勝負開始
勝負のカードが静かに配られ、緊張感が部屋を満たす。ヒミコは涼しい顔でカードを確認し、リュウタに一瞥もくれない。リュウタは自らの手札を見つめ、慎重に戦略を立てた。7並べ――それは単純なゲームだが、彼女が相手である以上、油断は禁物だった。
「それでは、始めましょうか。」
ヒミコが静かに言う。リュウタは頷き、カードを一枚出す。だが、その瞬間から、異様な感覚が彼を襲った。
「さあ、どんどんいくわよ。」
ヒミコの手が一瞬のうちに動き、次々とカードを出していく。連続で出すことができる特別ルールを駆使し、彼女はリュウタの動きを完全に封じ込めるようにカードを並べていった。まるで彼の手札をすべて知っているかのような正確さで、カードが次々とテーブルに並べられていく。
「くっ……。」
リュウタは焦燥感を隠せなかった。何かが違う――ヒミコはただのギャンブラーではない。彼女の動きは異様に早く、全てが計算され尽くしているかのようだった。勝負は瞬く間に彼の不利な方向へ傾いていく。
「どうしたの?もう終わりかしら?」
ヒミコはからかうように微笑みながら、次のカードを軽々と出した。その姿には冷徹な美しさが漂っていた。彼女の涼しげな目元、白い指先がカードを操るたびに、リュウタの胸の中で苛立ちが募っていく。
「こんなはずじゃない……!」
彼は自分の無力さに苛立ちを覚えながらも、どうすることもできなかった。そして、ついに――
「はい、これで終わりね。」
ヒミコは淡々と最後のカードをテーブルに置いた。リュウタは完全に敗北を喫したのだ。彼は一瞬、彼女の勝利を受け入れることができず、無言で立ち尽くした。
「ふふ……面白かったわ。でも、あなたはまだまだね。」
ヒミコは満足げに微笑み、彼を見つめた。その目には、勝者としての余裕と、敗者への嘲笑が宿っていた。リュウタは拳を強く握りしめ、悔しさと怒りで胸がいっぱいになったが、それを表に出すことはできなかった。
「さて、約束通り、あなたはこれからここで住み込みで働いてもらうわ。」
---
リュウタは勝負に敗れ、ヒミコの宿「金の月亭」で住み込みとして働かされることになった。自分を賭けた勝負で負けるという屈辱。それは、これまでの彼の人生では考えられないことだった。かつて戦場でも任務でも、勝利を掴むために最善を尽くしてきた彼にとって、この敗北は想像を超える苦痛だった。
だが、それ以上に屈辱的だったのは、ヒミコの冷徹な笑みを毎日見せつけられることだ。彼女は毎朝、リュウタに雑用を命じ、まるで彼を飼いならすように扱っていた。
「お掃除をお願いね、リュウタさん。あ、ついでにお茶も入れてくれる?」
ヒミコは柔らかな笑みを浮かべ、何気ない調子で彼に命令する。その声は可愛らしく、年相応の無邪気さを感じさせるが、リュウタにはその背後に冷たい狡猾さがあることを知っていた。
「……わかった。」
リュウタは短く答え、無言で命令に従った。彼の胸には怒りが渦巻いていたが、それを表に出すことはなかった。彼は冷静でいなければならない。今、感情を爆発させても、何も得られない。ヒミコのいかさまを見破り、逆転するための機会を待つ必要がある。
だが、屈辱的な雑用をこなしている最中も、リュウタの心は乱れていた。彼は時折、ヒミコが楽しげに賭場の客と戯れている姿を目にする。その度に彼女の無邪気な笑顔と冷酷な目つきが彼を追い詰めた。彼女の言葉が耳に残り、何度も思い出される。
「あなたはまだまだね。」
その言葉が彼の頭の中で繰り返されるたび、リュウタは拳を握りしめ、悔しさと怒りで歯を食いしばる。
---
ヒミコの宿で働き始めてから数日が経った。リュウタは、彼女の不思議な魅力に気づき始めた。彼女はその外見からも、ただの少女に見えるが、実際にはその美しさと妖艶さが、男たちを簡単に虜にしてしまう力を持っていた。客たちは彼女に夢中になり、次々と彼女の笑顔の下で敗北していった。
リュウタはそんな客たちを横目で見ながら、自分が同じ運命にあることを改めて思い知らされた。だが、彼女に屈したくはなかった。
ある日、ヒミコがふとリュウタに話しかけた。いつものように命令口調ではなく、ふとした軽い調子で。
「ねえ、リュウタさん。どうしてあの時、そんなに簡単に負けちゃったの? あなた、結構強そうに見えたのに。」
彼女は無邪気に、まるで友人と話すかのように言葉をかけた。だが、その問いには明確な意図が隠されているとリュウタは感じた。
「お前の手際が良すぎたからだろう。」
リュウタは冷たく返したが、内心では自分を責めていた。あの時、もっと慎重に動いていれば――。だが、そう考える度に、ヒミコがいかさまをしていたのではないかという疑念が強まっていった。
「手際が良い、ねぇ……」
ヒミコはクスリと笑い、リュウタの言葉を繰り返す。その笑みは挑発的だった。
「まあ、勝負事は運も大事だしね。あなたには、運がなかっただけかもよ?」
彼女の言葉に、リュウタは思わず苛立ちを感じたが、それを顔に出すことはなかった。彼はただ黙り込み、ヒミコの目をじっと見据えた。その目の奥に、何かを見つけようとするかのように。
---
ある晩、リュウタが掃除をしていた時、ゴミ箱の中に何か不自然なものが目に入った。それは、捨てられたトランプの一部だった。トランプの端に、微かな切れ込みがあることに気づいた瞬間、彼の脳裏に閃光が走った。
「これは……」
リュウタはトランプを手に取り、細かく観察した。それは明らかに普通のトランプではなく、何らかの細工が施されている。特定のカードが識別できるように、微妙に切り取られていたのだ。これが、ヒミコのいかさまの手口なのか?
「これで全てが繋がった……!」
リュウタは心の中で確信した。ヒミコは勝負の最中に、この細工を使って彼のカードを読み取り、完全に彼を打ち負かしていたのだ。彼女は見かけこそ無邪気で可憐だが、その裏では冷酷なまでに計算された手口を用いていた。
リュウタはそのトランプをポケットに忍ばせ、心の中で計画を練り始めた。今度は彼がこのいかさまを逆手に取って、ヒミコを打ち負かす番だ。
---