やっと“序”
翌朝、起床後のルーティンをこなして、旦那の弁当を作る。
時計をチラチラ見ながら息子を起こしに部屋へ行く。
コンコンコンッ、乱暴にドアをノックして叫ぶ
「こらー!!純一!いつまで寝てんのっ!学校遅刻するよっ!」
「うるせぇ、ババァ!今日から夏休みっ」と言って息子は布団に潜った。
なんですって!?私は慌てて冷蔵庫に貼ってある学校の年間行事表を見た。
(今日、何日? 26日か……)表を指で辿って確認する。
(あらぁ。全然忘れてた。じゃあ、昼ご飯用意して行かなきゃならないじゃん)
そんな心配は無用だった。息子は昼近くまで寝ていて、用意していた朝ご飯が昼ご飯になった。
家事をこなしていると、あっという間に時間が過ぎて、約束の時間が迫っていた。
ベランダで洗濯物を干しながら、リビングでご飯を食べ始めた息子に「お母さん、職場の人と出かけてくるからっ!純一も出かけるなら、戸締まりキチンと確認してってよ!食べ終わったら食器下げて、水に浸けておいてね!」とベランダから室内へ大きな声で言った。
息子はもちろん無視。
最後の洗濯物を干すタイミングでインターホンが鳴り、慌てインターホンに向かう。
インターホン越しに「ごめん、今行くね!」と声をかけ、バッグを抱えて慌ただしく玄関へ向かう。
「お母さん、行って来るからね!」と息子に声をかける。
…… 無視。
若干、待たせてしまったが、無事に車に乗り込み、出発した。
行きつけのファミレスでランチを食べながら、仕事の話や子供の事などで話を弾ませていた。
会話が落ち着いたところで、私は「 あれ?何時に行くんだっけ?」
「14時頃に行くと伝えました。」
「そう……沙織ちゃんて、店長と仲良かったっけ?」
「いえ、店長と言うより奥さんの方なんですけど、
まぁ、友達というほどの仲ではないんですけどね。メールのやり取りはよくしてました。
まだうちの店で働いていた時に、仕事の愚痴とか聞いていて、辞めた今でもたまに『元気ですか』みたいなメールが来てました。
それで、今回旦那さんがこんな事になって、私に『夫の死に納得がいかない』との趣旨のメールが来たんです」
「えぇ!どゆこと?」と私が考え込むと、苦笑いの沙織ちゃんは「だから、今日、その話を会ってちゃんと聞きたいと思って」
「私が一緒に行ってもいいもんかね?」
「はい。エリちゃん、あ、奥さんには堀内さんが一緒に行く事は伝えてあります。むしろ、私一人で行くより堀内さんが居た方が助かります」
「え、そうなの?」
「もう、そろそろ、向かいましょうか」と沙織ちゃんが会計伝票を手に立ち上がった。
車で走る事40分「店長って、結構遠くから通ってたんだね」と私が何気ない感想を口にすると、「ほんとですね。冬通うの大変そうですよね」と沙織ちゃんが返した。
店長宅に到着。
そこそこ小綺麗なアパートだった。
車を降りると、二階の階段付近で奥さんが私達に手を振っていた。
奥さんが店長宅へ招き入れてくれた。
「お邪魔しまーす」
中へ入ると、1LDKで、リビングは割りと広かった。
部屋の中は物がきちんと整頓されていて、普段から掃除をキチンとしているように感じた。
「まず先にお参りを」と私が言うと「あ、こちらです」とリビングの片隅にある小さな仏壇に案内された。
私は「気持ちですので」と言いながら仏壇に香典を供えた。
仏壇の中に小さな遺影があり、笑顔の店長がそこにいた。
切ない気持ちになった。
線香をあげ、お参りを済ますと、続けて沙織ちゃんもお参りをした。
奥さんは「今日は、わざわざ有り難うございました」と頭を下げた。
「どうぞ、こちらに掛けて下さい」とリビングのソファーに座るよう促された。
「今、お茶入れますね」と言い、台所に立つ。
沙織ちゃんと二人で「おかまいなく」と、定番のやり取りをした。
出されたお茶をいただきながら、本題に入る。
沙織ちゃんが「エリちゃんがメールで言ってた事なんだけど、大事な話だし、会ってちゃんと話したほうが良いと思って、旦那さんの死に納得がいかないって話」
「そうなんです。会社側は夫が店のお金を横領して、結構な額だったから、返せなくなって、バレる前に首をくくったんじゃないかって言うんです」
(バレる前?噂では“横領がバレたから”って言ってたけど……噂って適当だなぁ)
私が「会社から訴えられたって本当なの?」と聞くと「訴えられたと言うか、弁護士さんを通じて、分割でも良いから返すようにって書面で連絡が来たんです。もし、支払いを拒否した場合は横領罪で告訴するって内容でした」
沙織ちゃんは「店長が横領した証拠ってあるのかな?」と疑問を口にした。
奥さんは「そこなんです!証拠がないのに自殺したから、そうなんだって安易すぎませんか?弁護士さんに電話したら、店の売上を管理していたのは夫以外に居ないから、間違いないって言うんです。夫は絶対、横領なんてしてないです!仕事が終わったら真っ直ぐ家に帰って来て、休日は私とずっと一緒ですし。豪遊する暇なんてないですよ。」と、話ながら、くやし涙で目を赤くしていたのだった。