーベルにとっても本音で、ただそれは彼女たちの態度がひどかったからに他ならないのに。
言い返せない。くやしい。
おそるおそる彼女の方を見て目が合うと、お兄様たちに気付かれないように彼女はキッとまなじりをつり上げた。
「リリーベル。少し我慢しなさい」
「……?」
近づいてきたルーク兄様がわたしに手をかざすと、ぽうっとしたやわらかな光がわたしの身体を包み込む。
お兄様は希有な光魔法が使える最強ヒーローだから、こうして治療をする事が出来るのだ。天才だ。
「大丈夫ですか。リリーベル様」
ほうけていると、キース様から声をかけられる。
あんなにひどかった頭痛もなくなり、身体も軽い。熱もすっかり下がって完全に治ったような気がする。
これまでの記憶から、あと一週間はこのままと思っていたから助かった。
「はっ、はい!」
声もちゃんと出た。少し喉が渇いているが、まだ大丈夫だ。
「……ルーク兄様、貴重なお力をありがとうございます」
わたしはベッドの上に正座をして、ルーク兄様に向かって深々と頭を下げた。
いつ以来の会話になるかは分からないし、どうして二人がこんな所に来たのかもまるでわからないが、治癒してくれたおかげで早めに計画に取りかかることができる。
ナレ死回避作戦を始めるなら、絶対に早いほうがいいもの!
リリーベルは十五歳。お兄様たちは十七歳。
彼らがヒロインと遭遇するイベントは二十歳のイベントでのことなので、今から三年後ということになる。
(つまり、わたしは三年後に何らかの原因であっさり死んでしまう)
──小説のとおりなら。
でも絶対にそうはなりたくないし、二度目の人生湖を最後まで謳歌したいもの!
顔をあげると、キース様とまた目が合った。
やはりとてもかっこいいし、翳のある雰囲気がとても素敵だ。
「……リリーベル様。私の顔に何かついているでしょうか?」
じっくり眺めすぎたせいで、ものすごく怪訝な顔をされてしまっている。
「ひあっ、いえ、今日もとても素敵だと思います!」
「そう、ですか」
その瞬間、わたしはどうしようもなく間抜けな回答をした。真顔になったキース様がそこにいて、きっと呆れられたに違いない。
(ああああ! 初手でわたしは何を言っているの〜〜〜!)
平和に穏便に暮らして寿命を延ばさないといけないのに、推しを思う気持ちが邪魔をしてくる……!
悪役だったキース様含め、あの小説が大好きだったんだもの。
「リリーベル。ひとまずこの部屋から移動する。治るものも治らないだろう」
「……え?」
ルーク兄様の言葉にわたしは首を傾げる。
部屋を移動すると言われても、ここがわたしの部屋なのだ。理解できずにいると、キース様が近づいてきた。
「では私が。リリーベル様、失礼します」
「きゃっ!」
言うが早いか、キース様はわたしをさっと抱えあげた。本物のお姫様だっこだ。
「あ、あの、わたし重いので!」
「暴れないでください。落としますよ」
「あっ……はい」
羞恥で騒いだわたしは、その冷風のような言葉で一気に大人しくなった。
少しでも重くないようにと、気休めだろうが出来るだけ身体に力を入れる。
「……キース」
「なんですか」
「……いや。ひとまず僕についてきてくれ。部屋に案内する」
「わかりました」
「る、ルーク殿下! 私どもはリリーベル様の言いつけで部屋に満足に入れず、掃除が行き届いていないだけで……!」
スタスタと歩き始めるお兄様たちに、侍女のエマは青ざめた顔で食い下がる。
「うん、わかってるよ」
お兄様がエマに笑顔を向けると、彼女はあからさまに安心した顔をした。
自分の意見が聞き入れられたと思ったのだろう。
わたしは唇を引き結び、うつむいて目を閉じた。
今は何も見たくはない。
「着きましたよ、リリーベル様。……リリーベル様?」
――色々なことをぐるぐると考えていたわたしは、キース様がそう声をかけてくれた時には図々しくも彼の腕の中で眠ってしまっていた。
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