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14 離宮の庭園

 夕暮れ時、西の空が茜色に染まり始める頃。

 わたしはロザリナと共に離宮を訪れていた。ここのところ毎日、離宮に行くことにしている。

 エマのことを思い出すと胸がギュッとするけれど、ここにはお母さまとの思い出もある。


 リリーベルに薬草のことを教えてくれたお母さま。小さいときの記憶だからあまり定かではないけれど、美しい人だったと思う。そして繊細で、儚げで……


「夕方になると、風が涼しくて気持ちいいですね、リリーベル様」

「ええ。薬草たちも、なんだかほっとしているみたい」


 ロザリナに声をかけられて、わたしはハッと意識を戻した。ゆっくりと歩きながら、庭園の薬草の様子を確かめていく。

 陽射しが和らいだせいか、ゼルファの葉がしっとりと艶を増し、ユルミナも小さな蕾をつけていた。


 キース様との勉強会のおかげで、雑草かと思っていたこの草花が名のある薬草だということがわかったのでとても嬉しい。

 咳をしていたリリーベルが成長を心配していた花もきちんと咲いている。


「このあたりの雑草を抜いておきますね」

「ありがとう、ロザリナ。……わたし、少し泉の方を見てきます」

「お気をつけてくださいね。日が落ちるのも早くなってきました。絶対に、また落ちるなんてことがないようにお願いいたします」

「うん、気をつけるね!」


 リリーベルが生死の境をさまよったのは泉に落ちたせいだった。今は体調はすごくいいけれど、また落ちたりしたら大変なことになる。わかる。


 離宮の奥にひっそりと佇む、透明な水面の泉。

 静かで、穏やかで、どこか懐かしい気配がするその場所は、わたしのお気に入りの場所だった。


(今日も少しだけ……水魔法の練習をしよう)


 泉のほとりに膝をつき、そっと手をかざす。

 意識を集中させて、魔力を水に向けて流し込む。泉の水面に波紋が広がり、小さな水滴がふわりと宙に浮かび上がった。


「……ふう」


 前よりも長く、安定して魔力を制御できている気がする。

 何より、今日は目が回ったり、意識が飛んだりしなかった。


(少しずつ、ちゃんと成長してる……と思う! うん、えらい!)


 自分で自分を励まして、鼓舞する。

 そのまま水滴をそっと戻すと、泉の水面がきらきらと波紋を描いた。

 ふと、水面に映った自分の姿を見て――わたしは小さく笑う。


「……ありがとう、わたし。明日もがんばろう!」


 すっくと立ち上がり、わたしはロザリナと合流して客室へと戻った。

 そしてその夜。わたしはまた不思議な夢を見た。


 ◆◆


 それは、とても鮮明な夢だった。どこからか、紅茶の香りが漂ってくる。

 そして、やわらかな声――。


「ローラント、今日はあなたの好きなジャムを多めに用意しましたのよ」

「……ありがとう、母上」


 夢の中。わたしは、庭園の奥――王宮の東側にある、ひときわ静かな場所にいた。周囲を緑で囲まれている。茂みのあたりにいるようだ。

 目線の先の薄桃色の花が咲く木立の下。


 石造りの丸テーブルには、繊細な白磁のティーセットと、小さな茶菓子が並んでいる。

 そこに座っていたのは、深い緑のドレスをまとった優雅な女性と、燃えるような赤髪の青年だ。


(……ローラント兄様と……マルグリット様だ)


 マルグリット様は第二妃で、異母兄であるローラント兄様の実の母君だ。

 ローラント兄様は第二王子にして、王宮最強と名高い騎士団の副団長を務めているんだっけ。


 赤髪に琥珀色の瞳、鍛え抜かれた体躯は、まさに戦神のような風格を備えているけれど……


「ほら、スコーンにたっぷり塗るのが好きだったものね」

「母上、俺は幼子ではありません」


 マルグリット様の前では、どこか幼い少年のように見えるのが、なんだか不思議だった。

 夢の中の彼女は、青白い肌にやや疲れの色を浮かべながらも、息子に微笑みかけている。

 そのやさしげな仕草に、思わず胸がぎゅっとなった。


 リリーベルとして幼い頃に少しだけ会ったことがあるけれど、わたしの記憶はあいまいで。

 穏やかな時間を過ごしているように見えたけれど、すぐに違和感を覚えた。


(……マルグリット様の顔色が悪いわ)


 手元のカップを持つ指先が少し震えている。

 それに、どこか青白い。

 マルグリット妃が咳き込み、お茶会は騒然となっている。彼女はローラント兄様に抱きかかえられて退席することになった。


 夢の中のわたしは、その様子をじっと眺めながら、何かを考えているようだった。


「……毒ではないでしょうから、原因は、食事かしら」


 そう、小さく呟いた自分の声が聞こえた。


(え……?)


 今のは、わたしが言ったのだろうか。庭園の向こうにいるふたりは、リリーベルの存在にはまるで気付いていない。

 どういうことか分からないまま、周囲の風景はふわりと霞んでいき――


 ああ、起きてしまう。

 ぼんやりとそう思いながら、わたしは、夢から目を覚ました。


 ◆◆


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