5.遅延列車。
「──只今、雪の影響で列車が十五分ほど遅延しております。先行列車が、○○駅を通過次第、順次運転を再開致します」
遅延のアナウンスが流れる車内──。
横掛けの緑の座席から見える車窓には、雪の結晶が白く風に吹きつけられている。
どんどん白くなる外の景色に、運転再開への不安が募る。仮に駅に着いたとしても、バスは運行しているんだろうか。
「寒いね」
「え? あ、うん……」
昨日のカラオケのおかげで。まだマニカと会って二日目にも関わらず、なんとなく会話の緊張感は解けてる様な気がする。
マニカと二人きりの車内。
とは言え、列車は停車駅で出入り口が開いてるまんまだ。駅舎の屋根のおかげで、雪は入って来ないみたいだけれど……寒い。
──マニカは、よく喋る子だ。昨日だって、ほとんどマニカが一人喋っては歌うのを、僕は相槌打ったりして聞いてただけ。学校じゃ、空也以外とはほとんど喋れないから。とは言え、僕だって初めてのカラオケを披露した訳だけど。隠れて練習してた割には大したことなかった。それより、空也は駅から家まで自転車だけど……大丈夫だろうか。
「ツナグくん?」
「あ、いや。雪だし、空也は大丈夫なのかなって」
「空也? あー。あの子。友達なんだ? 君とは、正反対な気がするけど?」
「ハハ……。よく言われる」
(──フォン……。ガタンゴトン、ガタンゴトン……)
動き出した列車。いつの間にか、出入り口の扉が閉められて。足下のヒーターの暖かさが身体に伝わる。
──僕と空也は、確かに正反対。運動も出来て、明るくて友達も多い。なのに、なんで僕なんかを……とは想うけど。
「たぶん、放っとけないんだよ。君のこと。私みたいに」
「そうなの?」
「たぶんね」
なんだか意味深だ。空也のことも気になるけれど……。マニカが、僕を?
吹雪の中、徐々にスピードを上げる列車。車窓にあたる雪が勢いを増し、白い街並みから黒い山の風景に変わる。
──そう言えば、気になってた。なんで、マニカが僕に突然話し掛けて来たのか。空也のことも気になるけれど、昨日からのマニカへのモヤモヤが、ずっと晴れないでいた。この雪空みたいに。それに、カラオケ屋の受付でマニカが突然消えて──個室に入った途端、何故また現れたのか。何処から、どうやって……。僕は、思い切って、マニカに聞いてみることにした。
「あ、あのさ」
「なに?」
「昨日、……消えなかった?」
「消えた? 何の話? あぁ。後からコッソリつけて君を驚かそうとしたんだよ」
「え? で、でも……」
「君、受付のお姉さんと話す時、挙動ってたよ? 視界に私が入っても、全然気づかないんだから」
「そうなんだ……」
……傷つく。挙動ってたって。やっぱり、僕はキモい。ダサい。空也とは違う。マニカとも……違う。
車窓の景色が白く覆われる。僕も、雪で覆ってくれないか。白く白く──埋もれていたい。
キモくてダサい男。ウジウジしてるハッキリしないパッとしない男。人とのコミュニケーションは、いつも上手く行かない。雪の様に白く……生まれ変わりたい。潔い男らしいヤツになりたい。空也みたいな。
それにしても、マニカが部屋に入ってたことさえ、気が付かなかったなんて──。
「あれ? 私、ヤバいこと言った? ごめん……そんな、つもりじゃ」
「え? いや、いつものことだし。今に始まったことじゃないし……」
僕とマニカの乗る快速列車が、幾つかの駅と各駅停車の列車を追い越して──。次の駅に近づく。徐々にスピードを落とし始めていた。マニカも僕と同じ駅で降りることになっていた。
「じゃあさ。とっておきの秘密……教えてあげる」
「とっておきのこと? ……なに?」
「君にさ。夢の中で、会ったことあるんだよ」
「え?」
「ヤバくない? だからってさ、駅の改札口で君を待ち伏せしてたんだよ? それも、リアルじゃほとんど初対面の君にさ。まぁ、ホームルームで君は寝てたけど? なのに、突然話し掛けたりしてさ。カラオケまで誘ったりしてさ。私の方が、ヤバくない?」
「そ、そうなんだ……」
「だから、無しってことで」
片目を閉じて、何か済まなさそうな表情をしてるマニカ。ゴメンねって、ことだろうか。
それにしても──。
(──夢の中で、会ってた?)
一瞬、ギョッとした。
初めて会った時から、何処か見覚えのあったマニカ。僕の妄想でもない夢でもない……本当に起きてる現実に、目の前に居るマニカ。それは、何故だかいつも夢で……残念な僕に話し掛けてくれる女の子──の、はずだった。なのに……。マニカは、その子に、そっくりだった。そんなマニカが、夢で僕に会ったことあるなんて。
「驚いた?」
「ま、まぁ……」
「反応、薄いな。もっと、驚くと思ったのに」
いやいや。内心は、大吹雪だ。まさかの、予想だにしない大荒れの天候だ。
昨日、突然、転校して来たマニカ──。夢の中の女の子。そっくりな事実。顔も行動も、話し言葉も。それは、マニカにはまだ言ってない秘密。僕の中だけに秘めてある。
けれど、それは、今マニカに伝えるべきことなんだろうか。
もしも、それを、マニカに伝えなかったなら……。後悔する? 空也にしたことと、同じことを繰り返してしまうだろうか。けど──。
「──次は、○○駅です。雪のため、十五分ほど遅延して列車が到着致します。本日積雪のため、お足もとが大変滑りやすくなっております。お降りの際は、お足もとに充分お気をつけてお降りください。次は──」
車内アナウンスが流れる。もうすぐ降りなきゃいけない駅だ。雪の中、遅延はしたけど、列車が無事着いてくれたことでホッとする。
けど、今はマニカのことを口に出す勇気が無い。マニカに伝えるべきなのか。いや、空也とのこともあるし、それに……僕も夢で会ったことありますなんて、都合良すぎじゃないだろうか。怪しすぎだ。変に思われるかも。ドン引きされる──。
その時。マニカの携帯電話の音が鳴った。
「あ。ママからだ。……迎えに来てくれてるって。ツナグくんも、乗る?」
「い、いやいや! ご、ご両親に挨拶だなんて、そんな……」
「ご両親? 挨拶? ママだけだよ?」
「い、いやぁ。ハハ。その……」
「照れてんの? ウチのママだよ? 恥ずかしい? 気を使わなくったって良いのに」
「いやいや、そう言う問題じゃ……」
「乗らない……か。ま、もう少し君と話してたかったけど。じゃっ!」
列車が駅に到着し、扉が開く──。
駅舎の屋根にかかる白い吹雪が冷たい風を連れて来る。
マニカの、もう少し話してたかったって言葉が、嬉しくもあり……勇気が持てない自分に後悔もした。
僕は、そのまま駅舎の人混みと吹雪の白い景色の中に消えて行くマニカを見送るしかなかった。
「──発車致します。扉が閉まります。ご注意ください」
出発のアナウンスが、車内に流れる。
我に返った僕は、慌てて駆け出し……列車の外へと飛び降りようとした。
瞬間──。
それっきり、扉は開かなかった。
僕は大雪の中。次の駅まで乗り過ごすことになってしまった。




