19 計画
執務室の静寂の中、キース様と向かい合いながら、わたしはマルグリット妃の症状を整理していた。
「ええっと、あのときの様子は……」
・最近、体調を崩しがち
・顔色が悪い(貧血のような症状?)
・原因不明の体力低下
・特定の食事の後、特に具合が悪くなることがある?
つらつらと紙に書いていく。
「……ふむ」
キース様が紙に視線を落としながら、静かに考え込む。
「現時点で、マルグリット妃の病気の原因は不明だそうです。医師の見立てによると」
「なるほど。食事が関係している可能性はありませんか?」
夢の中のリリーベルが考察していた内容が頭をよぎる。
「食事ですか? 王宮の食事は厳しく管理されているはずです。毒見もありますから。毒などは検出されていません」
キース様はいろいろと調べてくれていたらしい。
わたしはそれを頷きながら聞いている。
(毒ではなくて、人によって毒になるもの……)
そういうものが、現代であった気がする。食べ物や飲みもの、人によって多大な影響が出てしまうもの──そうだ。わたしも前世で特定のものが食べられなかった。
「食材そのものに問題がある可能性があったりするのかもしれません」
「例えば?」
「体質に合わないものを摂取しているか、あるいは、日常的に摂取しているものに何らかの異常が生じているということは考えられませんか?」
わたしの頭に浮かんだのは『食物アレルギー』という言葉だ。
わたしが食べられなかったのはエビやカニなどの甲殻類。それらが食べられないのはもちろんのこと、粉になってお菓子に入っているものをうっかり食べた時には身体にぶわりとじんましんが広がって大変なことになった。
もっと重篤な症状もあると聞くし、後天的なものもあるんだよね、確か。
「可能性としては十分あります」
キース様は頷いた。
「ただ、それを証明するには実際の食事の内容を確認する必要があるでしょう」
「それなら……マルグリット様の食事を担当する侍女に話を聞くのがいいでしょうか」
「確かに、それも一つの手ですが……」
キース様は少し考えてから、わたしを見つめた。
「あなたの異母兄である、ローラント殿下に話を聞いてみるのはどうでしょう?」
「ローラント兄様?」
「ええ。母親のことを一番近くで見ているのは、やはり彼ですから。もし、普段と違うことがあれば、何かしら気づいている可能性が高い」
「確かにそうですね」
わたしはペンを持つ手を止めた。
母であるマルグリット様の体調の変化に気づいているかもしれない。あのお茶会はきっと、定期的に行われているものだ。
「……では、ローラント兄様に聞いてみようと思います!」
わたしはそう決意した。時間がないのだから、直接聞かないと。
ただ、どこに行けばローラント兄様に会えるのか、リリーベルの頭では情報が不足していることは確かだ。王宮のことを、何も知らない。
「それでしたら、ローラント殿下が騎士団で鍛練をしている時間に行ってみてはどうですか」
キース様の提案に、わたしはぱっと顔を上げる。
「鍛練ですか?」
「ええ。ローラント殿下は基本的に夕方、騎士団で稽古をつけています」
「そうなんですね……!」
さすがキース様だ。なんでも知っている。
稽古後なら、自然な流れで情報を聞き出せるかもしれない。
お兄様たちと話しておくことで、結果的にリリーベルの生存可能性も上がるかもしれないのだし!
侍女たちにこっそり話を聞く方があやしいな、と今さら思う。
「ご指摘ありがとうございます、キース様。早速、ローラント兄様に話を聞いてみます!」
「ええ。それが良いでしょう」
キース様は微かに頷く。
いずれにせよ、わたし一人では気づけなかったことだ。
キース様の助言を得ながら、少しずつ調査を進めていくしかない。
(ローラント兄様から話を聞く……うまくいくといいけど)
わたしのこと、分かってくれるだろうか。
不安を抱えつつも、わたしはそっと拳を握りしめた。
***
夕暮れに染まる王宮の庭園を抜けた先、騎士団の訓練場は剣戟の音と掛け声で満ちていた。
「はっ!」
「そこだ!」
甲高い金属音が響くたび、騎士たちの鋭い動きが目に飛び込んでくる。彼らの動きは素早く、力強く、そして洗練されていた。
(わあ、すごい……)
普段、王宮の離宮でひっそりと暮らしていたわたしには、こうした場面はまるで別世界のようだった。
そして、その中心にいるのが――
「いた、ローラント兄様だ……!」
赤髪を陽に輝かせ、鋭い眼差しで剣を振るうローラント兄様。
対峙する騎士と何度も刃を交え、隙を突くように剣を繰り出している。
わずかな身のこなしで相手の攻撃を躱し、的確に剣を叩き込むその動きには、見惚れてしまうほどの迫力があった。
(剣技は全然わからないけど、すごい……!)
こうして鍛練する姿を見るのは初めてだ。それ以外もほとんどないけれど。
お兄様の方もわたしとは距離を取っていたように思う。王宮の中で存在感の薄い妹に興味がなかったのだろう。
(本当に、どうしてリリーベルはここまで冷遇されているんだろう)
ルークお兄様とは血がつながっているはずなのに、親であるはずの王様に会った記憶がほとんどない。優秀じゃないから、見放されてしまったのかな。でもそんな、幼子を?
考え始めるとキリがない。いまはローラントお兄様の案件が先だ。
小さく拳を握りしめ、わたしは訓練場の端で様子をうかがった。




