4.帰り道に。
「あー。空也になんて言おう……。いつもなら、これ見よがしに聞いて来るはずなのに」
雪空──。
見上げると、鈍色の雲の冷たい空気が余計に。僕を不安にさせていた。
昨日のマニカとの出来事を、なんて空也に説明しよう。
……俯いて歩く交差点。
相変わらず盲人者用の『パッポウ』の機械音声が鳴り響いてる。
そう言えば、昨日は親もめちゃくちゃ心配していた。いつもなら、決まった時刻に帰宅する訳だから。
顔を上げると、しんしんと降る雪の白さの中に、駅ビルのオレンジの電光掲示板の文字が見えた。
「『大雪警報』か……。早く家に帰らなきゃだな」
トボトボと駅に向かう道路の上に、もう雪がうっすらと降り積もっている。行き交う人たちの足跡や、車のタイヤの跡が、雪の白さに埋まる。
もちろん、こんな日は家に直帰だ。かじかむ手に、息を吹きかけても震える身体。寒い。
途中、アニメ専門店の五階建てのビルが視界に入った。けど、寄る気になれない。どうにも、空也の態度と気持ちと……言葉が気になる。吐く息が白い。けれども、モヤモヤと立ちのぼった僕の気持ちは消えてくれない。どっちかって言うと、この降り止まない雪の様だった。
──コツン。
再び俯いて歩き始めてた僕の視界に──誰かの足もとが見えた。そのまま、ぶつかった。
「わ! す、すみません! あ、足、大丈夫ですかっ!?」
「考えごと? 大丈夫だよ」
「わ! ま、マニ……」
「なに? 名前呼び? 君って、意外と大胆だね」
「え、いや、あの、その……」
昨日から、心の中でマニカって呼んでたから。思わず声に、漏れ出てしまった。
目の前に居たのは、確かにマニカだった。思いも寄らなかった。不覚だった。雪の日に限らず、前を向いて歩こうって思った。昨日から感じてた胸の違和感が、再びザワつき始めていた。
「暗い表情して、どうしたの? 悩み事? クラスじゃ全然話してくれないし」
「いや。あの……。昨日、あんなことがあったとは言え……普通無理だろ」
「え? そうなん?」
「か、関西弁……」
キョトンと、僕の顔を見つめるマニカ。
クラスじゃ全然話してくれないって、マニカもそうだろ……って、言おうとしたけど。やめた。
なんか、気分じゃない。って言うか、そこまで言えるほどの仲じゃないって言うか……。
それより──。
マニカが、何処から転校して来たのか。なんて、今さら、聞けない。昨日のホームルームとかで、担任が言ってたはずだから。笑われるに決まっている。ダサって。それに、変に気にしてることがバレたら……キモいって、思われるかも知れない。
「……」
「一人? だよね?」
「あ、あぁ。まぁ。いつもだけど……」
「なんで、そんな怯えてんの? 誰かに見られたら……マズい?」
こんなとこ、マニカと話してるとこ、空也に見られたら──余計に話が、こじれる。あれから、空也と話も出来ていない訳だし。
我ながら、何かと自信が無い。この前髪の隙間から、世の中を覗くので精一杯だ。けれど、目の前にはマニカが居る。昨日から、あり得ないことばかりだ。
マニカが、僕の顔を覗き込む様に尋ねている。正直、嬉しいのは山々。けれども、空也への後ろめたい気持ちが、何故かあった。それが、本音。きっと、空也は……。
「んじゃ、行こっか? 吹雪も凄いし。早く帰んなきゃ」
「え!? ちょっ!」
別に、マニカが僕の手を引っ張ってくれている訳でも無い。けれど──。
雪の中を駅に向かってスタスタと、僕の前を歩くマニカを一人には出来なくて。
なんだか、押し負かされてるって言うか。ナチュラルなんだけど、抗えない何かをマニカから感じて。
僕は、手も繋がれてないのに、マニカの隣を歩くことにした。
学校での空也のことと、今日も突然現れたマニカのことが、交差する様に──心の中で掛け合わさる。
こんな気持ちになったのも、僕の人生において、初めての出来事だった。