13 贈り物
「リリーベル。いくつか良い品が届いていてね。せっかくだから、君にも見てもらおうと思って」
「あ、ありがとうございます……?」
ルーク兄様がやわらかく促してくれたけれど、目の前の品々にわたしは少し戸惑ってしまう。
「好みのものがあれば、選ぶといい。遠慮は要らない」
さらりと言われ、一瞬返事に詰まる。さすがはお兄様だ。明らかに高価そうなものばかりずらりと並んでいるのに、なんでもいいだなんて。
今まで、誰かに何か買ってもらう機会などほとんどなかった。
それだけに、この申し出には少し驚かされる。
(……もしかして、環境を整える一環なのかな?)
素直に受け取ってもいいものなのだろうか。後で返せって言われない?
目の前のテーブルには、ドレスに合わせた華やかなアクセサリーや、見たこともない異国の装飾品がずらりと並んでいる。
きらびやかな宝石のネックレスや、美しいレースをあしらったハンカチ。
どれも貴族の令嬢なら飛びつきそうな品ばかりだった。
うん、見るのはすごく楽しい!
「どうだ? これなど、お前に似合いそうだが」
ルーク兄様が手に取ったのは、細やかな彫刻が施された金のブローチだった。
たしかに上品なデザインで、華やかだけれど……わたしは、こういった装飾品にはあまり関心がない。
「ありがとうございます。でも、わたしは……」
言いかけて、ふと考えた。珍しくって、今持っていないもの。
迷った末に、わたしは意を決して兄様に向き直った。
「あの、ルーク兄様。とても素敵な品ばかりで……目移りしてしまいます。もし可能なら……園芸に使える道具や植物の種が欲しいです」
「……園芸?」
ルーク兄様の眉がわずかに上がる。想定外の答えだったのだろう。
「はい。わたしは離宮で薬草を育てるのが好きなのです。もし、商人様が珍しい隣国の植物の種も取り扱っていらっしゃるのなら、探していただけないでしょうか……?」
わたしの申し出に沈黙が落ちる。
ヘルマンさんも困ったようにわたしとルーク兄様を交互に見ていた。誠に申し訳ない気持ちでいっぱいです。
けれど――次の瞬間、兄様がふっと笑ってくれた。
「いいだろう。ヘルマン殿、園芸用の種子も見せていただけますか」
「かしこまりました。ちょうど今期、珍しい山間の草花の種をいくつか入手したところでございます。次回の訪問時には必ずお届けいたします」
「質の良い園芸用品はあるか?」
ふいにお兄様がそう尋ねたので、わたしは思わず兄様の顔を見上げた。
「はい。もちろんございます」
ヘルマンが一歩前へ出て、手元の鞄から小さなサンプル帳を広げる。
「たとえばこちら──カリオール国の伝統的な刺繍が施された防水性の高い園芸用エプロン。内側には耐久性に優れた布地を用い、腰のポケットには細かな園芸道具が収められるよう工夫されております」
ページをめくるごとに、実用品でありながら刺繍や素材の格が違うものが並び、そのどれもが、王宮にふさわしい優雅な意匠を備えていた。
「これに加えて、スコップやジョウロも手の小さな者でも扱いやすいよう、軽量かつ堅牢なものを。……特注で構わない」
「承知いたしました。王女殿下の手を傷つけぬよう、刃先の処理も細やかに施します。柄の部分には、王家の紋を入れてもよろしいでしょうか?」
「それも良いな。よろしく頼む」
「ははっ、光栄でございます」
仕事の早さに舌を巻きつつも、わたしは戸惑っていた。
(えっ、ちょっと待って。あれ、今のって……全部、わたしのための……?)
園芸用のエプロンなんて、これまで古い布を腰に巻いて済ませていたのに。ルーク兄様がそこまで考えてくれるなんて、想像もしていなかった。
気づけば、胸の奥がじんわりと温かくなっていた。
「……あの、ルーク兄様」
勇気を出して口を開いたわたしに、ルーク兄様は手元の書類から目を上げた。
「なんだい、リリーベル?」
「その……ありがとうございます。植物の種のこともですが、エプロンや道具も……全部、すごく嬉しいです」
視線を合わせるのがなんだか恥ずかしくて、思わず手元の裾をぎゅっと握りしめた。
だけど、兄様はほんの少しだけ目を細め、やわらかく笑った。
「……これまで、なにもしてやれなかったからな」
「えっ?」
ぽつりと呟いた兄様の声に、驚いて顔を上げた。
その青い瞳は、どこか遠くを見るように細められている。
「他にも必要なものがあれば言ってくれ。本当にドレスや装飾品はいらないのか?」
言いながら、ルーク兄様はちらりと商人の方を見る。
その視線を追うと、テーブルの端には、わたしの髪色に合うと思われる淡い桃色のドレスや、同じ色の宝石をあしらったネックレスが並んでいた。
(……まさか、わたしのために用意してくれていたの?)
驚いた顔でルーク兄様の方を見ると、少し戸惑いがちに頬を掻く。
「久しくこうした贈り物をしていなかったからな。選ぶのも迷うかと思い、あらかじめいくつか品を見繕っておいたのだが……」
「! そうなのですね。ありがとうございます。全部素敵だと思うのですが……」
「だったら僕が勝手に決めておこう。ヘルマン、リリーベルに似合いそうなものを他にもいくつか見繕ってくれ」
「はい、ただいま」
「時間を取らせたね、リリーベル。またヘルマンが来たときに呼ぶよ。次は二十日後になるそうだ」
ルーク兄様の優しさに、胸の奥がじんわりと温かくなる。
わたしもリリーベルもきっと知らなかった。こんなふうに、ちゃんと話せる日が来るなんて。
こんなに優しい方なのに、どうしてリリーベルはあそこまで隔離されていたんだろう。お兄様とだって、もっと一緒に遊んだりしてよさそうなのに。
「ありがとうございます。本当に、嬉しいです」
「うん」
そう言ったルーク兄様の笑みは、今までに見たどんな表情よりも、わたしにとって優しいものだった。
わたしは小さく「がんばろう」と呟きながら、扉の前で一礼し、その場を後にした。