奥さんの無念
奥さんの話を聞く限り、誰かが推理していた “嫁もグル説” は有り得ないと思った。
もしこれが演技だったとしたら、女優顔負けの演技で人間不信になっちゃうなぁ。
「エリちゃんは、この先どうするつもりでいるの?」と沙織ちゃんが聞いた。
「私は、返済なんかしません。告訴されるならそれでも構いません。払えないものは払えません」と悔しそうに奥さんは言った。
私は「法律の事はわからないけど、単純に考えて、証拠が無いんじゃ、立件するのは難しいんじゃない?まず、消えたお金の流れを掴まないとねぇ?」と素人の考えで言った。
沙織ちゃんも私の話に、うんうんと頷いた。
奥さんは「こちらも弁護士を立てたいところですが、お金に余裕がなくて……」とうつむいた。
無念を晴らしてあげたいけど、私達には何の力もないからなぁ。
「横領はしていないとして、店長が自殺したのは事実だよね。何か悩み事でもあったのかな?」と私が聞くと、奥さんは「特に深刻に悩んでる風には見えなかったですけど、ソリが合わない従業員と口論したとか、上から好き勝手言われて腹が立つって愚痴は言ってましたね。だけど、自殺するまで精神的に追い込まれていたとは思えないです」と答えた。
(うーん、悩んでる風に見えなくても、悟られないように振る舞ってただけかもしれないし。
……ん?奥さんは何が言いたいんだ?)
核心に触れてみた。
「自殺じゃないと思ってる?」と。
奥さんは「はい」と答えた。
( え~!!ドラマじゃないんだからさ)
私は「じゃ、誰かに殺されたって事?自殺する人って、悩んでるいる事に周りが気付かない事が多いって聞くよ」と、他殺の可能性を、やんわり否定した。
沙織ちゃんも「誰かに殺されるぐらい、恨みをかっていたとか?」と聞き、奥さんは「いえ、それは絶対ないです。夫は誰かから恨みをかうような人ではありません」と、力強く否定した。
奥さんは旦那さんが亡くなったショックで考えがまとまらなくなってしまったのだろうか?
沙織ちゃんが「幼稚園のお迎えがあるから、今日はそろそろ失礼するね」と言った。
沙織ちゃんには、幼稚園に通う息子が一人いる。
沙織ちゃんとは、よく、息子あるある話で盛り上がっている。
私も「もうそんな時間?」と言って帰り支度を始めた。
玄関で、奥さんが私達に「今日は来ていただいて、本当に有り難うございました」と頭を下げた。
私達も「いえ、いえ、すっかりお邪魔してしまって」「一人で抱え込まないでね。また何かあったら連絡してね」と言って店長宅を後にした。
帰りの車の中で「沙織ちゃん、奥さんの話、どう思う?」 と聞くと、「奥さんの話を聞く限り、店長は横領する必要性がないと思いましたね。でも、他殺って……」
ほぼほぼ、私と同じ考えのようだった。
家まで送ってもらい「お迎え、間に合う?」と聞くと「大丈夫です!18時までの延長保育なので」と沙織ちゃんは微笑み、「では、明日会社で!」と手を振った。私も「うん。今日は有り難う!お迎え、気を付けて行ってね」と手を振った。
走り去る車を見届け、家の中へ入る。