第一章:賭博街への潜入と運命の出会い
不自然に高く聳え立つ門の向こう、薄暗い街が広がっていた。巨大な賭博街「エデンの果て」。リュウタは、そこに足を踏み入れた瞬間、目の前の景色が色彩を増していくような感覚に襲われた。街の雑音は、まるで彼を飲み込もうとしているかのように耳に響いてくる。ネオンが目の前でちらつき、賑わいが彼の肌を刺激する。ここは世界の終わりともいえる場所だと、リュウタはすぐに感じ取った。
リュウタの顔は無表情だったが、その心の中では警戒心が鋭く研ぎ澄まされていた。この街には危険が潜んでいる。それも目に見えるものだけではない、影のように暗く、深く張り巡らされた罠だ。リュウタの短く刈り込んだ黒髪が微かに風に揺れ、鋭い目が街の混沌を見据えていた。
「この街には、あの女がいる……。」
その女――ヒミコ。リュウタは彼女を追い、この街にやってきた。彼の情報では、ヒミコは「カゲ」と呼ばれる裏社会の組織に深く関与しているとされている。しかし、彼女がどうやってその地位を築いたのか、詳しいことは何もわからない。ただ一つ確かなのは、彼女が「姫抜き」として知られる冷徹なギャンブラーだということ。
彼女は一切の情けを持たず、勝つためならばどんな手段も使う。街の噂では、ヒミコに挑んだ者はすべて破滅し、命までも賭けて失ったと言われている。リュウタの目的は、彼女の正体を暴き、その背後に潜む犯罪組織を突き止めることだった。
彼は、足を止めることなく街を進んでいく。通りには様々な顔をした人々が行き交っていた。高級なスーツに身を包んだ富裕層もいれば、擦り切れた服をまとい、ギャンブルで全財産を失ったと見える者たちもいる。どこかで哀れな笑い声が聞こえ、別の場所では悲鳴のような叫び声が響いている。賭けの勝敗が、ここでは命運そのものを左右しているのだ。
街の中心部に差し掛かると、一際目立つ建物が目に入ってきた。高くそびえる木の門の向こうに、静かで落ち着いた雰囲気を醸し出す和風の旅館が佇んでいる。その他の豪華絢爛なカジノやバーとは一線を画す存在感を放っていた。
「ここか……『金の月亭』。」
リュウタは、街に来る前に調べ上げていた情報を思い出した。ヒミコはこの宿の女将を務めているという。彼女がどれほどの手腕を持っているのか、この目で確かめる時が来た。
彼は静かに門を開け、宿の中へ足を踏み入れた。
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宿の中に一歩足を踏み入れると、静かな空気がリュウタを包み込んだ。まるで街の喧騒が嘘であるかのように、この場所だけが別世界のような静寂に満ちていた。廊下は美しく磨かれ、天井からは優雅な照明が柔らかい光を放っている。空気は冷たく、鼻をくすぐるような香木の香りが漂っている。
「いらっしゃいませ。」
その声が静かに響いた瞬間、リュウタの心臓が一瞬だけ強く鼓動を打った。まるで氷のように冷たい声だったが、その声には奇妙な魅力があった。
振り向くと、そこには一人の若い女が立っていた。リュウタは、思わず目を奪われた。彼女はまだ若く、年齢はせいぜい18歳ほどだろう。しかし、その容姿には年齢以上の冷たさと成熟した雰囲気が漂っていた。
ヒミコだ――。
彼女の名前を頭の中で反芻しながら、リュウタは一瞬だけ目を細めた。彼女の長い漆黒の髪は美しく艶めき、目の前で揺れている。すらりとした体躯は、和服に包まれているが、その佇まいは威厳と同時にどこか柔らかな女性らしさを感じさせた。しかし、彼女の漆黒の瞳は、その若さに似合わない冷徹さを湛えていた。
「泊まられるおつもりですか?」
ヒミコの声は静かだが、どこか挑発的でもあった。まるで相手の心の奥を覗き込んでいるかのような鋭さがある。
「ああ、そうだ。」
リュウタはその言葉を短く返しながら、内心では警戒を強めていた。彼女がただの宿の女将ではないことは分かっている。ヒミコとの接触は予想以上に早く、彼の心臓は早鐘のように打ち続けていた。しかし、外見にそれを表すわけにはいかない。ここで何かを掴むためには、感情を抑え、冷静でいることが最優先だ。
すると、ヒミコが微かに微笑んだ。
「それでは、一つ提案があります。ここでは、特別な方法で宿泊代を決めることになっています。あなたが私と勝負をして、勝てば宿泊代は必要ありません。ただし、負けた場合は……」
彼女はそこで一瞬だけ言葉を区切った。微笑みを浮かべたまま、彼の反応を伺うかのように、じっと見つめている。
「負けた場合は、あなた自身を捧げていただきます。」
リュウタは、心の中で深く息を吸った。この提案は、まさに予測していたものだった。この街の住人たちは、金銭ではなく自らの命や未来を賭けることで成り立っている。ヒミコも、そのルールに従っているだけだ。
「勝負内容は?」
リュウタは短く問い返した。
「7並べです。」
7並べ――。リュウタの記憶に蘇る子供の頃の遊び。しかし、この単純なゲームが、ヒミコとの勝負の場でどのように展開されるのか。彼はすでに不吉な予感を感じていた。