00 不遇王女リリーベル
豊かな水と緑に恵まれたグーテンベルグ王国の一角。こぢんまりとした離宮の庭園で第一王女のリリーベルは薬草の手入れに静かに集中していた。
「ふう……このくらいでいいかしら……?」
薬草を摘み、籠に収めると、ふと遠くの泉に目を向ける。
昔、母がやっていたことの見よう見まねで薬草の世話を始めた。
小さい頃は手ずから教えを受けていた気がするが、今はもうその人もいない。
残されたのは古い薬草の本が数冊と、幼子用の絵本のみだ。
新しい書物を買い与えられることも、教えてくれる人もなく、リリーベルはこの離宮でひとり寂しく暮らしている。
王女なのに、薬草を育てるくらいしかやることがない。
ぼんやりと泉を眺めると、澄んだ水面が陽光を反射してきらめいている。
涼を取るため、少しだけ水に触れようと近づいた、その瞬間だった。足元の石がぐらりと揺らぎ、体が前のめりに傾いた。
「きゃっ!」
水面が目の前に迫る。冷たい衝撃が全身を包み込み、視界がぼやけていく。
もがこうとするが体がうまく動かない。水が喉に流れ込み、意識が遠のいて──でも、もういいのかもしれない。
心配してくれる人なんていない。このままリリーベルが死んでも、誰も困らない。
力を抜いたリリーベルの身体は、誘われるようにゆっくりと泉に沈んでいく。
「──!」
誰かが呼ぶ声も、彼女の耳にはもう届かない。
それでも、おそらくその誰かによって運よく泉から助け出されたけれど、身体はすっかり冷え切ってしまって、リリーベルは重い風邪を引いてしまった。
それから、生死の境をさまようような高熱が続いた。
その間、ろくに看病する者もなく、王女リリーベルはひとりきりだった。
そしてそれは、これまでずっとそうだった。
プロローグを挿入したため、この話が00になっております。ご了承ください。