25 第一王子の生誕祭②
「……どうして、笑っていらっしゃいますの?」
にこにことエーファ様とキース様のやりとりを眺めているのを不審がられてしまった。にやけていたに違いないわ。
「はい。エーファ様がとてもお綺麗で可愛らしい方だから、つい……」
「っ……!」
わたしは素直な感想を告げる。エーファ様はわずかに目を見開いたあと、頬をむっとふくらませた。
「お、お世辞を言っても、何も出ませんわよ!」
「すらりとしたお姿に、ドレスもとてもよくお似合いですし。エーファ様の金色の瞳、とても綺麗だなって思いました」
素直な感想だった。小説の中の彼女は高慢で意地悪な令嬢として描かれていたけれど、実際に会ってみれば、その美貌と自信に満ちた振る舞いには、堂々とした気高さがあった。
それに、ツンデレ令嬢ってなんだかかわいい。
高圧的な態度の裏には、きっと人一倍のプライドと繊細さが隠れているのだろう。
エーファ様はぱちぱちと瞬きをした後、ふいっと顔を背けてしまった。
「……な、何ですの。そんなこと言っても、別に嬉しくなんてないですわ!」
ツンデレの代表的な台詞に、わたしは内心でガッツポーズをする。
エーファ様の頬はほんのりと赤らんでいて、口調とは裏腹に少し照れているように見える。最高にかわいい。かわいい。
「ふふ。ほんとうに思ったことを申し上げただけです! 美の化身です!」
そう返すと、エーファ様は「ふんっ」とわたしから視線を逸らしたまま、キース様の腕にそっと手を添えた。
「お兄様、もう行きましょう。わたくし、これ以上人混みにいると息が詰まりそうですもの」
「エーファ、まだルーク殿下に挨拶をしていないだろう。それに私はリリーベル様をエスコートする役目がある」
キース様が冷静にそう言った瞬間、わたしは胸がきゅうっと苦しくなった。
そうだ。エーファ様のエスコートもあるのかもしれない。わたしがキース様を独占していたらよくないよね。わたしは慌ててキース様から手を引き、自分から一歩だけ距離を取る。
「リリーベル様?」
金色の瞳が、わたしを不思議そうに見つめている。
「キース様、わたしにかまわず自由にしていただいて構いません」
わたしは、にっこりと笑顔をつくった。
キース様は、ぱちりと瞬きをして、珍しく動揺を隠しきれない表情を浮かべている。
「……しかし、私は殿下のエスコートを……」
「大丈夫です。せっかくの場ですから、キース様もご自由にお過ごしください」
「っ!」
キース様は、ほんの一瞬だけ、驚いたような表情を見せた。
まるで、何か想定外のことを言われたかのように、何か言いかけたような顔をしたまま静かにわたしを見つめる。どうしてそんな顔をするの?
その瞬間――会場がざわめいた。
「っ、ルーク様だわ……!」
そう声を上げたエーファ様の視線が、わたしの後方に向く。振り返ると、会場にゆったりと入場してくる二人の王子の姿があった。
一人は、あたたかな笑顔と気品に満ちた第一王子、ルーク兄様。
そしてもう一人は、長身で鋭い瞳を持つ赤髪の第二王子、ローラント兄様。
王宮の華、とはこのことなのだろう。ふたりが並んで歩いてくるだけで、会場の空気が一変した。
正装を身に纏い、悠然とした足取りで進む二人に、貴族たちの視線が一斉に向けられる。
どこかうっとりとしたため息も聞こえた気がした。
「……素敵ですわ」
すぐそばで聞こえた小さな声に、わたしは視線を動かした。
エーファ様が目を細め、じっとルーク兄様を見ている。
その視線には、高圧的な雰囲気の裏に、不安と戸惑いが見え隠れしていた。
(……そっか。エーファはルーク兄様が好きなんだ)
小説の中で、彼女はルーク兄様に必死に近づこうとして、でもいつも遠ざけられてしまう。
だからこそ、彼女は強がって、ツンツンした態度をとるしかなかった。
小説の中での悪役令嬢としての立ち位置は、物語のスパイスではあったけれど。こうして眺めていると、エーフェ様の視線はとてもうっとりしたものに感じる。
周囲が華やかにざわめくなか、わたしは小さく深呼吸をした。
(わたしだって……! ちゃんとお祝いの言葉を伝えないと)
病気を治してくれたのも、庭仕事用の品をそろえてくれたのもお兄様だ。それに、勉強の機会も与えてくれた。
「では、わたしはお兄様たちに挨拶をしてきますね」
そう思って隣にいたキース様たちに軽く会釈をし、そのまま単身で進もうとした――のだけど。
「リリーベル様」
「えっ……?」
すっと伸びた手が、わたしの手首をやんわりと捕らえた。
驚いて顔を上げると、キース様がわずかに眉をひそめた顔でこちらを見下ろしている。
「私もご一緒します」
さっき「自由にしていい」と言ったのに、どうしてまだいるのだろう。
わたしは試しにもう一度、にこりと微笑んで言ってみる。
「キース様、本当に、もう自由にしてくださって大丈夫ですよ? がんばれますので」
「私は元々、自由にしています」
けれど、キース様はまったく動じる様子もなく、落ち着いた声で返した。
わたしは思わずまばたく。
わたしが戸惑いながら彼を見上げていると、キース様はふっと静かに微笑んだ……ように見えた気がした。でも、それはほんの一瞬で、すぐにまた無表情に戻ってしまった。
「参りましょう、リリーベル様」
そう言った瞬間、キース様はわたしの手をそっと取って、自分の腕に自然と絡ませた。さりげない仕草だったけれど、力強く、拒否できる隙はない。
(え、ちょ、ちょっと待ってください⁉)
内心あたふたする間に、キース様はわたしをエスコートする態勢を整え、悠然と歩き出してしまった。
わたしは呆然としながらも、急いで歩調を合わせるしかない。
広い会場の中、わたしたちはゆっくりとルーク兄様のもとへ向かっていった。
周囲の視線が自然と集まるのがわかる。
第一王女とはいえ、普段ほとんど社交の場に出てこなかったわたしが、こうして麗しの公爵子息にエスコートされているのだもの。わかるわ、珍事よね!
(大丈夫、大丈夫。堂々と胸を張る。一歩一歩、踏みしめる!)
心のなかで自分に言い聞かせながら、わたしは歩を進めた。
キース様といるおかげで、人波が割れてお兄様への道ができる。
わたしはお兄様の前で立ち止まると、静かにドレスを摘んでカーテシーをした。
矛盾点があったため修正しました




