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01 小説世界への転生

***


(――ここ、小説の世界なのでは)


 ぼんやりと天井を見上げて、わたし──リリーベルは天啓のようにそう理解した。

 ここは自室のベッドの上で、現在絶賛発熱中である。


「はあはあ、状況を整理しよう……」


 頭の中がぐちゃぐちゃだ。朦朧としながら、わたしは目を閉じる。


(ええと、わたしの名前はリリーベル・イルゼ・グーテンベルグだったよね、たしか)


 波打つ桃色の髪に青い瞳をもつ、この国の第一王女だ。年齢は十五歳。

 三人兄妹の末っ子で、麗しい兄王子が二人いる。

 第一王子のルーク兄様は金髪碧眼で非の打ち所がないザ・王子さま。

 母親違いの第二王子ローラント兄様は赤髪が素敵で騎士も務める武に長けた人だ。


 そしてわたしは、何の取り柄もなく離宮に捨て置かれた政略結婚の駒……自分で言ってしまうと随分と悲しいけれど。

 父である国王にはもはや存在を無視されており、母はすでに亡くなっている。


 ここまでは、今までのわたし(リリーベル)がもつ記憶と何も変わらない。

 違うのは、もうひとつの記憶。


 ぱちぱちと瞬きをしながら、突如として脳裏に浮かんだこの世界のものとはまるで異なるもうひとつの情報を整理する。

 生死の境をさまよったからなのか、わたしの中に眠る前世の記憶なるものが呼び覚まされたらしかった。


 おかげでものすごく混乱した。頭の中がいろんな出来事でごちゃごちゃになってしまったのだもの。

 わたしはかつて、日本人だった。


 社会人になって一年足らずで倒れて病院へ運び込まれたわたしは、そこから闘病生活になった。そしてその中で、呆気なく命を落としてしまった。

 まだやりたいことはたくさんあった。親孝行だってしたかったし、働いたお金で旅行にだって行きたかった。

 大好きな小説だってまだまだ読みたかった……と熱にうなされているときに、ハッとしたのだ。


 前世のわたしは、この世界を知っていた。


 なんとこの世界は、『虐げられ令嬢でしたが、二人の王子に溺愛されて困っています』というちょっぴり大人の女性向けライトノベルそのものだったのだ。


 ここでいう『二人の王子』とは紛れもなくわたしの二人のお兄様たちを指す。


 義家族に虐げられて育ったヒロインの子爵令嬢アデリナが、とある仮面舞踏会で二人の王子と出会い、溺愛されてゆくという全わたしが大好きなシンデレラストーリーである。


 ここまでは、最高なのに!


(王女リリーベルの役回りって、あっさり消えてしまうサブキャラじゃない。詰んだわ)


 熱にうなされながら、リリーベルの小説での立ち位置がちょっとアレなことを思い出して落ち込んだ。


 リリーベルは小説のプロローグで華々しく王族として紹介される王女(挿絵付き)でありながら、物語が盛り上がる中盤で実はすでに儚くなっていたことが明かされる。それも、地の文であっさりさくっと。


 まるで時代劇の登場人物が、最期のシーンを描かれることなく、死んだことをさらりとナレーションされてしまうかのように。


 いわゆるナレ死というやつだ。


(それだけでも気が重いのに……なんだか思ったよりもすでに不遇な気がする)


 こんなこと、小説には書いていなかった。

 小説『られ溺』の序盤はヒロインのアデリナの虐げられエピソードがてんこ盛りで、読みながら胸が苦しくなったものだ。


 二人の王子が仮面舞踏会に向かったきっかけこそが、妹王女の死を悼んでいる彼らを見かねた友人が外に連れ出す……というイベントだったのだけど……。


 つまりわたしの死は、ヒーローの憂いの部分になる。美味しい部分だ。そういうの大好きよ。

 でも、でもね。


(自分が死にキャラなのは、困るんだけど……!?)


 元々お話が大好きで、そういう世界に入り込めたらと願ったことはあった。ヒロインになりたいだなんて大それたことは言わない。


 ただ、彼らのイチャイチャラブロマンスを壁となり眺めたかった。そう、壁でよかったのに。


「うっ……あんまりだよ!」


 信じられない。こんなことがあるんだ。すっかり目が覚めてしまったわたしは、ゆっくりと身体を起こす。のどがすごく渇いた。


 思考を巡らせすぎたせいか、喉は焼けるようにひりついている。


 わたしはぼんやりと枕元の水差しに手を伸ばした。が、そこにあったはずの水差しは、ただの飾りのように軽く、持ち上げた瞬間に中身が空っぽだとわかる。


(……ああ、そういえば、わたしはそういう扱いだったっけ)


 朦朧とした頭で、これまでのリリーベルとしての記憶を探る。

 王女の身分でありながら、離宮に押し込められているリリーベルの世話は必要最低限だ。侍女たちの手が行き届かないことも珍しくなかった。


 現に、こうして高熱でうなされているというのに、付き人すらいない。

 今、侍女を呼んでもすぐには来ないだろう。


(いや、そもそも来るかどうかも怪しいよね……)


 動けない身体で放置されてしまっては、抗議も出来ない。抗議をしない王女だからこそこうして手を抜かれまくっているのだろうけれど。


 わたしはぼんやりとした頭で考えながら、水差しを握りしめたまま、ふとあることを思い出した。


(……そうだ、わたし、水魔法が使えるんだった!)


 この世界には魔法を使える者がいる。

 魔法とは、世界を形作る「元素」に魔力を流し込むことで、自然の理を一時的に変える術――小説には、そう書かれていた。


 火、水、風、土、そして光と闇。

 扱える魔法は人によって異なり、魔力量や体質、生まれ持った資質に左右されるという。そして、魔力はその身分に比例することが多い、と書かれていた気がする。


 リリーベルも王族の端くれだ。たとえ離宮に追いやられた身であっても、最低限の魔力は備わっているものだ。

 わたしは震える指先を杯に向け、意識を集中させた。


(お願い、水をください)


 魔法の詠唱なんて知らないから、そう強く願うことしかできない。

 すると、カラリと乾いた杯の底に、ぽたり、と小さな雫が生まれた。さらにもう一滴、二滴……やがて、ほんの少しだけど、飲めるくらいの水が溜まる。


 わたしはそっとそれを口に含んだ。


「おいしい……」


 喉を潤すには足りないけれど、それでも少しだけ、心が落ち着いた気がした。


 リリーベルは魔力が少ないみたいね。


 熱があるせいかもしれないけれど、ちょっと水を出しただけでとんでもない疲労感に襲われる。

 もしかしたらこのことも、こうして冷遇されている理由のひとつなのかもしれない。


 フラフラしたわたしは、そのまま再びベッドに倒れ込んだ。


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