09 図書館
朝の光が差し込む窓辺で、小さな丸テーブルに並べられた朝食を前に、わたしは決意を胸にスプーンを握りしめていた。
ほんのり甘いかぼちゃのポタージュに、柔らかく焼かれた白パン。炒めた野菜とハーブの香りが漂うオムレツに、小さな果物の盛り合わせ。
「……なんだか、すごい……」
口に運んだスープは、優しい味がして、じんわりと身体に染み込んでいく。侍女のベルネとロザリナが今日もにこにことわたしを見守ってくれている。
なんだかそれだけで、リリーベルが救われた気がして嬉しい。
「リリーベル様、お口に合いましたか?」
「今日も消化に良いメニューになっております」
「ありがとう。とってもおいしいです……おいしいわ!」
もぐもぐと口を動かしながら、わたしは夢のことを思い出した。
ぐったりした鉢植え。咳をしていた、もうひとりのわたし。
あの子は、誰にも頼らずに、ただ一人だ。
(わたしだって、昨日はルーク兄様にお願いして、でも何もできなかったけど)
でも、今は身体も動くし、頭もはっきりしている。
だったら――自分でやれることを、やるしかない。
「……自分で調べてみようかな、うん」
小さく呟いた言葉に、自分でうなずく。
魔法の訓練だって、薬草の世話だって、誰かに許可をもらわずにできた。
だったらきっと、図書館へ行くのも、禁止されていないはず。
ナレ死を避けるためにも、手をこまねいてはいられない。
(よしっ、行こう)
朝食を食べ終え、ゆっくりと椅子から立ち上がった。
ちなみに昨日は土と水でデロデロな状態でロザリナと合流することになってしまい、とても驚かれたし心配されてしまった。
薬草のお世話をしたと言ったらホッとしたような顔をして、でもその後すぐに『これからは絶対に私どもをお連れください!』と言われてしまった。
「ベルネ、ロザリナ。あの……今日は図書室に行こうと思うのだけど」
わたしの言葉に二人は顔を見合わせる。
ルーク兄様からどんな指示が出ているのか知らないが、わたしだってやりたいことをやってもいいはずだもの!
「わかりました! では本日はベルネがご案内いたします」
「ちょっと、ベルネ」
どんと胸を張ったのはベルネだ。
それにロザリナが慌てた顔をしている。
「だって、ずっとお部屋にいるのはリリーベル様だって退屈ですよぉ。王女殿下なら図書室は出入り可能ですよね。随分と顔色も良いですし」
「……それは、そうですけど……。わかりました、報告は私がいたします。ベルネ、殿下をしっかりお守りするのですよ?」
「はーい!」
「リリーベル殿下。離宮の庭園に向かう際は私もご一緒します」
「は、はい。わかりまし……わかったわ」
安心した顔をしたロザリナが、着替えを手伝ってくれる。
彼女が毎日丁寧に塗ってくれる軟膏のおかげで、わたしの腕のあざは少し薄くなったような気がする。
「ではリリーベル様、お気をつけて」
「行ってきます」
心配そうに見送ってくれるロザリナに微笑み返して、わたしは部屋を出た。
(図書館――本は前世のわたしを救ってくれた。だから、また何か見つけられたらいいな)
図書室の重たい扉を押し開けた瞬間、鼻をくすぐったのは、古い紙とインクの混ざった香り。壁一面を覆うように高くそびえる本棚に、わたしは思わず息を呑む。
(わあ、すごい……!)
離宮に置いてある本は、どれも読み込んでいた。
いつからリリーベルがその本を手にしていたのかはわからないけど、大切に大切に読んでいた記憶がある。
あの本たちは、今どこにあるんだろう。
「リリーベル様、何をお探しですか?」
思いを馳せていると、ベルネが明るい声で問いかけてくれる。
図書室に入る時にはソワソワしてしまったが、ルーク兄様の部屋に入る時のような尋問はなく中に入ることができた。
「ええと……医学や薬草、病について書かれている本を。あと、できれば治療に関する文献があればいいなと思っていて」
「なるほど、わかりました。少しお待ちください、プロに聞いてきます!」
ベルネは笑顔でそう言うと、司書のような制服を着た人の所に突撃する。朗らかに会話を話したあと、その司書がこちらを見た。
うっ、と一瞬気後れしたが、ここで引いてはいられない。
わたしはググッと笑顔を作った。
「リリーベル様! あちらの書架だそうです」
「ありがとう。助かるわ」
戻ってきたベルネに礼を言って、言われた書架へと足を進める。
棚の前で一緒に背表紙を指でなぞりながら、一冊ずつタイトルを確認していく。
分厚い本、傷んだ本、きらびやかな装丁のものまで様々だ。
(この中に、運命を変える鍵があるといいんだけど)
ひとまず目に付いた黒い装丁の本を取る。これは医学書のようだ。
「リリーベル様、この“薬学の基礎”はいかがでしょうか?」
「そうね、それとこれの二冊にするわ」
ベルネは深緑の装丁の本を見つけてくれた。ひとまず、この手に取った二冊から読んでいくことにしよう。
「リリーベル様、こんなところで何をされているのです?」
そう思っていると、不意に背後から落ち着いた低音の声が届いた。